第一章 黄金の妖精
育児放棄の描写がありますので、苦手な方は回避!
番外編です!
宜しくお願いします。
師匠もチャロくんも、まったく出てきませんので悪しからず…
あるところに、若い夫婦と五人の兄弟がおりました。
一番上がお兄さん。その下にお姉さん。
真ん中に男の子と、少し年の離れた妹と、まだ赤ちゃんの弟がおりました。
一番上のお兄さんは、お父さんと朝から晩まで畑仕事。
家族のために、沢山の野菜や麦を育てています。
お姉さんは、器用な手先を使って朝から晩まで、村の機織り場で家族のために、布を織っていました。
真ん中の男の子は、まだ幼かったので鍬も扱うことも、機織り機の前に座ることも難しくって出来ません。
男の子は、家にいるお母さんの邪魔にならないようにと、毎日外へ出て、森の中で遊んでいました。
男の子は、自分が役立たずということを良く知っていました。
「あ~ぁ、ぼくも早く大人になりたいなぁ~…」
男の子は溜め息をつきました。
最近では、大好きなお母さんを喜ばせようと、森から帰るお土産に、綺麗な物や自分が感動したものを持って帰って贈り物にしました。
道に咲いてた六枚花弁の綺麗なお花。
川辺にあったキラキラと光る赤い石。
空のように真っ青な鳥の羽。
青い羽は、昔っから幸運を運ぶと言われていたので、何日もかけて沢山の木を登ってやっと一枚、探しだしました!
そして、鉱山の洞窟前に散らばっていた、太陽の光を受けて星みたいに輝いていた小さい硝子の欠片たち。
鉱山の中の宝石に負けず劣らず輝く姿は、キラキラと本当に美しかったのです。
晴れた日には、牧場に群生していたクローバーを掻き分けて、一日がかりで見つけた、四枚の葉っぱのクローバー。
太陽の陽を透かして、緑色が美しかった月桂樹の形の良い葉っぱ。
働き者で"きれい好き"のお母さんが、きっと喜んでくれると思って、男の子は朝から晩まで森中、走り回りました。
「…お母さん、喜ぶかなぁ?」
せかせかと働くお母さんは、男の子が家にいると恐ろしい形相で叱りつけます。
「邪魔だから、さっさと外に行きなさいっ!」
"きれい好き"のお母さんは、掃除中、男の子が側に居ることをいつも許してくれません。
いつも怒ってるお母さんに、少しでも笑っていて欲しかったのです。
特に、最近のお母さんは、幼い妹と赤ちゃんの弟ばかり構って、男の子が家に帰っても気付いてくれません。
男の子は、毎日とても寂しい気持ちになりますが、仕方がないのだと、一生懸命自分に言い聞かせます。
お母さんに叱られないように、お父さんとお兄ちゃんが帰ってくるまで裏庭の椅子に腰掛けてジッとしておりました。
お母さんは片付け上手で、毎日、家中大掃除。
背中に赤ちゃんを背負って、足元に妹をしがみつかせて、今日も掃除に励んでおりました。
家族のためにご飯を作ったり、大掃除に精を出したり、赤ちゃんにお乳をあげたり、妹を寝かしつけたり…。
お母さんは、いつも大変です。
夕方、西の空が燃えたように真っ赤に染まっています。
男の子がジッと座っていると、やっとお父さんとお兄ちゃんが帰ってきました。
二人が揃って家に入るのを確認すると、男の子は二人のあとを追って家に入りました。
そして、今日もお母さんに贈り物をしました。
「お母さん、ただいま!
はい、これ、お土産だよ!」
「あら、そう。また持ってきたのね。」
そう言って、うっすら微笑んで受け取るお母さんを見て、男の子は嬉しくなって、とても満足しました。
「今日も、お母さんが少し喜んでくれたもの!
明日も頑張らなきゃっ!」
擦りきれたお布団の中に体を滑り込ませると、一日中森の中を走り回ったせいか、男の子はぐっすりと眠ってしまいました。
**********
しかし、夜中。
木の上で、フクロウが「ホゥ…ホゥ…」と鳴く頃。
「…また、こんな汚いものを持ってきて…。
毎日毎日、役に立たないゴミばかり拾ってきてっ!
