*2* 桃色の髪の奴は大体あれだ。
10分が経過した。15分後に新たな世界とやらは待っている。
ここで一旦休憩。無骨な斧を背負っていたマイキャラをソファの端っこに座らせる。
『あと15分ですねご主人様。しかも誰かさんがミコに構ってくれなくてとても暇なので動画サイト見てていいですか?』
『好きにすればいい』
『むー。冗談ですけどちゃんとミコに構ってください。しばきますよ』
一旦モニターから離れてキャスター付きの椅子ごと後ろに下がって背を伸ばす。
石みたいに固まりかけていた背中の筋がぐぐっと引っ張られてかなり気持ちがいい。
画面の『俺』は背中の斧と一緒にソファに腰を掛けて、ご丁重に背筋をしっかり伸ばしている。
キャラの頭はすっぽりと丸みを帯びた黒い兜で覆われている。防御目的ではなくファッションだ。
ショートヘアーの茶髪という地味な髪型だけどこのキャラの容姿はお気に入りだ。
斧という地味とされている武器もまたお気に入りの1つである。
このゲームにはガチャというダイナミックに金をドブに捨てるための課金要素がある。
2030年になった今でも根強くMMORPGの課金システムの一端を担っているものの一つである。
そんなもので手に入る成金カラーの鎧だの謎のオーラが湧き出る衣装だの、高性能な武器だの、そういったものは嫌いだからだ。
確かに課金に課金を重ねて財力に物を言わせたゴリ押しをすれば誰だって強くなるが、このゲームはプレイヤースキルこそが命だ。
またこの世界ではプレイヤーが生産した武具こそが殆どのプレイヤーの生命線なのだ。
つまり課金などに頼らなくても十分遊んでいけるゲームということ。
ゲームそのものはレベルという数値を廃止し、限られた上限値の中で好きなスキルを好きなだけ組み込む――俗にいうスキル制と呼ばれる個人の特徴を押し出すようなシステムだ。
古の魔法使いたちが生み出した世界とやらでヒロイン達とのんびり過ごす…という設定のわりに戦闘はえらく流動的でプレイヤーのスキルという奴が要求される。
スキルも幾らでも覚えられると言うわけでもないので構成に頭を悩ませる必要もある。
そしてプレイヤーが生産するアイテムも重要だ。
NPCはマトモなものを売っておらず、自分で材料を調達して自分で作らなければ手に入らない。
課金で手に入る武器や要求される武器スキル値が高い武器が強いとは限らず、序盤に覚えた簡単な技すらキャラが育ち終わったあとも使うことになる。
まとめればプレイヤーの腕が試される硬派なゲームといえるだろう。
しかも多彩なスキルはそれぞれに確かな役割を持っている。
跳躍力というスキルを上げ続ければジャンプ力が上がってアクロバティックに。
柔術スキルを鍛えれば無手でも攻撃を受け流し。造船技術は船が作れて、またそれを操る為の航海というスキルが――。
つまり産業廃棄物だの死にスキルだのといわれるような無駄なスキルがないということだ。
それは逆に言えば『あそび』がないともいえるけども、プレイヤーたちの個性も輝くというものだ。
こうしてみれば難しそうな、でも慣れればとことん楽しめそうな『縦に浅く、横に広い』ゲームだ。
しかしそれらを緩和したのは彼女達だった。
そう、他にはない独特の伝統ともいえるヒロインという存在だ。
『ご主人様ーご主人様ー、構えー。キュアー』
そんなことを考えてる間に詠唱音が聞こえて、俺のキャラから白い霧のようなものが浮かび上がる。
毒やら病気やらの効果を溶かす治癒魔法だ。
効果はその名の通りまで主に毒を治療する。
回復魔法というカテゴリに属する割と初期に収得できるスキルである。
その魔法には用途が二つある。
一つは毒や病気を受けたキャラの治療、そしてもう一つは……『消毒』だ。
一体始めにこんなことを考えたのは誰なんだろうか。
これを『お前汚いから消毒するわ』という意味で必要も無いのにぶっかけるという伝統がある。
最悪、知らない奴に突然ぶっかけられて逃亡される『辻消毒』ならぬ卑劣な行為すらある始末だ。
つまり何が言いたいかと言うとミコお前何やってんだコラァァ!!
