*1* MMOよりハードコア洋ゲーだよな?
2030年の秋。遂に日本は革新的なゲームを生み出してしまった。
試行錯誤の末に電子工学の頂点にたどり着くことができた日本は一体何を考えていたんだろうか。
人工知能(AI)を積んだヒロインと遊んだり冒険をしたりできるオンラインゲームが作られてしまった。
それによりヒロインたちは自らコミュニケーションをとってくるし、本当に人間ではないかと疑うぐらいの(良い意味での)生々しさが売りだそうだ。
彼女達は人間のように自然に話しかけてきて、ゲームシステムからちょっとした攻略情報まで丁寧に色々と教えてくれる。
ログアウトしている間も彼女達は動く。
一人でスキルを上げたり、ダンジョンへいってお土産を持ってきてくれたり、料理や装備品を作ってくれることもある。
そんなヒロインと一緒に遊んで冒険して、その世界で最高のプレイヤーとパートナーを目指して共に歩んでいくというのがこのゲームの目的だ。
ゲームの名前は【モンスターガールズオンライン】だ。
基本は無料で遊べるそれは要求されるPCのスペックがそれなりだが、レベル制ではなくスキル制と呼ばれる定められた合計値まで自由にスキルを組み合わせて個性を作ることができる。
毎月のようにコンテンツが増え、多様な武器に魔法に、数え切れないほどの生産レシピ。
その上で広大な世界で自由に遊べるという痒いところに手が届くようなゲームだ。
プレイヤーたちは獣耳が生えていたり、下半身がヘビだったり、羽が生えていたりする人間ではないヒロイン達と共に魔法使い達が生み出し発達させたメルヘンチックな世界を冒険していくのだ。
十五歳以下はプレイしちゃダメよ、とばかりに年齢制限が設けられたりするものの、ゲームそのものが斬新で完成度は高い。
そして自分好みのヒロインとお喋りをしたり遊んだり出来るとなれば沢山の人間が食いつくわけだ。
しかし近頃は生まれたヒロインが気に食わないとか、酷いときはヒロインなどいらぬとかそういった理由でヒロインをほったらかして行き場を失ったヒロインが急激に増えているという問題が起こっているという。
削除申請をしない人間が増え続けたせいでサーバーの負担になるため、近々そういった『野良』ヒロインを強制削除するらしい。
さて、そんなゲームをずっと続けていた俺――加賀祝夜は、今日も仕事が終わり、いつものように夕食を食べてからパソコンに向き合ってゲームをしていた。
窓の外をふと見るともう真っ暗。
しかし画面の中はまだ明るかった。
砂埃と眩い太陽の光に晒された『自分』は劣悪な環境の中で戦っている。
画面の中では一人称視点で動く主人公がいた。
核戦争か、大災害か、或いはゾンビになる生物兵器でも蔓延したのか、どうであれ文明社会がぶっ壊れた荒廃した未来で逞しく生きるキャラクターだ。
『ぐあっ……くそっ、撃たれたぞ!』
キーボードとマウスの操作で動くそれは敵の銃撃を受けて苦悶の声を漏らす。
すぐに遮蔽物に隠れて銃弾の嵐をやり過ごす。
その内、銃火が途絶えた。遠くからかちゃかちゃと銃に弾を込めなおしている音がやって来た。
『もう終わりかぁ!? ああ!?』
『リロードタイムだ!』
バカめ。
画面目掛けてそうやってほくそ笑んだ俺はここぞとばかりに前進する。
道路に放置されていた廃車の裏に固まっていた敵が起き上がって射撃――が、もう手遅れ。
廃車のボンネットに目掛けて照準を合わせて、左クリック。
『フラグ投下!』
画面の中の『自分』は棒状の手榴弾の底からひょろりと伸びた安全装置を引き抜いて、思い通りの場所へ放り投げた。
手榴弾が物理演算に従って車体の上に落ちて、滑って、『ヒャッハー』がお似合いな見てくれの汚い盗賊どもの間で派手に爆発。
『うわあぁぁーっ!』
『ぐあっ! く、くそっ! 足がぁ……!』
残った敵がしぶとく此方に2本の銃身が水平に並んだ銃で此方を撃とうとした。
咄嗟にキーボードを叩いて武器を切り替えた。
画面の中の『自分』が高火力のリボルバーをホルスターから抜いたと同時に銃の照準を死に損ないの頭に向けて――左クリック。
*バァンッ!*
画面の中で凸型の照星の上に合わさっていた盗賊の頭が弾けた。
