*3* PCが起動しなくなったときって物凄く焦る。
もう一つの世界。
言うならば、ゲームの世界という中では俺の名前は定まっていた。
『112』、いつどこでどのようにこの名前を考えたのかは覚えていない。
ふと思いついて、その数字が自分の名前なのだと思い込んだ。
思い返すとその112という数字の名前をしたキャラは色々な世界を旅してきた、一人の旅人なのだと思った。
数え切れない世界を旅して一番思い入れが強い場所は言わずもがな、このモンスターガールズオンラインだった。
今ではすっかり根付いているそこは安住の地になっているのかもしれない。
このミコというパートナーは大事な存在だからだ。
本当に大切で、あいつがいなければ俺はこの世界には存在しなかったに違いない。
魔法を絶対使わない俺のプレイスタイルに反して魔法スキルでガチガチに固めたミコとの相性は最高。
戦闘は無駄がなくて的確、それでいて生産スキルもある程度は覚えてくれているから回復用のアイテムぐらいは揃えてくれる。
リアルの都合で俺が落ち込んだ時は彼女なりに励まそうとしてくれたし、見知らぬプレイヤーの持つ他のヒロインと知り合っていてそれがきっかけで友達も出来た。
そんなこんなでこのゲームの中でお互いに支え合いながら冒険をし続けた結果、今じゃ俺はこのゲームの歴史に名を残す人物となってしまったのだ。
たった二人で実装したばかりの巨大ボスを倒し続けて大物喰らいと呼ばれたり。
各地で唐突に漫才を始めるから『夫婦漫才の人』だの『コメディアン』だの言われて、プレイヤー交流イベントで勝手に漫才コンビとしてエントリーさせられ観客が氷属性の魔法を全種類ぶちまけられたように凍りついたり。
気分転換で対人戦闘の大会に一人で参加したらたまたま優勝してしまったり。
そんなこんなで俺はミコという短剣の精霊と一緒に色々な思い出を沢山作ってきたのだ。
気付けば彼女が集めたプレイヤーたちは俺の友人となってくれた。
そんな人達と一緒に遊んで、ミコという相棒を引き連れてこの世界を思うがままに走りつくした。
その結果がこれだ、やることがなくなってしまったのである。
特にフレンドが沢山いて他プレイヤーと交流を積極的にしているわけでもない。
かといってミコがいるからぼっちではない。
装備も取り合えず現時点で最高のものがあるし念願のマイホームさえ買ってしまった。
課金で売られているヒロイン用の服だって今まで出てきたものを全部欠かさず買っている。
なので最近はミコの顔を見るためにゲームは起動しておいて放置、その裏でSTEELと呼ばれるPCゲーマー御用達のゲーム配信プラットフォームを立ち上げて海外製のゲームを楽しんでいるわけだ。
特に世紀末系と呼ばれる『モヒカンがひしめきヒャッハー』な世界のゲームが大好きだ。
俺が先ほどやっていたのも、核戦争で文明がぶっ壊れた世界でサバイバルをするという過酷でやりがいのあるゲームだ。
広大なマップを歩き回るオープンワールドという形式をとったその世界は過酷だ。
飢えて死なないように自分の手で食べ物や水を確保しないといけない。
略奪者であるレイダーと呼ばれるならず者から身を守らないといけない。
時には拠点を作って安全に過ごせる場所を確保しなければならない。
レベルが上がればボーナスポイントを割り振ってステータスを強化。
特別な効果を持つ称号を収得して快適なサバイバルを。
そうして荒廃した世界で生き抜きながら、文明再建の鍵を探すと言う広大な物語がある。
ゲームの名前は【FallenOutlaw】というものだ。
遠い未来、爆発な感染力を持つ病原菌が蔓延し、追い打ちとばかりに二つの大国が互いに核兵器を打ち合うという最悪のシナリオが流れた世界。
フーバーダムと呼ばれる、ダムを丸ごと使って作られたシェルターで過ごしていた一人がプレイヤーの分身となる。
シェルターの物資を求めてやってきた外からの侵入者と、それに便乗してクリーチャーがなだれ込んできたところから物語は始まる。
運よく生き延びた主人公はまず最初に油断していたレイダーの頭を斧でカチ割る。
次に銃を奪ってシェルターからの脱出をチュートリアル形式で進めていく。
脱出を目指して戦いぬいた先で、シェルターに組み込まれていた自爆装置が作動。
最後は盗賊たちが待ち伏せている長いトンネルをバギーで駆け抜けるという、どこかの国民が好きそうな展開にもっていかれるのだ。
トンネルを抜けるとお決まりのように乗っていたバギーは事故を起こしてしまい、主人公が目を覚ますと見知らぬ荒野の上でゲーム本編が始まる……といった、いかにも『それらしい』作品だ。
武器が無ければ自分で作れ、食べ物が無ければそれも作れ、安全に住める場所も作るのだ。
そういわんばかりに過酷なサバイバル生活を強いられるようなゲームは何故か人気だ。
まあ、実際にそんな目にあってみろとか言われたら当然お断りする。
考えてみて欲しい、実際に自分が着の身着のままそんな場所に放り込まれたらどうだ?