本当に困った子だね!」
お母さんは、そう呟くと男の子からの贈り物を、裏庭のゴミ穴へと投げ捨ててしまいました。
"きれい好き"のお母さんは、それが汚いからと何も考えずに捨ててしまうのです。
可哀想な男の子は、そんな事も知らず、いつもいつも沢山考えて沢山悩んで、お母さんを喜ばせようと宝物を探すのでした。
**********
ある日、男の子は森のなかで妖精にあいました。
いつものように男の子は、お母さんの為に綺麗な物や自分が感動したものを探して森の中を駆け回っていたところでした。
「こんにちは、ぼく。
ねえ、君の持っているその、ステキな虹色の羽と金貨十枚とを交換しないかい? 」
金色の髪に黄金の瞳で長く尖った耳を持った背の高い妖精は、男の子に金貨を見せます。
しかし、男の子はブンブンと首を横にふりました。
「うーん、ダメダメ。この羽はお母さんにあげるから、貴方にはあげられないよ。」
妖精は、たいそう驚いて目を見開きました。
そして、悲しげに微笑みながらしゃがむと、男の子と同じ目線になりました。
「君は知らないかもしれないけど、そのお母さんは君が集めた宝物を、いっつも裏庭のゴミ穴へ捨てているよ。
捨てられるくらいなら、私にくれないか? 」
妖精が少し良い淀みながら、男の子へ真実を話します。
男の子は、とても驚きました。
なんてったって、お母さんが男の子の贈り物を捨てていたというのですから。
「嘘だい! ぼくのお母さんは、そんなことしないよ!
昨日だって、とっても喜んで受け取ってくれたもの!
この嘘つき! 嘘つき妖精は、あっちに行けよ!」
男の子は、泣きながら怒りました。
それを見て妖精は、悲しげに首を傾げて可哀想な子供を見つめました。
「私は嘘がつけないんだよ。
それなら、こうしてみよう。
君のお母さんを試してみるんだ!
もし、君のお母さんが君の素敵な贈り物を捨てなかったら、お詫びに金貨を五枚あげよう。
そして、もしも君のお母さんが、君の素敵な贈り物を裏庭のゴミ穴へ捨ててしまったら…」
「…捨ててしまったら…?」
「残念だけど…。
そしたら君は、きっとあのお母さんに嫌われているだろうから、要らない子さ!
どうだろう!?
お母さんが要らないなら、私が君を拾いにいこう。
今まで捨てられた素敵な贈り物も一緒にね!」
男の子は、妖精の言葉にショックを受けました。
そんな事が、あるのだろうかと悩みました。
そして、ふと、考えないようにしていたことが胸の中からせり上がってきました。
お母さんは、男の子の事がいらないのでしょうか?
男の子は、自分に問いかけます。
最近、良くご飯をくれることを忘れるのも、お父さんとお兄さんとお姉さんが出てった後に、殴られたり蹴られたりする事も、怒鳴られることも、お母さんが男の子の事を嫌いだからでしょうか?
男の子が居ないときに、家族の皆もお母さんにそうやって暴力を受けているのだと思っていました。
そして、きっとそれは当たり前の事なんだと、男の子は自分に言い聞かせていたのです。
ここ二年ほど、他の家族たちは男の子を良く無視していました。
喋りかけても、昔ほどお姉さんもお兄さんもお父さんも答えてくれないし、本を読んでくれなくなりました。
だから、誰にも相談も出来ず、自分の中で自分に言い聞かせる様な答えを出すしかなかったのです。
けれど、『もし』お母さんから毎日受けるあの"痛いこと"が、実は違った気持ちからなのだとしたら?
『もし』、あの暴力が男の子だけなのだとしたら?
偽って、考えないようにしていた恐ろしい『考え』が急激に胸の中へ広がっていきました。
昔、お姉さんが働きに出る前の頃。
寝る前に読んでくれたお伽噺の妖精は、どんな物語のなかでも、いつも嘘はつきませんでした。
妖精は魔法を使って、時には小さな悪戯をして、はたまた困った人がいれば万能な魔法でお手伝いを、沢山の人助けをひっそりこっそり行ってくれるのです。
妖精は、人が喜んだり笑顔になるのが好きな種族だから、悪戯はしても嘘が大嫌いと、昔、お兄さんが言っていました。
だからきっと、この妖精が言っていることは、本当なのでしょう。
そう考えると男の子の心の中は、とっても悲しい気持ちと戸惑いと、お母さんを信じたい気持ちがぐるぐるとせめぎあってしまいました。
「…どうやって、お母さんを試すの?」
男の子が、絞り出すように声を出すと、妖精がニッコリと微笑みました。
「うん、こうやってさ!」
妖精がパチンっと指を子擦り合わせて鳴らすと、瞬間、光が溢れました。
眩しさに目をつぶって、また目を見開いた時には、目の前に男の子と同じ姿の妖精がいました。
「す、すごいっ! ぼくがもう一人いる!?」
「ふふふ、これは姿写しの魔法だよ。」
「それで、僕の姿になってどうするの?」
「チェンジリングの試練をやるんだ!」
「それって、どうやるの?」
男の子は、首を傾げて妖精を見つめました。
妖精はにっこり笑うと、ポケットから大きな石を取り出しました。
「これから君を、この石の中にいれるんだ。
そして私は、それをお母さんに贈り物として"いつもの君のように"渡す。
この石は、見た目は川原に落ちてる石の様だけど、実は金貨五枚もする魔法の宝石なんだよ!