45口径の自家製の拳銃によってとどめの一撃が決まると、スローモーションで相手が絶命する様子がじっくりと拝めた。
インターフェイスの片隅で【XP+500』と経験地が入った事が伝えられるとキャラクターのレベルアップを伝える派手なメタリック調のBGMが何処から流れる。
ステータス画面を開いてステータスを振り分けようとした瞬間、
*ぴこん*
ヘッドフォンから場違いで可愛らしいSEが流れる。
ああ、あいつが呼んでる。
折角の楽しみを崩されてしまった。
ステータスを振る前にメニューを開いてセーブをして、ゲームを終了した。
渋々と音の発生源であるウィンドウを開くと――なんだかほのぼのとした見てくれで平和という二文字が似合いそうな世界が映る。
そしてそこは我が家。
昔は憧れのマイホームということでずっと欲しがっていた、庭付きの一軒家の中である。
誰かさんが勝手に内装をしたせいで全体的にピンク色寄りでとても住み辛く、自分が始めて買った思い出が詰まっている黒いソファーには見知らぬ熊の人形どもが横一列に陣取って座れなくなっている。
『ご主人様ー、いらっしゃいますかー? また別ゲーですかー? 浮気ですか?』
あいつだ。あいつが俺を呼んでいた。
我が家の奥からひょっこりと吹き出しと一緒に女の子が現れた。
明るく青い空の広がるハウジング用マップの風景をバックにしながらである。
『最近ずーっと別のゲームに浮気してますねー、えっちなゲームですか?』
腰まで伸びるさらさらの桃色の髪に調子の良さそうでほっこりとした笑顔の女性キャラクターだ。
2Dではなく3Dで表現されていながらも、キャラの容姿はデフォルメ気味で随分可愛らしい。
しかし今の俺からすればどうだろうか。
見飽きたなんて酷い事は言うつもりは無いけどログに表示されたメッセージを見て気が滅入った。
『呼んだ?』
あいつに呼ばれるという事は大体ろくでもない事が起きる。
手短にキーボードを叩いて応じると、長耳の彼女は俺のキャラクターにふわふわ浮かんで近づいて、
『呼びました! 何度も呼びました!! ミコのことずっとほったらかして何してたんですか!?』
ぷくっと頬を膨らませるエモーションを見せてきた。
怒っている。
『別のゲームやってた』
『何ですと!? 今夜はこのゲーム一大イベントが起きるんですよ! なのに何で別ゲーと一緒にこのゲームやってるんですかこの浮気者ー!』
彼女は凄まじい勢いでログを文字で埋めていく。
というか罵倒されている。
身振り手振りもプレイヤーがやるものよりも随分滑らかだから違和感がある。
それはフレンドでもない、プレイヤーでもない、このモンスターガールズオンラインのヒロインの一人で――まあつまり一種のNPCだ。
ひらひらとした真っ白なワンピースを着た彼女はプレイヤーの持つキャラではなく、このMMORPGゲームの要でもある人工知能を搭載したキャラである。
このゲームではプレイヤーは一つのアカウントに一つのキャラを作ることしか出来ない。
代わりにヒロインというものが与えられ、性格から種族まである程度に決めることができる。
つまりプレイヤーのパートナーになるヒロインのことで、人工知能を積んだ彼女達は俺たちと同じようにこの世界で遊んでいる。
このゲームが発売された当時は複数用意されたサーバーが埋まるほどの盛況ぶりを見せてくれた。
オープンから二年経って落ち着いた今でもまだまだ沢山のプレイヤーが遊び続けている。
そして俺のキャラクターの目の前で見事なふくれっ面を見せてくれるのが――俺の相棒ともいえる短剣の精霊の『ミセリコルデ』だ。長いのでミコと呼ぶ。
『いやだって……夜の9時からだろ? まだ2時間前だし買ったばかりのゲームを進めようかなーと』
しかし運営側は彼女達に規制などを設けていないのか、罵倒を浴びせてきたり漫才を求めてきたりセクハラになるような発言をされるのがこのゲームだ。
キーボードを叩いてそうこう送っていると、目の前で頬を膨らませて更に迫ってきた。
