第二章 選定と決別
第二話です。
お母さんの選ぶものは…?
「お母さん、ただいま~!」
男の子の姿をした妖精は、元気に玄関から駆け込んで家の中に入りました。
「あら、帰ってきたの。」
「お母さん、はい、これっ!
今日のお土産は、特別なんだよ!」
「………」
ニコニコと妖精は、満面の笑みをお母さんに向けましたが、お母さんの顔は徐々に怒りに満ちていきました。
「…お母さん?」
妖精が、コテンと顔を横に傾けて、不思議そうにお母さんを見つめました。
すると次の瞬間、『パァーンっ!!』と妖精の頬をお母さんが叩きました。
「…っ!!」
「またこんな汚いものを持ってきてっ!!
いい加減にしてよっ!!
嫌がらせでもしてるつもりなの?!」
妖精の頬が赤く腫れ上がります。
口の中を切ったせいでしょうか?
口の中一杯に、血の味が広がりました。
石の中で、男の子は驚きと恐ろしさにブルブルと震えました。
「いつもいつも、そんな汚いものばかり寄越して!
役立たずのくせに、余計なことしないでっ!!」
妖精が視線を向けると、目の前のお母さんが目を吊り上げて、まるで鬼のような形相をしておりました。
「お、お母さんは、ぼくの事が嫌いなの……?」
「役立たずは、嫌いよ!
汚いものを持って来る子もだいっきらい!!」
妖精の目にみるみるうちに涙が溜まります。
男の子の目にもあっという間に悲しみの涙が溜まり、目の前が滲みました。
「……お母さんは……、ぼくのあげた……今までの贈り物は、捨ててたの……?」
「決まってるじゃないっ!
あんな汚い価値の無いもの!
おぉっ!嫌だ! あんなものは全部、裏庭のゴミ穴に放り投げたわよっ!!」
「お……お母さんは、ぼ……ぼくのこと要らないの?」
「あんたなんか、要らなかったわよ!
ホントにっ、生まなきゃ良かった!!」
妖精は、お母さんの言葉に俯きました。
ぷるぷると体が震えます。
お母さんは、それを見て『良い気味だ!』と、ますます罵詈雑言を妖精に浴びせかけました。
それを聞いて男の子は、目の前が真っ暗になりました。
次の瞬間、お母さんは開いていた玄関に向かって、石を投げ捨てました。
スッキリしたような顔で、お母さんはまだ男の子の姿をした妖精を怒鳴りました。
お母さんの後ろの部屋から、赤ちゃんの泣き声がします。きっと、お母さんの声に驚いたのでしょう。
妖精は俯いて、お母さんの罵る声を聞きながら、そっと動き出して玄関から外に出ました。
石をそっと、拾い上げると『はぁ……』と、溜め息を吐きました。
「ちょっと! 聞いてるの!?
溜め息なんて、本当にふてぶてしいわね!
生意気よ! いい加減にしなさいっ!!」
つかつかと、手を振り上げながら近付いてくるお母さんを見て、妖精は『クックックッ!』と笑いだしました。
「っ?! なにを笑っているの!?
気持ちの悪いっ!!」
お母さんは、盛大に眉を潜めました。
「……なんとも、醜いことだ。」
「な、なんですってっ!?」
お母さんは、怒りに顔を真っ赤にしました。
手を大きく振りかぶって殴りかかろうとした瞬間、お母さんの足元に妖精が金貨を投げ捨てました。
怪訝そうな顔をして、足元を見たお母さんは、それが金貨と分かると地面に這いつくばって拾いました。
「き、金貨じゃないっ!?
どうして、あんたがこんなものを!?」
また、チャリンと音がすると金貨が投げ捨てられていました。
「すっ、凄いわ!! 五枚も金貨がっ!!
もっと! もっとないの!? 」
パッと、お母さんが顔をあげると、そこには男の子ではなく金色の髪の美しい青年の妖精が立っていました。
「よっ、妖精族!?」
「愚かな女め…。」
「なっ!?」
「たった金貨五枚で、子供を売るとは…。
価値も分からぬ。真心も無下に扱う。
なんとも実に滑稽で、浅ましく愚かな者だ。」
「な、なにを言っているのか、意味がわからないわ!?
なんなの!? あんた!?」
「チェンジリングに気付かぬ愚かな女よ。
お前の息子は、金貨五枚と引き換えに私がもらうが、本当に良いのだな?」
「……っ!?
