ガルド行き定期宇宙船
ハルカとレイのコンビ、第二弾スタートです。
「ハル―!」
ハイテンションの声に、いきなり名前を呼ばれた。どこ? と見回すうちに、後ろからばっと飛びついてきた。く、苦しい。首を絞めるのはやめて!
どうにか首に絡みついた手を引き剥がす。
「レ、レイ。あたしを殺す気?」
「だって、嬉しかったんだもの」
――理由になってないわよ!
ショートの髪を振り乱して、ハルこと星野遥は殺人未遂者を睨んだ。
ここはルナ・ステーション。きらきらお目々のレイは、銀色と青の簡易スペーススーツを嬉しそうに着こんで、手にはランチボックス。完全に遠足だと思っている。
これで16歳とは、とうてい思えない。まして、ハーバード大で研究室を持っているなんて冗談のようだ。情報統括総合学という比較的新しい学問の博士だった。
第一ウイングの2番搭乗ゲートに進みながら、ガルド行きの定期船に向かう。世の中はクリスマスで、搭乗案内待ちのホールにも、プラスチックの木のクリスマスツリーが七色のダイオードできらめいていた。
青のスペースパイロットスーツを着たハルカは、ルナ・ステーション・アカデミーの三年生、十八歳。それがクリスマス休暇に入って、いきなりガルドへ旅行する事になった。
理由は、ハルカの服の端を握りこんで、すぐ隣を歩く赤い髪で紫色の瞳の美貌の少年。
研修課題で参加した10月のクリスタルリング惑星の調査隊で知り合って、いろいろのっぴきならない関係になってしまっている。
レイの父親のアルフレッド・ハーレイ・ブルー銀河連盟執政官が今ガルド星に行っており、レイが訪ねに行くところだった。ハルカがエスコートするということで、ガルド行きの許可が出たのである。SSは勿論ついているのだろうが、目立たないようにしてくれている。
レイにとっては、おそらく初めての個人的で自由な――SSや保安員や案内役や外交官その他諸々の接待関係者のいない――旅行だった。
2番搭乗ゲートのホールから、乗船するカンタータ号の姿の一部が見えた。完全な客船型定期船で、定員200名の中型客船だ。
中・長距離客船としては、比較的よく見られる三重のリング型宇宙船である。
全体的な見た目の印象は土星のようだ。センター部の球体の赤道部分にリングが1個くっついていて、その外側に離れて2個のリングが取り巻いている。
一番外側第3環状部に各客室が並ぶ。リングがゆっくり回転して見かけ上の1Gを作るのだ。従って、客室に居れば、足がリング外縁、頭が中央へ向く形で立つことになる。
客室を通路がぐるりと取り巻き、中央に向かうにはその通路に十二か所あるエレベーターで、“上がって”行く。
実際は、回転速度の異なる各リング型船体の中へ時差移動しながら長い連結部を水平移動していく。エレベーターの中でゆっくり回転がかけられ、中央のラウンジに着く時にはいつの間にか上下の位置が変わり、これまで横と認識していた方向が上下に変わっている。
途中の第2環状部には、サービス用装置類や倉庫、乗客用積載貨物がまとめられている。
第1環状部には4か所のラウンジがあり、基本として全部仕様は同じだった。そのラウンジの内側センター部は大きな球状で、上部がメインデッキ、下部に推進機関部がある。乗客はメインデッキの下のセンターホールから乗船し、各ラウンジやキャビンに移動するようになっていた。
センター部とそれを取り巻く第1環状ラウンジ部には適切な重力がかけられ、乗客にはこれらの変化にすら気づかないだろう。
なお、推進機関部・動燃部は当然ながら無重力となっている。メインデッキは一個の独立した球状の区画となっており、推進の方向、かかる重力の向きに応じて回転して常に進行方向に対して操縦席が適切に向くように設計されていた。
ガルドまでは2週間の行程だ。乗船すると、レイはまっすぐキャビンにハルカを引っ張って行く。ルナを出発するまでまだ1時間もある。キャビンはレイの強い主張で二人部屋だった。父親の執政官も、一人部屋よりハルカと同室のほうが安全だと思ったらしい。
――知らぬが仏って、こういう時に使うんだわ。きっと。
ぱちっとドアをロックして、レイが振り向いた。荷物を置く間もなく、ハルカに飛びついてキスしてくる。待ちきれない思いが満々のキスだった。
レイより12センチは高いハルカを、キスしながらぐいぐいと押してベッドのほうへ押し倒していこうとする。それをたじたじと受けながら、なんとか唇を離して、
「ま、待って。時間はたっぷりあるのよ」
と、押しとどめる。
――危険なのはレイじゃなくて、どうやらあたしのほうらしい。完全に襲われているよね。
「お、お腹減ってない? 何か、ラウンジで見てきましょうよ」
船が出るまで、クルーがいろいろ確認にやってくるはず。ロックして部屋であれこれしているわけにはいかない。
不満そうな顔をしていたレイは、それを聞いてパッと顔を明るくさせた。
――あ、いやな予感……。
「僕ね、ランチ作ってきたんだ」
――今、作ってきたとか言わなかった? あなたが?
大事に抱えて来たくせに、ハルカを襲う時点で放り投げたランチボックスを拾って、キャビンテーブルに乗せた。得意げに開けた中に、得体の知れないものが、コーヒーポットとカップに押しつぶされてぐちゃっと崩れかけて入っていた。
それをテーブルに広げる。素材は、パンと野菜とハムみたいなベーコンみたいな、パテみたいなもの。
それが混とんとした状態で重なっている。
「これ、ひょっとしてサンドイッチ?」
恐る恐る聞くと、うん! と力強く頷かれた。きらきらした目で見てくる。
(食べなきゃだめだよね、きっと。あれは、食べて! って言っている目よね。おいしいと疑いもなく思っている目だわ。いったいどこから、そんな自信がでてくるわけ? )
どこまでがワンセットかわからないまま、とりあえず二つのパンに挟まっているひと塊をとると、一口食べてみた。
――何が入ってるのかしら?
すごく複雑な味がした。じっと見つめる目に促され、もう一口。
――わかった。ジャムだわ。マーマレードとマヨネーズ。
もう一口。
ベーコンの間にチョコレート。
これで最後だ。
パテは、蒸し鳥で、マスタードと蜂蜜。
――うん、すごく気合入れて作ってきたのは分かったわ。分かったけど……。
「全部、あなた一人で作ったの?」
「うん。キッチンの冷蔵庫の中から、材料も全部揃えたんだよ」
「コックは居なかったの?」
「休憩してて誰もいない時に作ったんだ。一人で全部やってみたかったから」
「で、食べてみた?」
そこで、ちょっと不安な色を浮かべて来た。
「おいしくなかった?」
「こ、好みの問題かしら」
レイが同じようなひと塊を取り出して食べた。首を傾げる。
「おいしいよ?」
「そ、そう? あたしには、ちょっと甘いか……も……」
うろたえたハルカは、コーヒーポットからカップに注いだコーヒーを急いで飲んだ。コーヒーは熱かった。そして、ものすごく甘かった……。