『もう30分前ですよ! はっ……まさか、Rのあとに18が付着しちゃうようなゲームをおやりになったんですかねっとりと!? はぁ、しょうがないですねぇ……欲求不満でしたらこのミコにお任せください!!』
『いや普通の海外製のゲームだからね!? お前は俺をどんなプレイヤーだと思ってんだよ!?』
『お尻と太腿とバニーさんが大好物の淫獣です』
『誰が淫獣だコラ。あと人の嗜好を勝手に作んな』
……それで俺は、一体どうしてこんなやり取りをするようになったんだろうか。
ちなみにバニースーツを買ったのは趣味ではなくイベントでセールだったからだ。
決して趣味じゃない。でもそれ以外の嗜好は事実だ。
『ご主人様が始めて買ったのバニースーツだった事はもう周知の事実になってるんですよー? ちなみに情報の発信源はこのミコです!』
『何やってんのお前!? なんか『バニー好きなんですか?』って先週あたり近所のプレイヤーさんに言われたと思ったらお前の仕業かよ!?』
キャラを作ってチュートリアルを勧めてこヒロインを組み立てる時に『早くゲーム遊ばせろ』とせっかちになってしまったせいかもしれない。
記憶が正しければいち早く戦いたくて超適当に性格設定を押しまくっていた気がする。
30秒にも満たないような超手抜きのチュートリアルを超特急で叩き込まれ、始まりの村という最初のマップに降り立った俺を待っていたのは横に伸びた長耳に桃色の髪の女の子で。
『うわっ、ミコのご主人様の顔、怖っ!』
というキャラメイクを滅茶苦茶頑張った俺に対する否定の上で、訳もわからず操作法も知らぬまま敵がいる野外に連れ出されて戦い方を教えられた。
そして俺は村の郊外を徘徊していたハイテンションなチワワの体当たりを食らって戦死。
これが俺のスタートとかふざけてるのか。
それならまだしも不適切な表現としてGMに罰せられそうなギリギリのラインの下ネタやエロネタを挟んできたりする。
課金アイテムとしてヒロイン用の服が実装されると買うように執拗にねだる。
人工知能とは思えぬ、フリーダムを貫き通したような生き様である。
『だって最近ご主人様がログインしても全然家から出ないし何処にも行かないしそもそもログインする時間が滅茶苦茶減ってるし、ミコは暇なんですよー? ああ、ご主人様の顔怖いとかいっていじっていたあの頃が懐かしいです…』
『だって大体やれる事はやっちゃったじゃん俺達。それからお前が顔怖いって言うからこうして兜で顔隠してるんだぞ俺、人がカッコよく作ったキャラメイクをスタート直後に否定しやがって』
『なにをぅ! まだまだミコとの冒険は終わっていませんよ! ミコと一緒に廃人のごとくプレイして廃人の如く課金してた廃人のようなご主人様が異常なだけです! でもご主人様がどぼどぼ落とした金でミコの飯がうまい!! あ、ご主人様の顔怖すぎるからもうずっと被ってていいですよその兜』
『今まで何度も思ってたけど割と酷い事言うなお前!?』
お前は本当に人工知能なのか、と思う。
呆れながらそうやり取りをしていると、画面の中で彼女はぼふんっとソファに腰を掛けた。
大きな熊の人形がお尻にプレスされてしまっている。
『それにしてもご主人様は一体どんなゲームをしていたんですか? 他のMMORPGですか? 会社側からプレイヤーのゲームの嗜好とかも調べるように命じられてるのでミコに教えてくださいな』
『なんかすごいこと言われたんだけどそれってプレイヤーに教えていいのか!?』
『別にノルマ制でもないし興味本位で聞けって言われてるし大丈夫ですっ! ちなみにご主人様が教えてくれなかった場合他のヒロインの方やプレイヤーの方にえっちなゲームやってるって言いふらしますから割と覚悟してくださいな!!』
実はこのヒロインたち、人工知能じゃなくてちゃんと中に人間がいるんじゃないかと最近強く思う。
特にこのミコとかいうヒロインを見ると特にそう考えてしまうときもある。
とにかく、別に好きでもないバニー衣装を好物だと言いふらすようなやつだ。
本当にやられてしまったらたまったもんじゃないし制止の声をメッセージボックスにぶち込むが。
『やめろ!! シャレにならないことしようとするんじゃねえ!!』
『全部うそでーす☆』
『……』
