見知らぬ惑星
着陸する前に、船は惑星を半周ほど回った。大きな大陸が少なくとも6個ある。そのうちの一つに船が降りる。
もともと大気圏用の船体ではないので、かなり慎重にゆっくりと降りて行った。積載している燃料を全部使い果たす気らしい。
異常に気付いた乗客やクルー達がざわざわとラウンジやセンターホールに集まってきていた。
その頃、ハルカ達は船の第2環状部にある貨物用ハッチ近くの非常用脱出口にいた。
着陸した感触にロックを外しドアを開く。
念のためにヘルメットを装着してはいるが、きっと大気は呼吸可能だろうという予測はある。でなければ、わざわざ船を着陸させる意味がない。
ドアの開閉を気づかれるとまずいので、急いで外に出る。ハルカが飛び降りると、ぱさっと茶色い土埃が舞い上がった。
先に降りたSSの男が、銃を構えて見張っている。ハルカは後に続こうとするレイに手を差し伸べた。ヒューイがレイの腰を支えてくれる。レイがハルカの腕に飛び込んできた。
「おい、俺も受け止めてくれよ。ハルカ」
「自分で勝手に飛び降りたら!」
――アホな会話してる事態じゃないでしょ!
どこまでふざけているんだか、ヒューイはへらっと笑って飛び降りて来た。
あたりは開けた砂漠地帯だった。ヘルメットについたセンサーの数値を見た限りでは、酸素型惑星でとりあえず呼吸はできそうでほっとする。重力は1Gより低い。数百メートル先に、ざらざらした感じの岩山が並び、どこまでも乾いた世界。茶色い枝のような草が所々固まって生えている。
視界に入るぎりぎりの砂の果てに、黒っぽい構造物が、陽光をはじいて銀色に光った。形状から宇宙船のように見える。
「行方不明の客船かもしれないな」
ヒューイが辺りを見回しながら推測を口にする。ここで見渡す限りでは その1隻しか見当たらなかった。別の場所にあるのか、着陸しなかったのか、それとも、できなかったのか。
空を見上げると薄ピンクの大気を通して、赤い太陽がカァッとした熱を放っている。汗が出る前に蒸発していくような乾いた容赦のない暑さだ。
身を隠す場所もなさそうなので、船体を利用するしかない。船倉を開けようとしない限り、着陸脚やハッチのでっぱりなどいろいろ附属物が多い今いる場所が一番身を潜めるには最適だった。
人々の声が風に運ばれて聞こえて来た。どうやら乗客たちが降ろされたらしい。クルーに怒鳴り散らす男の声が聞こえる。行き先が再生事業途中のガルド星系とあって、乗客の中に子供がいなかったことだけでも幸いとしか言いようがない。
銃声がした。着陸脚の陰から様子を伺う。
船長が銃を手に、乗客やクルーを並ばせている。クルーの制服を着た男が一人倒れていた。様子を見る限り、船長と副船長が首謀者のようだ。彼らはこちらには気を払っていない。人数を数えようともしていないようだった。
「船長の様子が変だな」
出し抜けにすぐ横でヒューイの低い声がして、ハルカはおわっと身を引く。だが、ヒューイの関心は視線の先に向けられていた。
「話し方が単調で、視線も固定されている。あれは、自分の意思じゃないぜ」
「操られているっていうの? じゃあ、副船長も?」
「たぶんな。でないと、こんな事が起こるはずないだろ?」
眺めていると、はるか先から土煙を上げて大型の車体が走ってくる。ガソリン車のようなエンジン音を響かせて、金網の大きなケージのある車体を引いた車が近づいて止まった。
その中へ、牛か馬でも追うように人々を乗せる。ぎっしりと詰め込んで全員船から去って行った。
「目的は乗客か? 俺は何があるのか見届けなきゃならない。ハルカ、あんたはどうする?」
ヒューイが顎でレイの方をしゃくった。SSが律儀にレイを間に挟んで守りながら、こちらを睨んでいる。レイはハルカの側に行きたそうな様子だが、SSがそれを許さなかった。ハルカも危険だと認識されているのかもしれない。
本来なら船の通信機で救助を呼び、レイを安全な場所に移すべきなのだろう。だが、乗客達を見殺しにはできない。
「レイ。幸いこの船は放置されたらしい。救援を呼んで、そのSSと一緒に迎えを待って」
「ハルはどうするの?」
「あたしはこれでもアカデミーの訓練生よ。乗客達を放ってはおけない。ヒューイと行くわ」
「なら、僕も行く!」
レイが必死の形相で叫ぶと、SSの手を振り切ってハルカの側に駆け寄ってきた。上着の裾をしっかと握りこむ。
「危険すぎるわ。あなたは一般人なのよ。危険に巻き込むわけにはいかない」
「嫌だ! ハルと離れたくない!」
泣き顔になって、ますますぎゅっと服を握りこんだ。
「懐かれたもんだな」
ヒューイがやれやれと言った表情で首を振った。
「聞き分けのないことを言わないで。あなたにもしものことがあったら、あたしは執政官に申し開きができないじゃない」
だが、レイはべそべそ泣いていやいやする。
「あなたは銃も撃てないでしょ? あなたが居たら、正直、邪魔にしかならないのよ。解るわね? 別に死にに行くわけじゃない。SSのお二人さんと安全なところで待っていてもらえれば、あたしも安心なのよ」
きついことを言っているとは思ったが、事実をきちんと話してやったほうがレイも理解してくれるはず。果たして、レイは涙に濡れた顔をあげてきた。
「きっと、無事で帰ってきてくれるね?」
「約束するわ」
レイが両手でハルカの首を抱えるとキスしてきた。SSのぎょっとした視線が痛かったが、ハルカもレイを抱きしめて熱くキスしてやる。ヒューイがお熱いねえと、口笛を吹いた。
――あんたなんか犬に食われちまえばいいのよ! 願わくば、SSのお二人さんが、執政官に内緒にしてくれればいいんだけど。
ヒューイが倉庫ハッチから、四輪駆動のバギーを出してきた。レイの未練たっぷりの心配そうな顔と、SSの撃ち殺したそうな視線に見送られて、ハルカはヒューイとバギーに乗り込み、大型車のタイヤ痕を辿って砂漠へと走り出した。