あんな穀潰しが金貨五枚と交換なら、喜んであげるわよ!!」
お母さんは、とても嬉しそうに笑いました。
妖精は、凍てつくような瞳でお母さんを見つめると、『クックックッ!』とまた嘲笑いました。
お母さんは、馬鹿にされたと思って顔を赤くして怒りました。
「な、なによ!?」
「…最後に、愚かな女に教えてやろう。
『金貨五百枚』だったのだ。」
「…………は?」
「私の国では、お前の息子が拾ってきた物は大変貴重で希少な品ばかりで、全て魔法の道具に成るのだ。
愚かなお前が、『汚いゴミ』として捨てていた物は、この石も含めて『金貨五百枚』にものぼる。
さらに、あの子は、魔法使いの『 使い魔 』の才能がある。
魔力を帯びた様々な拾い物が出来ると言う『目利き』は、『 使い魔 』としての高い能力を示すのだ。
特に器用な人間族の『使い魔』は需要が高くて、欲しがる魔法使いは多い。
そして、我々、妖精族の魔法使いらが彼を買い取るとしたら家族に『金貨五百枚』を渡す。
総じて、あの子には『金貨一千枚』の価値があったのに、知らなかったとは言え、本当に愚かな女だな。」
「……は? ……金貨……一千枚……?」
お母さんは、呆然として妖精を見つめました。
妖精は、『ふんっ』と鼻で笑うと、地面に這いつくばっているお母さんを、怒りに燃えた黄金の瞳で見下ろしました。
「本当に価値の在るものが分からないくせに、『きれいモノ好き』とは笑わせる。
お前の言う『きれいなモノ』とは、随分と薄汚れたモノなのだな。
まぁ…、価値観はヒトそれぞれと言うし、世界の常識とお前の中の世界の常識とは、ズレが生じていたようだしな。
だか、私には全くもって理解出来んな…。
息子の母を思いやる心は尊く、金で買えるものではない。
また、金貨五百枚を『掃除』と言って無下に扱いゴミ穴へ捨てるとは、滑稽過ぎて笑いを通り越してなんと憐れな……。実に愚かなことよ。
しかし、どのみち捨てたものは還ってはこない。
因果応報。『名もつけず』、それでもお前の様な浅ましい女を母と敬愛していた息子を『役立たず』と罵った言葉を噛みしめて、せいぜいその余生、愚かな自分を呪って生きるが良い。」
そう、言い捨てると妖精は、呆然とするお母さんの前から一瞬で姿を消しました。
はっ!として、お母さんは裏庭のゴミ穴へ向かって走りました。
スカートを翻し、泣いている赤ちゃんたちを放って、お母さんは走りました。
いつも、ひとつの染みも無いように綺麗にしていたロングスカートの膝から下は、砂や土で真っ黒に汚れていたのに、お母さんは気にも止めません。
ゴミ穴を覗くと、ゴミはまだ有りました。
「ある! まだあった!! 金貨! 金貨五百枚!! 」
台所からカンテラを取り出して灯をともし、縄を伝って臭いゴミ穴に降りると、お母さんはゴミを漁りました。
しかし、いくら探しても男の子が拾ってきたモノが1つも見つかりません。
臭くて汚いゴミ穴の中で、夜になってもお母さんは漁り続けました。
そして、やっぱりないと分かると、汚物にまみれた自分を省みて、あまりの汚さに悲鳴を上げました。
「いやあぁぁぁぁぁぁっ!! 汚いぃぃぃぃぃっ!!
なんでっ!! どうして、わたしがこんな目にっ!!」
沢山の罪悪感と悔しさと汚いものへの嫌悪感と理不尽だと思う怒りに、お母さんは慟哭に近い悲鳴をあげ続けました。
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そうして、帰って来た他の家族は驚きながら、ゴミ穴から絶叫するお母さんを引き上げて、落ち着かせました。
それから、泣きじゃくるお母さんから事の成り行きを聞いた家族は、ただただ、呆然とするしかありませんでした。
『捨てたものは還ってはこない』と言う妖精の言葉を、家族は噛み締めて呆然とするしかなかったのです。
金貨五枚。
貧しい家族五人がおよそ一年、働かなくても贅沢に暮らせる値段です。
朝から晩まで沢山働いて貰える日給は、やっとこさ食べ物に困らない銅貨二枚と鉄貨五十枚。
毎日、穀潰しだと…役立たずと、家族の誰もが世話をしなくなった幼い少年は、毎日、家族へ何倍もの宝物を運んできてくれていたのに…!
家族は、日が暮れても朝が来ても、しばらくの間、呆然と虚空を見つめて後悔するしかありませんでした。
なにせ、たった金貨五枚と引き換えにした金貨一千枚の男の子はもう、帰ってこないのですから。
お母さん、激しいよ…!
男の子、虐めすぎて心が痛むけど、妖精さんありがとうっ!
間引かれるの怖い…っ!!
がんばれっ!男の子!
次話で一応、完結です。