スパイラル スパイダー
不備、誤字、誤植(衍字)がありましたら、お教え下さると有難いです。
紅葉達は哲と千種を探すべく、来た道を再度辿る。
この空間内で色と音があるのは、この場で動くものだけだった。だからというもの、人探しは『となり○トトロ』のように特に難しいといったものではない。大人の目には見えない猫バスもこの空間内にはないから、何かモンスターに乗って遠くへ行ったという線は考えなくて済む。
要するに人を探しに関しては、音を感じ、色を見れば良いということだ。この静寂な空間では音は良く響き、色も周りの白黒の景色から、容易にできる。
だが、それは…………敵方からしても同じことだった。
*
「う……そ………でしよ………」
紅葉は自分の目の前に映る光景を疑った。彼女の後ろにいる琴音や誠も同じく、目を大きく開けてその光景を見る。
辺りに響く不快音。
紅葉達の眼前にあったのは、哲を喰らう蜘蛛の光景だった。
喰らいはじめて時間がだいぶ経ったのだろう。
既に哲の下半身は口の中に入ってしまっている。
逆さまになって捕食される哲の姿は、とても残酷なものだった。
辺りには彼から出た真っ赤に染まった水溜りや争っていた痕跡が多々見られる。
多数の蜘蛛死骸、負傷し足を懸命に引きずったであろう擦れた形跡もあった。
誠は思わず、その場で喉の奥からくるものを嗚咽する。
「あぁぁぁぁああ!!」
具合が悪い中誠はふと顔を上げると、紅葉が哲を喰らう蜘蛛の元へと声をあげながら走り出していた。自分の武器である赤い斧にめいいっぱい力を込め、目には数多の雫が溢れ出ている。
「紅葉ダメぇぇえ!!」
紅葉の背中から掛かる声。琴音は顔面蒼白で必死に叫んだ。
止めなければならない。彼女に危機が迫っていたのだ。だが、気が動転している紅葉の耳には、その声は届かなかった。
哲を喰らう蜘蛛の少し離れたところには大勢の蜘蛛の群集が地面を這っており、叫びながら突撃する紅葉の存在に気づくや、各々目を赤く光らせその姿を見入る。
紅葉は、それが眼中になかった。
この蜘蛛はただの蜘蛛では、ない。
『スパイラル・スパイダー』と言われる時空間に生息するモンスターで、足についた毛で自由自在に塀を登ることができ、跳躍力も高い。また俊足。
これまではごく普通のことだ。
だが、それだけではないのがこの蜘蛛の恐れられる所以だった。
奴らには集団で行動する習性があるのだ。
『スパイラル・スパイダー』と言われる所以はここにあり、つまるところ連携プレーをするのである。
だからこそ、紅葉達は前から特に注意するよう言われていた。一体ならまだしも、多数の群れが押し寄せればどうなるか。精鋭部隊であっても四苦八苦させられるが、まして子供である紅葉達なら尚更のことだった。
【もし、『スパイラル・スパイダー』が3匹以上いるなら、そこを放棄し撤退しろ。】
彼女達は常にそう教えられていた。
だが、我を失った紅葉にはそれを考えれるだけの思考力はなかった。
「はああああああ!!」
紅葉はあらん限りの力を持って自身の持つ斧を上から下へと振り下げる。斧は見事に蜘蛛の体に直撃。それに伴い押しつぶす圧力が全体にのしかかる。そして頭部もろとも粉砕した。
蜘蛛は緑の飛沫をあげながらその身を破裂させ、足はヒクヒクと小刻みに震わす。打撃の威力により倒れる蜘蛛を中心としてた地面はひび割れが発生する。
呆気なくも、一体蜘蛛は倒されるのだった。
彼女は雨のように降る液体を全身に浴びながら、蜘蛛の潰れた感触を手を見て確かめる。確かにあの時の感覚が手にまだ残っていた。
「哲……ごめんなさい。私がもっと……もっとしっかりしていたら……こんなことには……………」
少し心が晴れた気がした。しかし完全にと言えなかった。こんな事をしても亡くなった命は返ってくるはずもなく、また拭っても拭い切れないものがそれにはある。
紅葉は灰色の空を眺めながら、光るものを目から零す。そしてもし早く気付いていたならば、と………拳を強く握り締めた。
哲は自分のせいで死んだ。紅葉の心にはそれが茨の棘のように刺さる。
ただ早く仲間の確認をしていれさえば、二人の消失には気がついていたはずだ。だが、それを自分は怠ってしまう。怠っていなければこんな悲劇には合わずに済んだ。何がともあれ自分の不甲斐ない周囲の配慮のなさが結果として、彼らを死なせたのだ。
紅葉は自分を責め続けた。
「危ない、紅葉ぃぃぃい!!」
そんな中、誠は懸命に声を上げる。
紅葉はハッと我に戻るや、声のした方向とは逆の方に首を振り向かせた。
すると目の前には、口を大きく開けて飛び掛かってくる2、3匹の蜘蛛がいるのだった。物凄いスピードで紅葉を目掛け一直線で襲いかかる。
当然回避行動に移らなければならない場面だが、紅葉は金縛りにあったように硬直し動けないのだった。一瞬の出来事に考える思考力を失われ、頭の中は白紙のように真っ白。ただ目を大きく開けて、それらを見ることしかできなかった。
「紅葉は生きて………」
不思議な力が腕にかかる。そのまま体勢を崩し、体は宙に浮かびながら横にスライドした。すぐさまその不思議な力の働く方向に目を向ける。