『おい何消毒してんだよ!! それやめろって言ってるだろ!?』
『ふひひ……どうやらミコに構ってくれないのは病気だったようですねえ、もうご主人様が構ってくれないたびにぶっかけますからね。ご主人様は消毒だー』
寝転がったままのミコは相変らずやりたい放題だ。
この前も露天を見回っていたら見知らぬプレイヤーに消毒をいきなりお見舞いされたこともあった。
それを目にしたミコは当然感化されてこの有様。
何かと理由をつけてキュアをぶちまけると言う凶行を始めるように。
『ちょっと心が痛むからやめてくれないか、この前も見知らぬ人にかけられたんだぞ』
『じゃあイメチェンしません? ミコがお手伝いしますので可愛くなりましょう!』
『やめろ。結構前に一度任せて全身ピンクになっただろ』
大体の原因は構ってくれないからか、俺の見た目が怖いとか言う理由で挨拶感覚でやられる。
我ながらファッションセンスも色彩センスもない。
そのため「とりあえず黒集めときゃいいや」的なノリで揃えている。
こんな黒づくめな組み合わせでも、このゲームの中では建前上は『騎士』という職業である。
『あ~、それにしてもどんなイベントが始まるのか楽しみですねご主人様。まさか魔族の軍勢が地平線埋め尽くして人類に襲い掛かってくるとかそういう派手なイベントでしょうか? それなら毎日ご主人様と一緒に戦えますね! いいよ来いよ魔族ども!!』
ソファの上で熊の人形を薄い胸で押し潰していたミコが立ち上がった。
そいつの言う通り、このゲームでイベントとなると大抵は戦闘絡みだ。
街中にモンスターが発生したりだとか、超巨大ボスが現れて皆で協力して倒したりだとかそういったものばかり。
『お前、ほんとにそういうの好きだよな』
『ミコは女子力を鍛えるために日々戦っているのですよ』
『ずいぶん血生臭い女子力だな』
ミコはそういったものが大好きである。
こいつは俺を置いていってまで一人で狂戦士の如く戦い続けて、レアアイテムをお土産に帰ってくることが何度もあった。
そして何より一緒にいるときのテンションはヤバい。
隙さえあればとにかく喋りまくってログを埋め尽くしまくり、勝手に一人で敵を壊滅していく。
『正直もう戦闘系イベントはなぁ……何度もやってきたしミコが殆どやっちゃうし食指がちょっと動かないわ』
しかし正直言ってしまうと飽きた。
確かに、戦闘イベントは面白いさ。
しかしイベントが起きれば大抵はただの大規模な戦闘であることが多いわけで。
ヒロインたちのように現実で仕事をせずゲームだけして生きていけるなら別として、やっぱり敵と戦うイベントばかりするというのは正直くどい。
『えー、でも久々の大規模イベントですよ? きっと世界の破滅を狙う魔王とかが出るのかも!』
『どうせその魔王もガチ勢ラッシュで一瞬で溶けるだろ』
分かりやすく言ってしまえば一週間の食事のうち四日連続で濃い味でこってりとしたラーメンを食べ続けるようなものだ。
胸焼けどころか体調すら壊れるし、気分もさぞ悪い。
時折出て来るのんびりとしたミニゲーム的なイベントや、運営側がサポートしたユーザー交流用の露天イベントが口直しになるわけだ。
油っこくて味の濃い料理を食べて、口直しをはさみながら何とか食べ続けている。
それが今の俺のプレイスタイルなのかも知れない。
『このゲームの目的をお忘れですかご主人様! ミコと一緒に最高のプレイヤーと最高のヒロインを目指して狂戦士の如く戦い続けるゲームですよ多分!』
『多分って忘れかけてるじゃねーかお前。つーか別に戦闘だけしなくてもいいよねこれ、なんで俺もお前の終わりなき戦いに付き合わないといけないんだよ』
『ふひひっ、歴史を振り返れば戦いの理由はいつだって大体曖昧ですよ……。まあミコはご主人様と一緒にいられればそれでお腹一杯なので、いっそここらで路線変更して二人で生産始めませんか? ミコはパン屋がやりたいです! あ、でもご主人様見た目盗賊っぽいので接客全然ダメですね。小麦刈って小麦粉でも集めててください』
『なんで俺もパン屋やらないといけない路線になってるの? あと盗賊じゃねーよボケ。騎士だよ、何度も言ってるけど騎士だよこれ。受け流しと戦闘特技と斧のスキルこつこつ上げて騎士の称号もらったんだぞ』
