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宇宙へはるか、翼に乗って   作者: 霜月 幽
第2話 ググルーの太陽
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女王ガレーガリアン

 三人はクルルキンと一緒に、女王クルーキシリアンの部屋に入った。改めて互いに挨拶を交わし自己紹介する。レイがハルカのP-Tbを見て、自分のものを引っ張り出す。


「僕のより語彙が豊富だ。ダウンロードさせて」


 互いのデータを交換し合う。さらに翻訳性能がアップする。それをヒューイがダウンロードした。


「率直に話します。東東国のガレーガリアンが、異種族を宿主とし始めたのは、ここ最近のことですか?」


 ヒューイが代表して質問した。


『そうだ。先に、東東国、西北国、西南国、東南国で争いがあった。どこの国が最大国か競った。それは戦闘蜂の数で決定される。東東国は優位に立とうと、持っているゴゴラを大量に消費した。結果、最大国とはなったが、ゴゴラが激減して絶滅の危機になった。ゴゴラがいなくては、種が存続できない。卵が孵せなくなる。ガレーガリアンは愚かだった。そのことを予見せずに、ゴゴラを使い過ぎた。戦闘蜂を産むための雄は一人で十分』


 ここで、クルーキシリアン女王はクルールの父親のクルルキンを傍らに引き寄せ、その身体を愛しげに撫でる。クルルキンは幸せそうに女王の腹に顔を摺り寄せた。

 ひょっとすると、女王はこの雄を一番愛しているのかもしれない、とレイは思った。そんな雰囲気だった。


『ガレーガリアンは戦闘蜂ガレーガを大量に産むために、副女王を大幅に増やし、雄もそれぞれに宛がった。その結果、ガレーガは大量に増員されたが、働き蜂であるガーギレさえも不足するようになった。慌てたガレーガリアンは、我々のゴゴラを奪おうとしたが、もちろん、我々も大事なゴゴラを奪われるわけにはいかない。守りは堅い。普通、ゴゴラは極めて計画的に繁殖させ育成している。不足も過剰も、国の存続に影をもたらす』


 他の二人の雄も側に招き、その身体も愛撫してやる。この女王は慈悲深い性質らしい。


『ガレーガリアンは、さらに愚かな選択をした。禁断の果実に手を出したのだ』


 銀河調査の探検船が、このググルーの世界に降りた。ググルー人の生息地は森林の中だったし、土山の建造物だったので、一見知性体がいないように見えたのかもしれない。彼らが着地したのは、ガレーガリアンの勢力圏だった。



 そこまで聞いて、ヒューイ達にもその後の展開が推測できた。

 ガレーガリアン女王は探検隊の一人か二人を誘拐し、宿主にできるかどうか調べたのだろう。そして、恐るべき計画を立てた。この世界でゴゴルが得られなければ、外に求めようと。


 獲物を操る羽虫を犠牲者の乗員にとりつかせ、さらに生きている羽虫を持たせて宇宙に帰した。そして、新たに犠牲者となった船長達が定期船をこの星へ乗客もろとも運んでくる。


「あの羽虫は、ググルー人なら誰でも操れるんですか?」


 ハルカの質問に女王はかぶりを振った。


『いいえ、羽虫キチッチェを出して操れるのは女王だけ。あれは、ゴゴラの気持ちを静め、苦痛を鎮めるため。他の種族を操るためではない』


 女王の声の調子には怒りが滲んでいた。

 ガレーガリアンの女王は見境のない行動に走っているらしい。それだけ、追い詰められているということなのだろう。


『信じてほしい。ソル人。ググルーの子らは優しく穏やか。平和を愛する。勢力争いも戦闘蜂で闘うだけ。私はこの世界の事を、あなた方に危険視され滅ぼされる事になるのではないかと、恐れている。外の世界の武器は強力で、私達に防ぐ手段はないから』

「信じます。クルーキシリアン女王」


 ハルカが力強く応えた。そして、ハルカの上着の裾をしっかり握って片時も離さないレイを振り返って言った。


「この少年は、銀河連盟執政官の息子です。彼を保護し手厚く扱ってくれたことを、執政官は高く評価するでしょう。先の惨事は、いかんしがたい悲しむべき誤解でしたが、執政官も理解されるでしょう。何より、これらの事を彼がしっかりと聞き、心に留めています」


 レイが大きく頷いた。女王の顔が明るくなった……気がした。昆虫族は顔に表情を表す動きがほとんどない。だが、触覚が小刻みに震えて心の動きを伝えていた。


「女王、一つ伺いたい」


 ヒューイが女王に視線を当て、一歩進み出た。女王の触覚が彼の方に向けられる。


「この世界に降りた船は、これまでどれほどあったのでしょう? この西北国は東東国に最も近いと思われる。だからこそ、今回も船が着陸して、あなた方のクルールがすぐにやってきた。きっと、乗客を守ろうとしてくれたのだろうと思います」

