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宇宙へはるか、翼に乗って   作者: 霜月 幽
第1話 クリスタルリング惑星
13/26

執政官到着

 夕暮れを迎える前に、執政官を乗せた高速艇がやってきた。お供に、軍用機が二機も並んできた。着陸場所はテラス棚しかなかったので、ワン副船長とレイとハルカがそこで執政官を出迎える。



 あちこち焦げて燃えてしわくちゃになってしまったクルーの作業用制服を一生懸命伸ばしたけれど、床に敷いて布団替わりにもしていたものだから、ひどい有様は隠せなかった。


 執政官その人が、高速艇から出てきた。長身でがっしりした体躯は姿勢がよく、堂々としたものだった。グレーの背広形式のスペーススーツを着用している。

 高官らしい軍人が脇を固めるように並んだ。執政官が下を指さして指示を出す。はっと敬礼して後続の軍人に命令を発し、一団が下へと降りて行った。


 執政官がきびきびとした足取りで三人のほうにやってきた。

 がちがちに緊張したワン副船長が一歩前へ出て、どもりながら歓迎と感謝の言葉を述べる。

 執政官は簡潔にねぎらいの言葉をかけた。ワン副船長はあきらかにほっとして、今にも腰が砕けそうだった。


 優秀そうな軍人達が表情も変えず、少し離れた場所で警戒を解かずにずらっと並んで待機している。


 ――あんなのがいっつも取り巻いていたら、レイに友達ができるはずないわねえ。


 半分開いたままの岩の扉の前でレイと並びながら、ハルカはそんなことを考えていた。


 テラスの端では早々とウインチが取り付けられ、重傷者の引き上げ作業が始まっていた。簡易梯子も幾本もかけられ、歩ける者はそれでテラスへと上がって来る。前後左右を軍人がサポートし、遭難者の救助が速やか行われている。

 一刻も無駄にしない手際の良さだった。


 執政官はそれらの一連の活動を確認し、頷く。


 そして、公的な任務は終わったとばかりにレイのほうをみやると、今度は走り出した。一時も待ちきれないという感じで。


 ――あ、けっこう親馬鹿なのかも、この人……。まあ、レイの性格見てれば、予想はつくけれど。いよいよ、まずいかも、あたし……。


「レイ!」


 執政官が心配そうに、かつ嬉しそうに名を呼んで駆け寄ると、レイも安心したのか、


「お父様!」


 と、叫んで父親に抱きついていった。


 ――年齢訂正! 絶対14歳でしょ! あなた!


 執政官がハルカのほうへ向くと、レイが彼女の側へぴたりと寄ってきた。それを見て、厳しい男の眼が一瞬険しくなった。


 ――レイ! 離れて!


 そんなハルカの願いも空しく、レイは制服の上着の裾を離すものかと握りこんでくる。それを、執政官がじっと睨む。ハルカの背中を冷や汗が流れた。


「私の息子がたいへん世話になった。感謝する。一連の詳しい話を伺いたい」


 ――やっぱり、大人だわ。それだけに、怖い!


「はい。その前にまず、事故の現場へ案内したいと思います」


 気力を励まして発言する。声が震えていやしないか心配だった。


 それを想定していたらしく、供の二機の隊長達に後を託すと、執政官はワン副船長とレイとハルカを連れて、自分の高速艇に乗船した。高速艇はまっすぐ現場へと向かう。



 ワン副船長とハルカ、そして執政官が降りた。レイは艇内に残れときつく執政官に言われ、降りなかった。


 雨が上がり、暮れ始めた夕日の最後の赤い光を受けて鈍く光る『ハコフグ』の熔けて固まった残骸やキャンプの構造桁だったものを、執政官は厳しい眼で見つめていた。


「船長は最後までなんとしても船を守ろうとしたのです。それを失えば、私達が帰還できないことを知っていたのです」


 ワンがぽつりぽつりと語った。


「承知している。ドボルスキー船長は最後まで勇敢な男だった。近い将来、この惑星が豊かな世界として栄えた時、彼の名誉は永遠に称えられることだろう」

「ありがとうございます。執政官」


 ワンが堪えきれなくなって泣き出した。ハルカも涙を拭っていた。

 執政官は腕のTELで旗艦にいる専門家を呼び出し、現場の発掘の作業を指示していた。それを聞いて、船長の骨の一つでもいいから見つかってほしいとハルカは願った。


 暗くなって一番星が輝きだした夜空の下、三人は船長の霊に敬礼して高速艇に戻った。


 ***


 重傷者は旗艦の医務室に収容されて治療を受けている。軽症者も全員手当てを受けた。調査員もクルー達も、贅沢に湯を使わせてもらい、新しい服を支給され、各自宛がわれた各部屋で休んでいる。たぶん、みんな既にぐっすりと眠り込んでいるだろう。


 レイは食事の途中から、もう起きていられないというほど眠くなって半分うとうとしていたので、今頃は爆睡していることだろう。慣れないサバイバルだったので、疲労が半端なく溜まっていたはず。



 ハルカは執政官の部屋に呼ばれた。

 緊張してドアを開ける。部屋には執政官一人だった。簡素で実務的な執務室で、椅子に座るよう眼で促される。

 五十三歳になった執政官の髪は栗色も艶々と豊かで、緑灰色の眼は鋭さを失わない。端整でカリスマ性をもつ男だった。レイとは全く違った男の魅力溢れる人物である。レイの件がなかったら、ハルカも心を奪われていたかもしれない。