しかも濃厚な料理に濃厚な付け合せ、即ちこの誰が見ても異色のヒロインという存在がいるわけだ。
肉野菜脂たっぷりの大盛りラーメンをちびちび食っている矢先に店主が常連へのサービスでフライドポテトを空気も読まず差し出してくるようなものである。
それから誰が盗賊だ。
『え? 盗賊騎士?』
『盗賊を外せバカヤロウ!!』
『フヒ…なんかカッコよくないですか? 盗賊と騎士の二つが混ぜあわさり最強に見えません?』
『分かったから盗賊言うのやめろ、辛い』
最近はファッションに対して盗賊という指摘が他プレイヤーからも飛んできてとても辛い。
でも俺には格好を改める度胸とセンスがないから踏み込むのが怖い。
結局どんなに変えようとしていてもこのお気に入りの格好に帰って来てしまう。
『……まあなんだ、今回はイベントが始まったらすぐに動かないでまずは様子見だ』
『火中の栗は冷めてから、です!』
『そういうこった』
さて特にすることもないしかといってこの家から出て外のマップですることも思いつかない。
それよりもやりかけの洋ゲーをやろうかと思っていると。
>『イチさん、いるー?』
突然画面の端に緑色の文字を含んだ吹き出しがにゅっと現れた。
ささやき、TELL、WIS、そう呼ばれているプレイヤー同士の1:1でやり取り可能なメッセージだ。
ログを見ると『Mutuki』という名前のプレイヤーから送られている事が分かった。
>>『いるぞ』
>『お、返事が早い。また別ゲーやってるのかと思ったよ』
>>『イベント前で一段とミコがうるさくて付き合ってやってるんだよ。で、なんの用だ』
そいつは俺がこのゲームで始めて得た友達だ。
ミコが迷惑を掛けたお陰で知り合うことの出来た人物である。俺はムツキと呼んでいる。
戦闘も上手、人付き合いも良く、穏やかな性格に人を引き寄せるカリスマ性がある
そいつのヒロインは透き通るような青色の髪をしたお淑やかな刀の精霊だ。
正直ミコに見習って欲しいほど、丁重な物腰の子である。
>『いやね、なんだかスケールの大きな戦いが始まりそうだからイベントが始まったら是非ともうちらと一緒に遊ばないかと思ってね』
そんなムツキからのメッセージはただのお誘いだった。
俺とミコが加われば少人数精鋭部隊が完成だ、とでも言いたいに違いない。
そんな俺とあいつのやり取りに薄っすら感づいたのか。
『……にゅふふ……♪』
画面の中でミコが立ち上がって、此方に顔を近づけてニヤニヤし始めた。
>>『だと思った。じゃあ返事はイエスだ』
>『話が早いなぁ、助かるよ。まあ発表が終わったらイチさんの家にお邪魔しに行く!!』
>>『おい、大挙してうちに乗り込んでくるんじゃねえ。お前の家の方が広いし落ち着けるだろ、ギルドハウスってこういう時のためにあるようなもんだろ』
>『ダメ?』
>>『別に。入る前にちゃんと一言言えよ、いきなり入ってくるのはなしな』
>『分かった。ムネマチさんもイチさんとミコさんに会いたいって言って楽しみにしてるよ』
そうやって文字を入力してメッセージを送っていると、
『ご主人さまー、ムツキさんとお話ですかー?』
ソファの上でミコがごろごろと猫のように寝転がった。退屈そうだ。
>>『ムネが俺達に?』
ムネマチとはムツキの持つ和風ヒロインの名前である、通称『ムネ』だ。
正直いって彼女を見ていると『隣の芝生は青く見える』の最もたるものを感じる。
>『うん、二人がいちゃいちゃするところを見たいってさ』
いちゃいちゃというか、漫才になっている気がするんだけど、その点はどうなんだろうか。
>>『してねえよ、今日も消毒されたよ。消毒という文化を生み出した奴は死刑になっちまえ!』
>『そんなこといって実は楽しんでるんですね、分かります』
>>『清濁併せ呑むと言ってくれないか』
……実際のところ、ミコとのやり取りを楽しむためにログインしてるようなもんだ。
きっとミコがこの世にいなかったら絶対にプレイしていない。
>『そう言う割には毎月ミコさんに新しいアバターを買ってあげたりしてるよね』
>>『そりゃまあ……欲しい欲しいうるさいし言われる前に買ってやろうと』
>『でも本音は?』
>>『……すごく嬉しそうだから。服買ってあげたらすごく喜んでくれるし』
