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宇宙へはるか、翼に乗って   作者: 霜月 幽
第1話 クリスタルリング惑星
12/26

あと6時間

 たった一機となってしまった軽飛行艇で、みんなが待つテラスがある森林の外れへと戻った。

 あとは待機するだけだった。グレースはバギーから毛布や天幕やら運んできており、寒さに震えている重傷者に被せていた。


「ハルはアカデミーを卒業したら、どうするの?」


 その夜、テラスで空の星を並んで見上げながらレイはハルカに訊ねた。眠いのだが背中や手足の火傷がひりひりして、なかなか寝付けないのだ。


「あたし? あたしは、まず、航宙士一級ライセンスを取るつもり。航宙士のスペシャリストになりたいの。災厄の頃、シャルル・マーシンという天才がいたのよ。超A級のスペシャリストで、それこそ、この銀河系を自由自在に飛び回っていた。あの『意志』が銀河に現れた事を、全銀河中に報せたのが彼だった。そのために、彼はずっとM15星団に留まっていたのよ。それを感知して報せることができるのは彼しかいなかった。シャルル・マーシンは、あたしたち航宙士の憧れよ。神様みたいなものなの。その百分の一でもいいから、彼みたいになれたらと思っているのよ」


 ちょっと照れくさそうにハルカが、それでも熱く語った。


「レイ、あなたはどうなの? 将来の夢よ。お父様のように執政官を目指すつもりなの?」


 レイは頭をぶんぶん振って否定した。


「僕はお父様のような政治家には向いていない。僕の夢……。なんだろう? 今まで考えたこともなかった」


 何となく勉強して、何となく大学で研究室もって。何がやりたいのだろう? いろいろな事を知ることや、研究することは好きだった。でも、それが自分の夢なのだろうか?

 レイは傍らに座るハルカを見た。


 ――ハルと一緒に、ハルの船で宇宙中を巡ってみたい。


 ふと思った。思ったとたん、それがレイの夢になった。


 ――ハルと一緒に、どこまでも行きたい。


 レイは黙ってハルカの肩に身を預けた。ハルカがその肩を抱いてくれた。


 ハルと一緒に行くんだ。そうして宇宙中を旅していたら、おじい様達にもどこかで会えるかもしれない。お父様にそっくりの目をした赤い髪のおじい様と、自分と同じ紫の目をした栗色の髪のおじい様。もし巡り合えたら、宇宙の秘密を少しだけ教えてくれるだろうか。


 そんなことを思いながら、レイはハルカに肩を預けたまま眠りに落ちた。


 ***


 テラスで、燃料がほとんどなくなった軽飛行艇の通信機を見る。それがレイの日課になっていた。


 その通信機が、反応した。


 クリスタルのレンズ効果を利用してSOSを発してから、3日目のことだった。

 レイが考えていたより早い。

 信号をキャッチして、すぐに高速艦を飛ばしてきたと見える。


 ――怒られるかな? 


 両親にもむろん、大学にも誰にも無断で、この調査隊に参加してしまったのだ。

 しぶしぶといった感じで、レイは通話のスイッチを入れる。


『レイ! 無事でよかった!』


 開口一番、小さなモニターの中から、アルフレッド・ブルー執政官がほっとしたように声を上げた。


 ――だから、親馬鹿って言われるんだよ。


 レイは胸の中で呟く。


『お前のマークのSOSの信号を受け取った時は、心臓が止まるかと思ったぞ。で、他には誰がいるんだね? 全員、無事なのか?』

「船長が亡くなりました。重傷者が6人。軽症者5人。無事だったのが6人。調査船も、何もかも、失ったのです」


 執政官の眼が厳しいものになった。


『そうか。たいへんだったな。だが、お前が無事でいてくれて、私は嬉しいぞ。そこにいるのは、誰かね?』


 レイは一緒にモニターを覗き込んでいるハルカを見た。


「ハルカ・ホシノさんです。調査船のクルーです」

『ホシノ氏を出してくれ』


 ハルカと交替する。彼女は明らかに緊張していた。


「はじめまして、執政官。ルナ・アカデミー三年生のハルカ・ホシノです」


 執政官は相手がまだ若い女性士官候補生であったことに驚いたようだった。


『レイがたいへん世話になった。感謝している。そちらには6時間後に到着するだろう。それまで、もうしばらく頼む』

「はい。承知しております」


 ハルカは自分達がいる場所とその目印となるテラス様岩棚を教え、何があったのかの概略を簡潔に報告し、42度以北の地点に着陸するよう助言した。


 回線が切れると、ハルカはいかにもほっとしたように息を吐いた。

 父と話す人は、みんなそういう表情になる。

 レイには優しい父親だが、執政官としてはとても厳しい人だと聞く。無理もないのかもしれない。


 ――あと、6時間!


 急がなきゃ! 急いで、あんなことやあんなことや、あんなこと、いっぱいやらなきゃ!


 ***


 下のキャンプ小屋にいる仲間達に、テラスから下まで伸ばしたプラスチックの通信管で、あと6時間で救援がくることを伝える。管を通さなくても、下からわーっという歓声が聞こえてきた。

 ハルカも自然と笑顔になってレイを振り返った。そして、ぎょっとする。


 レイがきらきらお目々で、こっち目がけて走ってくる。どしんと遠慮もなく飛びついて来たので、下に転げ落ちないように踏み止まるのに精一杯だった。


「ハル! ハル! 時間がないよ!」


 そして、ハルカの手を引っ張って駆けだした。


 ――え? 何をする気? 時間がないって……。あれ? あれ、したいの? え? ちょっと! まだ、心構えが! きゃ! いやん! うそ? いよいよロストバー……? きゃー!


 男勝りと言われるハルカだって、うら若き乙女である。若いハルカは、ちょっと期待してしまった。


 それから五分後。


 暗闇の大きなホールの中で、ハルカは手渡された照明器でレイの指示する機械類を照らしていた。


 レイはそれこそ目をキラキラさせて、一つ一つを丹念に調べ、P-Tbに記録し、撮影するのに余念がない。執政官の船が来れば、ここは自動的に政府直轄の管理下に置かれるだろう。レイが好きなだけ調べて回れるのは、確かにあと6時間だった。


 ハルカは憮然とした顔で、それでもだるくなる手を交互に持ち替えては、異質な機械類を照明器で照らし続けていた。

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