突然のドロップ
ぐっすりと眠っていた夜半、船のリズミカルな稼動振動の変化にハルカは目を覚ました。微かな変化だったが、航宙士を目指す彼女には見過ごせないものだった。
まだ眠っているレイを起こさないようにして、そっとベッドから出る。
寝棚は二段あるのだが、とうとう上の段は本来の目的で使われたことがなかった。たまにはゆっくりと手足を伸ばして寝たいと思うハルカだったが、レイがそれを許してくれない。
まるで親からはぐれた子猫のように離れようとしなかった。たぶん、レイの中では自分はお母さん猫なのだろうと思う。
通路に出て、壁にある船窓の装甲戸を開けた。今は亜空間航行中で、輝度の高いエネルギー粒子雲に恒星のネガ投射が黒く渦巻く、三半規管に激しい違和感を与える景観しか見えないはずだった。
しかし、今、外には闇に光る星々の姿があった。
――通常宇宙にドロップしている!
まだ、残り1週間は亜空間航行のはずである。
何があった? どこ? ハルカはスクリーンに目を凝らした。馴染の星の並びを探そうとするが、見知らぬ星の姿ばかりだった。
隣にレイがすり寄ってきた気配に振り返る。眠い目をこすりながら、不審そうに訊いて来た。
「ハル、こんな夜中にどうしたの?」
「船が通常空間にドロップしている。異常事態よ。レイ、SSはどこ? 連絡を入れて」
レイはあきらかに嫌そうな顔をしたが、ハルカがきつい調子で再度促したので、腕のTELで連絡を入れる。
ハルカはレイを船室に戻し、支度を整え始めた。旅行鞄から必要と思われるものを選んで身に着ける。レイにも、同じように支度させた。
スペーススーツの腰のベルトのホルスターに、手の平に入るほどの小型だが高性能のレーザー銃をハルカが納めるのを見て、レイが目を大きく開いた。
ドアがノックされ、ハルカが扉を細く開けて確認。レイを警護するSSの男が二人、武器を構えたまま入ってきた。
「船がドロップした。ということは、船長か、それに近い船員が首謀者のはず。レイを守って。この先、何が起こるかわからない」
SSに命じる。何があってもレイだけは守らねばならない。万が一に備え、酸素ボンベを確認しスペースヘルメットを装着させる。ヘルメットを被ってスーツに密着させるだけで簡易宇宙服となる。
緊張に青ざめるレイを下段ベッドに座らせ、ハルカはその横に立った。SSの二人はドアのところで油断なく外の気配を探って待機する。
船は減速にかかっているらしい。
「誰だ!」
SSの男が誰何の声を上げた。
「そこのお姉さんと知り合いでね」
このゆるい調子の男声はヒューイだ。ハルカがドアへ行った。
「何の用?」
ヒューイがへらっと顔を出した。
「やっぱり気づいていたね。怖いおじさんまで呼んで。さすがだね」
「何か知っているの?」
「中に入っていいかい?」
「何にもしないってんなら、入って」
「SSが睨んでるのに、キス一つだってできないだろ?」
ハルカはヒューイの向う脛を思いっきり蹴飛ばした。
「いてて、冗談だって。凶暴だなあ」
「あんたのは冗談に聞こえないのよ!」
ヒューイが足を痛そうに引き摺りながら入ってきた。背には戦闘パック、肩にレーザーライフルのショルダーホルスターを掛けている。完全武装だった。
ヒューイが遠慮もなくレイの横に腰かけたので、レイが慌てて立ち上がるとハルカの横に来てスーツの上着の裾を掴んできた。それも気にせず、ヒューイがハルカを見上げた。
「最近、定期船が2隻行方不明になっていてね。調査を頼まれていたのさ。遠距離で、途中寄る所もないこのガルド定期船辺りが危ないと見込んで、乗り込んでみたわけだが、大当たりのようだな」
飄々とのたまう男の顔を、ハルカは睨みつけた。
「そんな話は聞いていないわ」
「ああ、極秘だからねえ。公安当局だって、真相がまだ定かでない以上、公にはできないさ。それで、俺のようなハンターが雇われたんだ」
そして、レイの顔を見る。
「まさか、この船に執政官の息子が乗っているとは、さすがに思ってもみなかったがね」
ヒューイのようなハンターは大抵何人ものチームを組んで仕事をしている事が多い。大きいグループでは二桁を抱える組織的なものもあるほどだ。彼のようなソロは珍しい。
その名の通り、各方面から公式、非公式に依頼を受けて、生物標本を確保したり、犯罪者を追ったり、捜索したり、今回のような調査をしたりと、その仕事内容は多岐にわたる。公の機関が動けない仕事もこなせるので、その存在は重宝されていた。
船の稼動機関の音が明らかに変わってきた。どうやら、着陸態勢に入ったらしい。ハルカは通路に出て窓を見た。薄茶色の惑星が視界に入っていた。緑色に見えるのは森林地帯なのだろうか。全体的に乾いた印象の惑星だった。ヒューイも横に来て眺める。
「知らない惑星だな」
この乾いた惑星に船を下ろして、どうしようと言うのだろう。ハルカには嫌な予感しか沸いてこなかった。