「あの子の口から事件の報告を聞くのは避けたいのでね。君から話して欲しい」

「わかりました」


 たまたまその日、レイと軽飛行艇で北部山林へ出かけていて難を逃れたこと。

 以前からレイはモルト教授や天文学者のグレース博士と、ガラス質などに疑問を感じて話し合っていたこと。

 グレースがレンズ型のクリスタルを発見してTELしてきたこと。

 それを受けてレイが危険に気付き、すぐに基地に警報したこと。

 など、ハルカが知る範囲で簡潔に報告する。

 また、クリスタル・リングのできた事情や過去に惑星が壊滅しているとレイが推測したことも、合わせて伝える。これに関しては、後に専門家が究明してくれるに違いない。



 執政官は机に肘をついて、組んだ両手に顎を乗せたまましばらく眼を閉じていた。

 何か迷っている様子だったが、やがて、彼は意を決したように顔を上げた。


「あの子は、ずいぶん君に懐いているようだ。すっかり頼りにしているらしい。君と離れたくない様子だった。あんなレイを見たのは初めてだ。私は、少なからず、ショックだったよ」


 どきん! と、ハルカの心臓が大きな音を立てた。


「よもや、遊びのつもりではないと、私は信じたい」


 執政官の有名な鋭利な刃物のような眼が、ぎらりと抜き身の鋭さでハルカを射抜いてきた。心臓にざくりと刃を立てられたような気がした。

 しかし、彼は再び視線を机に落とす。


「君も薄々気がついているとは思うが、レイには大きな欠陥がある。心の障害だ。私が、あの子を現場に下ろさなかったのも、あの子から事件の事を聞くのを避けたのも、そのためだ」


 執政官の顔が辛そうな親の顔になった。


「あの子は、あの容姿で解るように、バリヌール人ライル・リザヌールの血を引いている。私のもう一人の片親だ。私自身には彼の特徴は顕著に現れていなかったので、誰も気づかなかった。だが、私の子供に、あれほど特徴が現れるとは思ってもみなかった。あの紫の瞳だ。あれを見れば誰にでも、バリヌール人の血を引いているとわかってしまう」


 執政官がすっと目を細めた。声に辛辣な調子が加わる。


「銀河種族にとって、バリヌール人というものは特別なのだ。6歳の時だった。ちょっと油断したすきに、誘拐された。私を脅迫するためではない。身代金目的でもない。あの子から、遺伝子を採取するためだった」


 言葉を一時、止切らせた。辛い思いを耐えているとハルカにも感じ取れた。


「よほど怖い思いをしたのだろう。保護した時は、まるで表情をなくしていた。感情も消え失せ、人形のようだった。あんなに元気で、懐っこい性格だったのに、別人になっていた。医者は、恐怖から自衛した結果だと言った」


 組んだ指を組み替える。ため息を飲み込んで言葉を繋ぐ。


「4年かかったよ。あの子が、あの子らしい自分を取り戻すのに。それでも、恐怖を感じると、身体が動かなくなるようだった。辛い思いをすると、それに対して心が解離する。今回のクリスタルの事件の時のように。自分を責めていたのに、ある時を境にまるで忘れたようになっただろう? 君がいてくれて良かった。自分を責めたまま、心が壊れてしまう恐れもあったのだ」


 執政官がハルカをじっと見た。

 アルフレッド・ハーレイ・ブルーが急に執政官を辞任して、その後5年間の空白を置いた事情を、ハルカは理解した。

 彼は父親としてレイの側にいたかったのだ。銀河の種族よりも自分の息子を選んだのだ。


「私はあの子を守りたかった。学校にも行かせず、一人で外出することも禁じた。再び誘拐される恐れがあった。どこで、どんな危険に出会うかわからなかった。だが、その結果、あの子は友達を一人も持てなかった。チャンスは私が取り上げてしまったし、あの子も、心を開くことを怖がっていた。誰にでも親しげに見えて、誰も信じることができなくなっていたのだな。それほど、6歳の時の恐怖は大きかった」


 執政官が目をしばたたく。苦渋をこらえる親の顔だった。


「だから、あの子が、あんなに君に懐いているのを見て本当に驚いたのだ。どうか、あの子を裏切らないでやってほしい。ずっと、あの子の良い友達でいてやってほしい。この事を君に話したのは、そういうレイの事情を知った上で、なおもあの子の親しい友でいてもらえるかどうか、訊きたかったからだ。もし、君の手に余ると思ったのなら、レイには黙って姿を消してくれ。あの子を苦しめたくはない」


 真摯な親の眼だった。

 ハルカは心が痛んだ。さすがの執政官も、二人の関係が友達以上のものだとは、考えもつかないようだ。

 本当の事を知ったら、この厳しくも優しい男はどんな反応をするのだろう。

 ハルカは決意した。


 ――レイを守るのはあたしよ。あたしこそがレイを守るべきなのだわ。


「執政官。私はレイを裏切るようなことはしません。彼の一番親しい者として、いつも傍にいます」


 執政官の鋭い刃物のような視線を受け止めて、ハルカは心から誓った。

 たとえ、貴方を裏切ろうとも、レイを裏切ることは決してしない、と。


 ――レイの夢は、あたしの夢。どんな夢であろうとも。


 そしてここから、レイとハルカの二人三脚の物語が始まった。


 ――クリスタルリング惑星 完――

お読みいただいてありがとうございます。

続編はただいま構想中です。

投稿の折りには、またどうぞ、宜しくお願いいたします。

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