するとそこには……………琴音がいた。
彼女は紅葉を身を呈して庇ったのだった。
琴音は唖然とする頼りない紅葉の顔を見ながら…
「紅葉は生きて………」
それは声にはなっていなかったが、口元ではそう動いているのだった。
紅葉はただその光景を驚きながら見る。あわあわ口元をうごかし放心状態にあった紅葉ではあったがただ嘘でしょと言わんばかりに彼女を見た。
すると紅葉の胸の内に何かしらぐっと来るものが込み上げて来た。また熱い痛みも伴う。
琴音は一人、此方を向いて微笑んでいたのだった。
「琴音ぇぇぇぇえ!!」
紅葉の口から反射的に出る言葉。
蜘蛛は琴音に喰らいつく、どんどん喰らいついた。
血のしぶきは噴水のように辺りに噴出し、悲鳴は黒板を引っ掻いたように辺りに響く。
紅葉は想像だにしていなかった光景を目の当たりにした。まさか目の前で、そして呆気なく命の散りゆく姿を見ることになろうとは。まさかそれが紅葉の親友だったなんて……。
紅葉は今起こっているこの出来事が現実なのかと、疑った。
あっと言う間に琴音は全身を蜘蛛の黒で覆い尽くされ、紅葉の前からその姿を消す。体勢を崩しながらも地面に着地した紅葉は斧を片手に、すぐさま琴音を助けに行こうとした。
「なんで、なんで………」
紅葉は首を振りながら、黒い物体が密集している血の湖の元へ走る。腕を上に振り上げ、蜘蛛の横腹に目掛け斧を振り下ろした。斧は腹部をとらえ、緑の液体は宙に散る。ベトベト、ベトベトと鈍い音を立てながら……
しかし、振っても振っても彼女の姿を見ることが叶わない。ガラララっと斧を地面に引きずり、紅葉は離れたところで腰を降ろす。疲労は限界へと達していたのだった。
迫り来る不気味な足音はまだ背後から忍び寄ってくる。彼女には休むことを許されなかった。重くなった腰を再度奮え立たせ、斧を杖代わりにその場に立つ。
早くしないと。早くしなきゃ、琴音が……
体は左右にユラユラと揺れながらも、背後から襲ってくる蜘蛛を一撃で薙ぎ払い、それを何度も繰り返した。
霧がない。そう思った彼女は救いの手を貰うべく、色のない瞳で誠を見た。
その先には、弓を捨て刃物を手に群がる蜘蛛と対峙する彼の姿がある。それを見て、紅葉はまた絶望をした。
彼の弓の技量はとても良かった。だがそれに引き換え、近接戦に関しては平凡よりなお悪い成績だった。
紅葉は今起こっているこの出来事を疑う。
自分の得意である筈の弓が使えない状況にある誠が、ナイフを片手に形成を逆転させることなど出来るはずがないのである。
「誠、あなただけでも逃げて………」
紅葉は必死の思いで、彼に向かって叫ぶ。
__だが、その声はすでに遅過ぎた。
誠は壁にへばりついていた蜘蛛に襲われ、黒い毛むくじゃらの足が胸に貫通。顔は涙と血に濡れ、まるでそれは自分を悔やんでいるようにも見える。
口元では「ちくしょう」と音にならない叫びを口ずさんでいた。
「誠……誠………あんたまで……」
体中を流れる血液が今にも沸騰してしまうくらい、怒りが込み上げる。だがそれとは裏腹に手はブルブルと震え、ろくに武器を持てない。相矛盾した感覚に紅葉は陥っていた。
「うぐっ………くはっ!!」
横から蜘蛛の足が彼女を襲った。横腹にそれはちょうど直撃する。
その反動で、彼女は反対方向へとボロ雑巾のように転げ飛んだ。
壁に激突するや、口から沢山の血が飛び散る。
「ぶはっ!」
背を壁に持たれかけたまま下を向くと、赤く染まる自分の手がそこにあった。目が霞んでいるせいで、そう見えているだけなのか。少女は目に色を無くした状態でそれを見つめる。
寒かった。息は白くなり、全身の震えは止まらない。服を鮮血で赤く染めゆく小さな少女は、震える瞼を懸命に動かしながら、辺りを見渡す。
「ああ、これが絶望なんだ。」
立ち上がろうにも意識が朦朧としており、全身に力が入らない。一度に三人を失った紅葉は、言葉を尽くす事の出来ない自責の念に駆られる。
あの時、どうしてこの最悪なケースを予想し、避けなかったのか……と、
地べたにぺしゃんと足を折り。その場に座り込んだ紅葉。地面には、自分の血で赤く染まる光景があった。
耳を澄ませば、周囲には我よ先にと迫り来る蜘蛛の大群の足音が聞こえてくる。その時の彼女は、もう目は思うように開かなかった。
一粒、二つ粒と、透明な雫が地面に落とす。
泣いてもこの状況が覆る筈がないのは百も承知だ。だが今の彼女に大量の涙を目に浮かべ事しか出来なかった。
紅葉はこの今置かれた自分の状況を罰だと、胸にその光景を刻んだ。きっと今までやって来た悪行が重なっての運のツケだと….
静かにやわな吐息を立てながら、黒い空を見上げて微かに笑みを零す。こんな時に黒い空だったのか、ちょっと残念。でもこれはこれで、私には相応しい最後………
息を深く吐き、最後の一瞬を堪能した。
「お前の覚悟はそんなもんなのかよ。」
そんな時だった。一人の男性の声が紅葉の鼓膜を揺さぶるのだった。
やばい、やばい、文が成り立ってない。乙、orz