危険な化け物と盗賊が蔓延り、文明が崩壊して今日食べるものがちゃんと手に入るかもわからない。
インフラは消え去り安全な水どころか電気すら確保できない。
マトモな対抗手段がないまま変異した動物に襲われても、素手じゃどうにも出来ず食い殺されるだけ。
運よく武器を手に入れても壊れないように大事に使って、駄目なら捨てないといけない。
たった一人が銃を手にしたところで複数の敵が銃を向けてきたら詰んだも同然。
安全な拠点を確保することすら難しい世界で一体何処に枕を向けて眠れば良いのか。
……そんな下らないことをぼーっと考えながらコーラの入った缶を片手に黙々と楽しむのが、その物騒なゲームの楽しみ方だ。
「さて……ステータス配分の時間だ」
というわけで残り五分もないものの、不完全燃焼のままのゲームを起動することにした。
なに、どうせステータスを振るだけだ。イベントが開始するより早く終わらせればいい。
何やらモンスターガールズオンラインのウィンドウからぴこんと音がしたけど無視、STEELのメニューから『FallenOutlaw』を選択、起動する。
「早く起動しろ……あと五分もないんだぞ……」
するとフルスクリーンでゲームが起動した。
ガスマスクをつけた人間が背筋を丸めてこちらに銃を向けるオープニングが流れた。
適当なキーを押してスキップ、消えてもうと画面が出てきた。
さあ、イベントが始まる前にステータスを振って――。
「……あれ?」
ロードという文字をクリックしようとした途端、ぶつりと画面が切り替わった。
ゲームがクラッシュしてデスクトップの画面が直ぐに表示されたようだ。
思わず首を傾げてしまった。PCの調子が悪いんだろうか?
仕方がないかとため息をつきながらもう一回ゲームを起動しなおそうとすると。
『……助けてください』
真っ黒な画面に真っ白な文字がいきなり出てきた。
「うおっ!?」
びっくりした。
いきなり画面が暗転して文字が流れるのだから驚かないわけが無い。
考えたくも無いけどまさかウィルスにでも感染したんだろうか……?
いきなりの謎現象にウィルス感染の疑いを一人で考え込んでると、すぐその原因が分かった。
最小化していたはずのモンスターガールズオンラインが画面いっぱいに表示されたのだ。
『お願いします。魔女が――魔女がこの世界を滅ぼそうとしています』
黒い画面がぐにゃぐにゃと歪んで、ヘッドフォンからざーざーと不愉快なノイズが流れる。
「やかましいわボケ! そんな演出しなくていいんだよ!」
随分人騒がせなイベントだなおい。
派手な演出にびっくりしたけどもう大丈夫だ。
とりあえず長いイベント導入がだらだら流れると分かれば、別にパソコンが異常な状態に陥っているわけじゃないと安心できた。
「何が世界を滅ぼそうとしています、だ! まったく……」
まったく驚かせやがって。
画面を睨みながらぬるくなったコーラの缶を煽って飲み干すと……今度はノイズが途切れて。
『私達の住む魔法の国、フランメリアに危機が訪れています――。冒険者の皆様、私達を助けて――』
「……」
今度は今にも途切れてしまいそうなほど弱弱しい、同情を誘うような女性の声が聞こえてきた。
なんだか不気味で怖い。
真っ黒な画面そのものから声が絞り出されているようだ。
……いや、びびせようとしたってそうはいかないぞ。
「いくらゲームのコンテンツに困ったからってそういうのは良くないぞ……食らいやがれ!」
冷静に『CTRL』+『ALT』+『DEL』に左手の中指、人さし指、最後に右手の親指でPCゲームで困ったときのタスクマネージャを呼び出した。
するとフルスクリーン画面が切り替わって、目の前にはいつものデスクトップの元気な姿が。
さあとりあえず気味の悪いイベントが終わるまでもう一度FallenOutlawを起動しようか。
もう一度さっきと同じように起動した、しかし一瞬画面が切り替わって。
『助けてください!!』
「…………」
真っ黒な画面が表示されて女性の声が強く耳に届く。ふざけんな。
懲りずにもうタスクマネージャを召喚してゲームを起動。
と思ったらゲームを起動しかけた寸前に速攻で画面が切り替わってまたも真っ黒画面へようこそ。
『ああ、魔女が――! 魔女が――!』
こういう時は【プランB】というものが輝く。
出来る男というのはいざというときの為の隠し玉を持っている。
「砕け散れィ!」
うざいので構わずタスクマネージャ召喚からのアプリケーション項目をチェック。
実行中のモンスターガールズオンラインに狙いを定めて――タスクの終了。
するとぶつりと声が途絶えた。封印完了。
『プランB』で根本的な原因を打ち倒した俺はFallenOutlawを意地でもプレイしようともう一度立ち上げようと試みるものの。
*ぶつり*
今度は先ほどの文字や声が流れるのとは違う、完璧な真っ黒な世界が画面に映されてしまう。
「あっ……」
というか動かない。
カチカチとマウスを連打しても動かない、それどころかパソコンから電源が完全に抜け落ちて大人しくなってしまっている。
「えっ……うそでしょ?」
ま、まさかPCがぶっ壊れた?
ああ、おいおい、こんな時にそれは勘弁してくれ。
震える手で電源が落ちたパソコンを起動しようとするものの、手ごたえがまったくない。
「おいおいおいおいおいちょっと待ってくれ今壊れるとかやめてくれよおい!!」
電源ボタンをカチカチ押しても反応が無い、ひとまず机から離れる。
続いて部屋の照明がうっすらと、徐々に光を失っていく。
天井を見上げると部屋を明るく照らしていた照明が白から黒へ溶け込んで、力を失って部屋の中を暗くしていった。
「……まさか停電か? いや――」
なんだろう、強い不安が襲ってくる。
何かおかしい、尋常じゃない何かが迫ってきているような――
かすかな光さえもない真っ暗な空間が出来上がったと思えば、急に身体が軽くなって。