『代償』
『時の制約』………
これは使い勝手のいいものでは決してない。
制約を使いし者ーー時の使者であればなおさら、このことを当たり前のように知っている。
『時の制約』を発動させれば、発動者は相応の代償を受けることを余儀無くされる。
特別な力を解放するのだから、それは当たり前と言えば当たり前のこと__。
もちろん暦もこのことを知っていた。
彼女もまた俺と同じで、時の使者なのだから当然知っている。
それだけにあの時、彼女が刹那に見せた目元に溜った光るものは、俺の胸を痛くした。
窮地に立たされてた状況を退けるためだったとは言え、その力を使ったことは決して良い選択だとは言えなかった。
どんなに周りに装飾を施そうが、それがいけない事には変わりはしないのだ。
犯罪を犯すのと同じで、
それが例え『正当防衛』であろうがなかろうが、結果的に人を殺した事には変わらない。
いくらそれに正義感溢れる装飾を施そうが、本質は変わっていない。どれだけ言葉でそれを正義付けようが、それは変わらないのだった。
使わざるえなかったとしても、使い過ぎるればどうなるか………
それは『死』。
『生命の最期』だった。
体へ負担をかけすぎれば、過労死というものがあるように、キャパシティーを越え、使用者は死に至る。
要するに使えば死に至るケースが高くなるということを意味するのだ。
それはタバコと同じで、使用し過ぎればそれは自身の体を大きく蝕んだ。
だから、安易に考え使ってはならなかった。
だから、使用する際躊躇しなければならなかった。
それが『時の制約』の事情。
それが後に影響を及ぼすことになるのだから。
だが、俺は『時の制約』を発動することに決めた。
あの時、最善の策として俺はこの他に案が思いつかなかった。
あの時俺が『時の制約』を発動させていなかったならば、どうなっていたことか………
『今を生きる』。
これは忘れてはいけないことだ。これがあっての人生だ。
生き抜く上ではどうしても『時の制約』使わなければならない。
俺たちはこれを使うこと無しにはこの世界で生きてはいけないのだ。
それを念頭に置きながら、俺は自問自答を日々繰り返した。
そして、今俺はここにいるのだった。
※○※○※○※○※○※○※○
口の近くにやっていた自分の手を見てみると、そこには赤く色づく鮮血がある。
「しずく………」
暦は心配そうな声で、俺の元に近づいて来た。
人それぞれではあるが、俺の場合、『時の制約』の代償は体へ極度な負担だった。
だから今、呼吸は荒れ狂うように乱れ、全身に残る力は葉っぱの上にのるひと雫しか残っていない。
突然目眩に襲われ、足がふらつき出す。
転倒しそうになった。
俺は握った拳に力を入れ、泡やのところ、倒れかかった体を気力でとどめる。
だが、制約から受けた代償はとても大きく、全身はボロ雑巾のようにズタズタで、このまま直立体制を維持できるほどではなかった。
ガクリと、膝が折れ曲がる………
俺の体はこのまま地面に吸い込まれるように倒れかかるのだった。
そんな時だ。
何やら浮遊感が起こる。
俺の体は地面に立ったままだった。
???
不思議に思い、浮遊感のする右肩の方に目を向けてみる。
するとそこには俺の肩を持つ暦の姿があった。倒れかかった俺の体を彼女は支えてくれるのだった。
「薬を飲んで…」
相変わらず感情の篭っていない冷めた言葉でおれにそう呟く暦。
しかしそれにしても、心の中では自業自得だとか、思っているのだろう。
口には出さずとも、彼女の鋭さのある目をみれば自ずとそれは分かる。
目を前に向けるとそこには彼女の手があり、その上には二つの錠剤があった。
この錠剤は『時の制約』の代償を一時的に抑える効力がある薬だ。
これを飲むことにより、人は使用制限のある『時の制約』のリミッターを大きく広げることが出来る。
つまりはこの薬を飲めば、一時的とは言え、戦闘不能を回避できるということ……
俺はそれを震えながら手にとり、口へそのまま押しこんだ。
ごくり。
二つの錠剤は俺の喉を通り、胃に落ちるを感じる。
「…こんなところで、俺は膝を屈したりはしないし、倒れたりはしない……」
俺は息が落ち着くや、そう呟いた。
それから「ふん」と鼻を鳴らしながら親切にも貸してくれた彼女の肩を強く振りほどき、後ろを振り向いた。
「力を借すまでもない……その前に、肩を貸してくれと言った覚えはない。」
「…………」
前に視線を戻すと、彼女の後ろ姿がある。
彼女がどんな思いで歩いているのか。それは分からないが、なぜだろう。
罪悪感に心をもがれそうになる。
彼女の背中を見ると、心が冷める気持ちになった。
俺は別に悪いと思ったことはしていない。
しかし俺は心の内にそんな痛みが生じる。
言葉にならないほどの苦しみが心を襲った。
と、そんな時である。
突然、暴風が俺の横に起こった。
目を凝らしてその先を見てみると、そこには男が大きな鳥の背中に乗っている姿がある。
その後、耳触りのある声が俺の鼓膜を震わした。
「相変わらずで何よりです、雫。」
男は鳥の背中から降りるや、こちらに向かって足を進ませる。緑の目に、緑の髪……俺はそれを見て、そこでやっとそれが誰だか分かった。
「お前か、青嵐。」
「へぇー、君の脳には小さなキャパシティーしかないと思っていたのですが、まさかその中に私の名前が健在だとは…」
青嵐は意外そうに目を丸くしながら、スーツケースを二つ両手に持ち、俺の前に立つ。
「これを……」
青嵐はそう言いながら、俺の目の前に銀色のスーツケースを差し出した。
俺はそれを見るや、少しの間、言葉を失う。
「………もう出来上がったのか……」
俺は青嵐を見る。
青嵐は首を縦に振った。
俺はそれを確認するや、大事そうにそのスーツケースを手に取った。
「早いところ、こんな取るに足りない闘いを終わらせましょう」
それを聞くや俺は微かに笑みを零す。
その答えは俺に聞くまでもなかった。
なぜなら、体がウズウズしてたまらないからだ。
俺は無言でただ指をならす。
目を暦の方向に向けると、目が彼女と合うや、彼女は小さくうなづくのだった。
「お前と共戦の形がどうにもしっくりこないがな。」
「こちらも同じです。なんであなたを背にして戦わねばならないのか……」
すると、そんなところへうじゃるほどくる蜘蛛の大群が迫りきた。
その数は前のとは比べものにならないほど多い。
だが、そんな光景を見ても慄くことはなかった。
むしろ、抑えようにも笑みがたくさん零れてしまうほど嬉しかった。
たくさんこれらを新たな武器で駆逐できると考えると、体がウズウズして堪らなかった。
「ヘマをしないよう、努力して下さい。あなたは私にとってゴミ当然なのですから」
「ふん………俺の足を引っ張るなよ。」
俺たちはその蜘蛛が押し寄せる中へと足を進ませた。
「来い」
俺はスーツケースの取手にあるボタンを押した。
するとそこから、黒と白の刀が姿を現す。