失意する心
TL (ティーエル)ーー 時空間に存在する、モンスター全般を指す用語。
「どうした、これでも誇り高き戦士か!!これではTL相手にかなうまいぞ!!」
屈強とした体つきの大男はそう言いながら、大剣を片手で自由自在に振るう。
「うっ……くっ……」
少女の口元では、軋む歯音と細切れに発せられる声とが入り混じり、手には彼と同じく大剣が握られていた。しかし見るからに彼女の姿はどこか頼りもとないように感じられる。剣は左右に大きく揺さぶられ、手に持っていることですら、危ぶまれる状態だ。
大男から放たれる一つ一つの斬撃はとてつもなく重く、少女のそれと重なり合うや、鈍い金属音を高らかに弾け散らした。それに伴って少女の体も右往左往と揺らぐ。
「はあああ!!」
なおも気迫とともに剣撃は続いた。
少女は下唇を噛みながら懸命に重い一撃一撃を防ぐ一方。
周りから見ても力の差は歴然で、また自分の背丈の二倍はあろうかという大男を相手にしているのだから、防戦一方なのには納得がいく。
大人と子供。
やはりその間にはどうしても見えない壁というものが存在する。
少女は幾度となく迫り来る斬撃の応酬に足を体制を崩し、足をふらつかせた。
「てやああああ!!」
男はそれに乗じて、気迫と共に渾身の左上斬りを彼女に向け放った。その向かう先は、もちろん彼女の大剣だ。
剣と剣が激しく交差した直後、轟くような大きな音と風とが周囲に起こった。
キャィィィン。
剣撃の重さは彼女の握力では到底防ぐこともままらならない。
無残にも少女の手から勢いよく大剣は離れた。
大きく空中で弧を描きながら、後ろにある草の茂みの中へと飛ばされていく。どこに落ちたのかはここらでは分からなかった。
男は残像を残したあと、ぶんっと一振りして見せたあと、ゆっくりと背中にそれをしまった。
少女は何も言わず、緊張が一気に解き放たれたかのように、膝を折りそのまま地面に腰をつかせる。そして意気消沈した視線を、どこか遠くの空へと向けた。
風がゆるりと、彼女の髪を靡かせる。
「どうした、紅葉。」
大男は悲しそうな視線を送りながら、彼女に質問した。
しかし、彼女からの返答はない。
「お前の斬撃からは、以前の気迫がなかった。まるで何もないただの草木を斬っているような感じだった…」
紅葉は依然として、何も喋ろうとはしなかった。ただ意識をどこか遠くにでも向かわせているような、そんな感じだった。
男はそんな彼女の現状に思い当たらない節がないことはなかった。
多分、ごく最近に起こったあの出来事が関係しているに違いない。それ以来、以前あった笑みも彼女の顔から消えている。
ならば何かを言って、彼女の心にまたあの時のような心意気を芽生えさせなくては…。
そうしなければ、このままここに立ち尽くしたままだ、彼はそう思った。
だが声をかけようにも、肝心の言葉が見つからない。彼女の心をなお傷つける言葉を言ってしまったならば、もう彼女は絶望の沼から地上へと戻ってくることはないだろう。
それゆえ、大男は拳を握りしめたまま黙りこくってしまった。
辺りは始めて長い沈黙に包まれた。
「私の剣は………折れてしまった。」
しばらくして、少女は唇から言葉を零した。
それが自分の出した答えなのか、それともただ独り言で言ったのか、それは分からない。だが、確かに彼女は口を開いたことだけは、男に分かった。
何か言いたい衝動が心の中から起こってくるのを彼は感じた。だが、それは喉元から上へと上がってはこない。男はまたしても沈黙するだけしか出来ない状況に陥った。
「私はあの時、思ったんです。自分は他人の命を助けられないばかりか、自分の命さえ助けられないのだと……。やはり、私じゃ駄目なんです。………私じゃ返って、ここの足手まといにしか………ならないんです。鼻から分かっていたこと………私じゃ力不足なんだって…私じゃ何も……何も…」
少女はそういったながら、地面に顔を俯ける。そしてポツリポツリとごく小さな音を立てながら、地面を光るもので濡らしていった。
男は絶えず、心の中で彼女の発言を否定した。
子供とはいえ、つい先日まで、小隊長の指揮を執っていた立派な戦士の一人だ。果敢にもTL相手に戦果を挙げたことさえある。どうして、そんな彼女を足手まといなどと思おうか。
また彼女は助けられないと言っていたが、それは違う。ここにいる者は皆、小さいながらも子供ながらも懸命に剣を振るいあらがう彼女に、勇気をもらっていたのだ。
大男もその一人だった。
毎回死者の出る戦場に出される時、何度、彼女の剣を必死に振るう姿に助けられたことだろう。
今ここに立っていられるのは、彼女のおかげだと言っても過言ではない。
今でも覚えている。彼女が言っていた言葉を。
《私は剣を振るうのは、強くなるためだけじゃない。逆境の中であっても、剣を振るい続けるためにも今ここで剣を振るっているの。たとえ私一人だったとしても、たとえ片腕がなくなった絶望的な状況があったとしても、私は諦めないし、私は最後まで命ある限り、それ生を尽くす。だって生きる事を勝ち取るからこそ意味があるのだから。》
男は彼女のすぐ前にまで足を進めた。しかし依然。彼女は顔を上げることはない。
大きく息を吸い込み、深呼吸をした。そして緩やかな声で…
「今、君は生きているじゃないか。君は戦うことができるじゃないか。たとえ剣が折れていても、肝心の命の灯火が燃え続けている限り、君はまだ戦える。」