もし、お母さんが一晩これを大事にしてくれるなら窓辺に置くだろう。
そうして、朝陽が石に当たれば魔法が解ける。
君のベッドで寝ている私と場所が入れ替わって、君はベッドの中に。私は窓辺にというようになる。」
「ふむふむ、なるほど。
…もし、ゴミ穴へお母さんが捨てたらどうなるの?
深いゴミ穴の底には、朝陽が当たらないよ?」
男の子は、恐怖にぶるりと震えました。
元に戻れなかったら、一生を狭い石の中で暮らすのです。そしてさらに、真っ暗で寂しいゴミ穴の中で過ごさなければならないのです。
「さっきも言ったけど、もし君が捨てられたら、朝陽が射す頃に私が君を拾いに行くね。
暗いゴミ穴には、ずっと居てもらうわけでは無いからね。」
「うん、そうして欲しいな…。
それで、どっちもその後はどうするの?」
「そうだね。そしたらどちらもその日の朝、また同じようにお母さんへ石を渡して、その後すぐ、私が旅人を装って金貨五枚を持って石を買いに来るよ。
そうすれば、君のご家族にはどっちにしろ嬉しいことだろう?
さぁ、こんな感じでどうだろうか?」
男の子は暫く考え込みましたが…、
「うん、じゃあそれなら良いよ。」
と、頷いて承諾しました。
男の子と瓜二つの姿をした妖精は、ニッコリと笑うと石を男の子の方へ伸ばしました。
「では、これに手を触れて。
大丈夫、石の中は星の海のように美しくって素敵な所だから、暗くて怖くは無いからね。」
「ほ、ほんとうに?」
男の子は恐る恐る、手を伸ばして石にそっと触れました。
次の瞬間…!!
男の子の世界は一辺、真っ暗闇の空中に体が投げ出されました。
「きゃーあぁぁっ!!?」
男の子は怖さに目を固く瞑って、驚きに悲鳴を上げ、ジタバタと両の手足を必死に動かしました。
しかし、いくらたっても衝撃が訪れません。
すると、空から「あっはっは~!」と笑い声が聞こえました。
「驚いたかい!? いやはや、ごめんね!
うっかり、良い忘れていたけど、石の中は星の海。
つまり、空中になっているんだよ。
君は、そこにずっと浮いてるから落ちたりしないよ、大丈夫!
ほらほら、それより早く目を開けて、周りを見てごらん!」
男の子はホッとして、パッと目を開けると、今度は口をあんぐりと開けました。
「うわぁっ!! なんて美しいんだろうっ!!」
そこは、まさに星々の輝きが瞬く美しい空間でした!
まるで真夏の夜空の天の川に飛び込んだようです!
真っ暗闇の中で、色とりどりの星々がゆっくりと瞬くと、キャラキャラと星屑が擦れる音がしました。
男の子は暫く、何万何億という星の輝きに、うっとりと周りを眺めて『ふぅ…』と、溜め息をつきました。
「本当に…とっても綺麗だね…」
「あはは! そうだろう、そうだろう!
気に入ってくれて良かったよ!
さて、君の足元にある大きな水晶の柱が分かるかい?」
そう言われて男の子が足元を見ると、少し離れた位置に男の子の身長より何倍も大きな水晶の柱が、どんっ!と一本立っているのが見えました。
「うん、見えるよ! あれがどうしたの?」
「泳ぐように動けば、この星の海の中を移動できるからね。
そしたら近寄って、水晶の中を覗いてごらん。」
そう言われて、男の子が足をバタつかせると、少し前に進みました。
コツを掴むとスイスイと川を泳ぐ要領で進むと、あっという間に、男の子は水晶の柱にたどり着きました。
そして、水晶を覗くとびっくり仰天!
「うわぁっ!」
なんと、男の子の姿をした妖精の顔が大きく映りこんだのですから!
「あっはっは~! 驚いたかい?
その水晶の柱からは、外の様子が見れるんだよ!
さらに、その水晶の中に入ってごらん。
外の景色がそのまま、石の視点で全部見れるんだよ!」
「うわぁ~! こりゃ、便利だ!
すごいっ、すごいっ!!」
水晶の中の空洞に入ると、妖精が言ったとおり、ぐるりと一周、その場で回ると辺りの景色が全て見えました。
しかし、見るもの全てがいつもより大きいのでした。
「さぁ、そしたら準備万端!
日も暮れたから、お家に帰ろうっ!」
そう言うと妖精は、男の子の家に向かって歩き出したのでした。
連続投稿、3話完結です。
それでは、また明日~!
読んで下さって有り難うございます!