……可愛らしいような馬鹿にしているような腹立たしいポーズを取ってミコはそういっていた。
キャラの頭の上から浮かんだ白い吹き出しの中のメッセージが酷く腹立たしい。
『しばくぞ』
『ふふん、このミコがご主人様にそんな酷い事するわけないじゃないですか。ミコはいつだってご主人様の味方ですからね? 例えバニースーツが好きで尻フェチのご主人様でも……』
『いや、特別好きでもないバニースーツフェチに仕立ててる時点でもう致命傷近いんだけどこれ』
『しょうがないにゃあ……。今からバニーさんの衣装に着替えますから今から誰から見ても立派なバニーさんフェチになってください、それで全ては丸く収まりますから!! いきますよぉ!!』
『なんでそれが解決法になると思ってんだ!? やめろバカ!!』
けれども、これがこのゲームをやる理由だった。
戦闘に生産に冒険、そういったものを相棒と一緒に殆どやりつくしてしまったような俺には、もはや彼女だけがこの世界と俺を繋ぎとめてくれるようなもの。
強い武器も手に入って、他のプレイヤーとも沢山知り合って、強い敵を倒して、特に目標が出来ずにこうして会って楽しむためにログインしながら別のゲームをやる始末。
『それでミコ、イベントの開始時間はあとどれくらいだっけか』
『もうすぐですよー、別ゲーに浮気しないで大人しく待ってましょうねー』
だけど今日は特別な日だった。このゲームで謎のイベントが行われるというのだ。
モンスターガールズオンラインの二周年記念という事なのか、ある時いきなり大きなイベントを開催すると公式サイトにでかでかと書かれていたわけだ。
――しかしそのイベントの詳細は不明。
何処でやるのかも何が起きるのかも分からず、確かなものは行われる開催時間と手を抜きすぎと疑いたくなるような説明という意地の悪い告知だ。
だからこそみんな気になってそれを確かめたくなるものだ。
それゆえに今日この日、今だかつて無いほどプレイヤーが同時に接続しているという。
『しかしあの告知は大胆だよな、まさかあんな告知の仕方で来るとは……』
『そうですねー、あれにはミコもびっくりです。きっとすっごいイベントが来るに違いありません!』
まあ、無理もないと思う。
何故なら公式サイトにはただ一言、こう大きな文字が貼り付けられていたのだから。
『世界が変わる』
大げさながら色々期待をさせてくれる頼りない文字だ。
だけど運営の積極的な仕事ぶりやGMたちは世間で評価されているし、それ故に『世界が変わる。』だなんてきな臭い言葉に期待できるというものである。
『でもあれだけで説明終わりっていうのはなあ……損してるっていうか』
『はっ……もしや予算使い果たして広告作れなかったのかもっ!』
『世知辛い理由だなオイ』
かくいう俺も当然そういったものに敏感に食指が動くように作られている人間だ。
だからいつもより早くログインして、いつものように自分の家で待機しつつ最近買ったばっかりの『世紀末世界でヒャッハー!』なゲームを楽しんで待っているわけだ。
『ご主人様ー、折角なのでこんな熊さん人形一杯で桃色全開な可愛らしい部屋に篭らないで外に出ませんか? こう見えてもミコはご主人様と違ってアウトドア派なんですよ!!』
『いやこの内装やったの俺じゃなくてミコだろ、しかもソファにクマ置き過ぎて座れないし……。つーかそれどういう意味だおい!? 誰がインドア派だ!?』
『ふふっ……さすがミコですね、よいセンスだ。もうご主人様があまりに構ってくれないのでクマの人形に浮気しちゃいましたよ、子供も一杯出来てこのとおりずらっと横一列に並んじゃってますね』
『おい、その子供がなんか尻に潰されてるんだけどいいのか。家庭内暴力始まってんぞ』
『あ、ご褒美です。こいつMなんで。うりうり』
『ご褒美!? どんな複雑な家庭事情に敷かれてるのこのクマたち!?』
……今日もミコは良くも悪くも自由に生きている。
押し潰した熊にぐりぐりお尻を当てて迫撃中のミコから目を離して、現在の時刻を確認した。
夜の8時35分を示していた。
25分後にはこの世界が変わる。
何がどう変わってしまうのか、この目で確かめてやろうじゃないか。