『その通りです。でも、我らは間に合わなかった。過去に、船は探検船のほか、今回の船の他は一つだけでした。その時も急いで向かったが、やはり間に合わなかった』


 女王の触覚が悔しそうに小刻みに震える。クルルキンが宥めようとお腹を擦っていた。


「行方不明になった定期船は今回入れて3隻だ。1隻は事故を起こしたのか、着陸できなかったのだろう。それとも、乗客や乗員が気づいて、船長を拘束し、どこかに漂着しているか、漂流している可能性もある。そちらも捜索させないとならないな」


 ヒューイがハルカに向かって考えるように言った。


「ガルド定期船の通信機を壊したのは、船長かもしれない。パトロールへの通報を恐れたのだろう。もう1隻の客船のほうも望みが薄いな。だが、操られている元探検隊乗員の手に、羽虫がまだどれほど残っているかわからない。これからも犠牲となる船が出る恐れがある。公安局に連絡を入れたいな」

「あんた、持っていないの? そういう任務なんでしょう?」


 ハルカが不審げに訊くと、ヒューイが両手を広げて肩を竦めてみせた。


「このどこに、亜空間通信機があると思う? 俺にはコンパクトな通信機を持てるほどの金はない」


 むしろさばさばときっぱり宣言する。迷彩色のハンター姿を眇めた目で眺めたハルカは、確かに、と頷いた。すると、ハルカの後ろからレイが顔を出して言った。


「僕が直せるかもしれない。あるいは、簡単なものでいいなら作れるかも。でも、一人じゃ嫌だ。ハルがいてくれないと……」


 ヒューイが何かレイに言おうとしたところを、ハルカが手を上げて制した。ヒューイはレイの心理的障害を知らない。


「わかった。それでは、まず、緊急の要件を片付けましょう。乗客を助けなければ」

「そうだな」


 気持ちを切り替えたヒューイが再び女王へ顔を向けた。


「女王、お願いがあるのですが。あなたにとっても、ガレーガリアンの国は敵対国であるし、目障りなはず。142人の宿主から戦闘蜂もしくは働き蜂が孵ったら、あなた方にも不利になります。私達は142人を助けたい。しかし、時間がありません。協力していただけませんか?」


 虫がいいとは承知している。乗客乗員142人を助ける義理は彼らにはない。しかも、クルールを大勢殺されてさえいるのだ。だが、そこを飲み込んで、ヒューイは女王をしっかと見つめた。彼らの助けがなければ、あの人数のガレーガの中から乗客を救い出すのは不可能だった。


 女王はしばらくじっとヒューイと二人のソル人を見つめていた。その大きな宝石のような緑色の瞳の中にどんな思いが去来しているのか、伺うことはできなかった。

 女王がやっと口を開いた。


『それは、また、私の大事なクルールの命が失われるということですね』


 彼女の腹部に身を添わせていたクルルキンがピクリと身体を震わせて身体を起こす。

 ぎっと敵意のこもった眼でヒューイらを睨んできた。レイがハルカの後ろで服の端をぎゅっと強く握りこむ。


「そうです。そして、我々からは見返りとして差し出せるものは何もありません」

『そうでもないでしょう。あなた方の武器は強い。遠くまで行ける乗り物もある。あなた方から提供してもらえるものは、いくらでもあるはず』


 ヒューイの身体が固くなった。


「女王、それはできません。異なる文化を無理やり導入すれば、一時、確かに進んだ力を手に入れ、勢力も増すでしょう。しかし、長い目で見たとき、不自然な文化を得た種族は、必ずと言っていいほど滅ぶのです」


 クルルキンが3人とも立ち上がった。だが、女王がそれを止める。


『かつて、同じ事を問うた者がいたと言う。そして同じ答えを得たと、伝えられている。古い言い伝えだ。だが、ググルーの子はそれを守り、今日まで穏やかに繁栄してきた。ゴゴラが病で死に絶えようとしていた時だった。その者は空から降りてきて、ゴゴラを救ってくれた。その優れた文明を見て、欲を出した者がいたのだ。しかし、その者の言葉を守った者は、滅びを知ることなく栄えてきた』


 女王はそこで、ハルカの後ろに隠れるようにしているレイを真っすぐに見た。


『空から来て我々の祖先の危機を救ってくれた者は、紫の瞳と輝きを持っていたと言う。貴方が同じ種族かどうかは判らないが、その紫の瞳に報いたい。今度は、我々があなた方を助けよう』

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