>『別にアバターを買って上げる以外にも喜んでくれることはあると思うよ? ……でも』
>>『でも?』
>『バニースーツはどうかと思う』
>>『おい待て!! バニースーツのことどんだけ広まってるの!? 別に好きでも嫌いでもないんだけどそれ!?』
ではなぜ、そんな知人にバニースーツのネタが広まっているのか。
言うまでもなくこの桃色の髪をした変態ヒロインのせいだ。
そんな彼女を凝視していると
『あーそうそう、たった今ムネマチちゃんから聞きましたけど……ミコはご主人様と一緒に遊ぶことが幸せですよぉ? ふひひ……♪』
ごろごろしていたミコは画面の中で俺のキャラに向かってにやりと笑い始めた。
はめられた。
今頃ムツキは画面の目の前でヒロインと一緒に笑ってるに違いない。
畜生、よくもこんなことをしてくれたな。
>>『おいコラムツキコラアァァァァァ!!』
焦り気味にそう返すものの返事がない。完璧にはめられた。
とりあえず報復するぞとばかりに考え付く限り恐ろしいメッセージを送りつけることにする。
>>『お前覚悟してろよ、今度おみまいしてやる』
>>『料理スキル0で作ったパイをお前の郵便受けに100個ぐらい送ってやるからな。おみまいしてやるぞ俺は』
>>『おいきいてんのか』
>『聞こえてませーん』
>>『くそが!』
やめよう、不毛だ。
とりあえずもう時間も近いし、大人しくイベントの開始を待つことにしよう。
イベントの情報は全く知らせては居ない、だから何が起こるのかもわからない――いや、待てよ?
良く考えてみれば人工知能持ちのキャラを管理しているのは運営だ。
その運営から何かイベントに関して詳細とかを聞いちゃいないんだろうか?
今までイベントがある時は公式サイトで掲示されるより一足早く、ヒロインを伝ってプレイヤーたちにイベント情報が届けられるのが普通だからだ。
『あーミコ』
『はぁい♪ なんですかご主人様?』
『メッセージに気味悪い記号をつけるな。いや、イベントのことだけどさ……運営から何か知らされてないのか?』
そう尋ねるとミコはゲームの中で首をこくりと横にかしげた。分からないといった具合か。
『そういえばなーんにも聞かされてませんね。ミコたちもこの前いきなり『イベントあるよ~』って教えられただけなんです』
『ああそう。ずいぶん大げさだなぁ、もったいぶりやがって』
『でもでもいいじゃないですか! こう、お菓子の詰まった箱をぱかっとあけるみたいで!』
『中身が空だったりがっかりするものが入ってなかったりすることを祈る』
『そういう夢が無い発言しちゃ駄目ですよぉ。全くこれだから山賊は』
『山賊!? よりによって山賊とか言う!?』
『だってご主人様ってこんなほのぼのとしたファンタジーな世界なのに一人だけヒャッハーしてそうな山賊みたいな格好ですもん。あっ、これはつまりあれですか? 騎士崩れの盗賊ということですか? ある日魔法の国に仕えていた騎士だったご主人様は任務の失敗によりクビになってしまい、部下も地位も失い路頭に迷ったご主人様は止むを得ず盗賊として生きていく決意したということですね。そしてある日ミコという滅茶苦茶可愛いパン屋の娘の家に入って目ぼしいものはないかと物色していたときにふと目を覚ましたミコと目があってしまってそこから二人の物語がおほー!!!』
『頼むから俺の背景にそんな変なもの作らないでくれ……。つーかなんで俺が罪犯したこと前提で話し進めようとするの? そんなに罪と人の業たっぷり背負ったキャラになってほしいの? 俺ってそんなにアウトローなオーラ溢れてるの?』
……ミコが暴走して画面の中で鼻血を出し始めた。
本当にこのゲームのヒロインたちはいいたい放題やりたい放題だ。
山賊だとか言われて正直ショックだけど、これ以上考えるのは無駄。このままイベント開始を待とう。
『まあいいや、ちょっと別ゲーいってステータス振って来るわ』
『ふあっ!? なんですと!? ここまできて浮気ですか!?』
『浮気言うな』
しかしこういう時に限って時の流れが遅く感じて実に煩わしいものである。
というか、さっきまでやっていたゲームの中でステータスを振り分けていないのがすごく気になる。
時間はまだ少しだけある、折角だし今のうちに向こうの『世界』でステータスを振ってしまおうか。