初めての調査隊
はじめまして。航宙士をめざすハルカとキラキラお目々のレイのコンビ、スタート第一話です。楽しんでいただければ、なにより嬉しく存じます。どうぞ、宜しくおつきあいください。
ハルカは左手首にはめた多機能式通話機TELのデジタル時刻を見た。あと1時間で夕食だ。その支度にもそろそろかからなければならない。
「ああ、もうっ!」
ショートカットの髪を指でわしゃわしゃと掻き乱した。艶やかな黒髪を惜しんで伸ばしたらいいのに、と友人は言うが、ヘルメットの装着が楽というだけの理由でハルカは髪を少年のようにバッサリとカットしている。
パーソナルタブレットパソコンP-Tbの名簿をもう一度確かめた。確認ができていない乗客はあと一人。搭乗記録では全員乗船しているはずだった。
中距離宙域調査隊船F-G233号。ルナ・ステーションを出立して既に1時間が経っていた。調査が終了して再びステーションへ戻ってくるまで、約4週間の日程である。
客船ではないので通路も壁もキャビンも愛想もそっけもない強化アルミ合金面のまま。重力ジェネレーターで1Gが保たれ動きに支障はない。いざとなれば、靴底の凹凸吸着盤で壁面にしっかりと立つことも可能なように、凹凸吸着平面が全周囲に等間隔で配されていた。
ドアの金属面にハルカが歪んで映っていた。クルー用ユニフォームのグレーの合繊繊維の上下に黒の多目的ベルトを締めた細身の長身は、女らしいというよりは少年のそれにみえる。映った顔には焦った表情が浮かんでいた。顔をしかめて鏡面にふっと息を吹きかけ曇らせる。
キャビンの番号をもう一度確かめてインターホンのブザーを押す。やはり、返事がない。
だが、他の場所は衛生室も含めて何度も見て回ったので、ここしかないはずだった。再度、しつこく何回もブザーを押してみたが、それでも返事がない。
P-Tbの名簿データでは、情報統括総合学の専門で二十歳とあった。ひょっとしたら、初めての宇宙で宇宙酔いでもしているんじゃないかしらと心配になった。たまに、無重力とか、加速変化とか、或いは閉所恐怖症的なことで過度な反応を起こす場合がある。
乗客の安全確認も仕事の内である。ハルカはマスターキイを使ってキャビンのドアを開けて入った。
「失礼します。お部屋に入らせていただきますね」
ロッカーとベッド、テーブルを兼ねる小さなデスクでもういっぱいの狭い船室である。
乗客はベッドで寝ていた。どうやら熟睡して――いや爆睡しているらしい。
赤い髪のきれいな少年で、とても二十歳には見えない。名簿の写真を確認したが、だいぶ印象が違う。
「レイ・フォンベルトさん。レイ・フォンベルトさん」
名を呼んでさらに身体を揺すると、やっと目を覚ました。上半身は起こしてくれたものの、まだ眠気がとれないようでぼんやりとしている。
「レイ・フォンベルトさん。お加減は大丈夫ですか? ご気分が悪いとか、ありませんか?」
フォンベルト氏はポヤーとした顔でこっちを見ている。珍しい紫の瞳。紫水晶みたいに大きな澄んだ瞳だった。それがはっとしたように瞬いた。ようやっとはっきり目が覚めたらしい。
「あ、は、はい。フォンベルトです。大丈夫です」
「私は、遥・星野といいます。この船のクルーです。今、乗客の皆様の確認をさせていただいています。レイ・フォンベルトさんですよね?」
「はい。レイです。当人です」
――ほんとに?
ハルカはレイと名乗った人物を疑わし気にじっと見つめた。彼は焦ったような表情で目をそらす。ハルカは少し強い口調で訊いた。
「名簿には二十歳とありますが、本当ですか?」
彼はしばしためらっていたが、観念したようにぼそぼそと答えた。
「すみません。本当は、十六歳なんです」
――やっぱり……、って、まだ十六歳? いくらなんでもサバ読み過ぎじゃない?
ハルカが顔をしかめたのを見て、慌てたように言葉を重ねてきた。
「年齢は詐称しましたが、資格は本当です。ハーバードで研究室を持っています。その……無許可で応募しちゃったんですが……」
首を縮め、おどおどと見上げて来る。
「でも、たった4週間でしょ? 僕、この調査隊に参加したかったんです!」
「何か、特別な理由でもあるんですか?」
「……その……公募が、面接なしの試験だったんで……いけるかなあ、って……」
――はい、いけましたね……。
ハルカは内心溜め息をついた。
ルナ・アカデミーの実習先としてこの中距離宙域調査隊を選んだのだが、着任早々、とんだトラブル発生だった。
でも、もう出発してしまった船は戻ることはできない。
この実習が終わったら、どんな場合も必ず面接を欠かさないようにとレポートで進言しておこう。
「昨日、とうとう眠れなくて、ここに落ち着いたらすごく眠くなってしまって……すみません。ご迷惑かけました?」
心配そうに見上げてくる。迷子の子猫みたいだった。心配したり、興奮したりで、眠るどころではなかったのだろう。
気を取り直したハルカは、少年に笑いかけてやった。
「もう少ししたら、初顔合わせの夕食会があります。どうぞ遅れないようにおいでください」
咎められなかった事に明らかにほっとした様子で、少年がハルカの制服の上着の端を握ってきた。
「レイって呼んで。僕も、ハルカさんって呼んでいい?」
きらきらした眼で言ってくる。
――うわっ。可愛い。本当に十六歳? もっと小さいんじゃないの?
自分を年齢詐称の仲間に引き込もうとしているわね? とハルカは思ったが逆らえなかった。
「ハルでいいわよ。みんなそう呼んでるから」
レイの目が驚きに大きくなった。
「え? ハルってお姉さん? なの? お兄さんじゃなくて?」
――一回殴ってもいいかな? まあ、良く間違われてはいるけど……。
レイの見えない所で、思わず拳を作ってしまったハルカだった。
読んでくださって、ありがとうございました。




