手寺 紅葉
「あっ、あっあああなたは!!」
小さな少女はこちらを向きながら、言葉を詰まらせた。両手を口元であわあわとさせる様子はある意味、可愛らしいものだが、何をそんなに慌てる必要があるだろうか。俺は不思議に思いながら、彼女を見つめた。
見ているとなんだか見覚えがある気がした。詳細には思い出せないが、どこかであったような気だけはする。一体どこで………。俺は頭の片隅でそんなことを考えた。
飲みかけのボトルを口から外し、中身を揺すりながらそんな彼女に、とりあえず要件を聞く。
「なんだ。なにか俺に用でも。」
「なんで、あなたがこんなところに……」
返答して言ったというよりも、それはただ自身が抱く心の中の感情を彼女は口に出した感じだった。
その態度からして、彼女は俺のことを知っているようだ。俺は、彼女の全身を上から下へと目を流す。
髪の色と同じく赤い服に、膝したまであるスカート。
おまけに靴までも赤色に染め上げられていた。
しかしこれを見ても、俺には彼女が何者でありどこであったかということを思い出せない。頭の中にはふわふわと漂うものを感じることができるのではあるが、肝心の中身を見出せないのだ。
俺は迷走の無限のループに頭を悩ませながらも、言葉を進行させる。
「……俺がここに呼ばれた使者だって、言ってなかったか。」
「えっええええ!!言ってません!!紅葉、一言もそんなこと聞いてないです!!」
紅葉は髪から生えた触手をピシッと立てながら、大げさに手まで振る。赤色の髪はまるで彼女の心の中を体現しているかのようだ。まさに彼女の心の中は飽和状態だと言わんばかりに混乱しているようで、行動もまとまっていない有様だった。
慌ただしく揺れる赤白いスカートが目につく。
「そうか………でも、いま分かったんだから、いいだろ。」
「……よ、よよくないです!!」
紅葉は短い腕を騒がしく動かし、むくっと頬を大きくする。はて?俺、雫という存在の所在が日本支部にあったことがそんなにも大事なことなのか。俺はふと、疑問に思い首を傾げた。
「俺がここに関係があろうがなかろうが、そんなことは関係ないだろ、だいいち。」
そう言いつつ捻らせた首を元に戻す。
黙り込む少女。なんど問おうが、それは同じことだった。
沈黙がこの場を覆う。
ここにいても意味がないただの時間の浪費だと判断した俺は、足を自分の部屋の方向へと進ませることにした。
その際、ボトルを見てみると、中にはまだ半分残っている。俺は喉の渇きを再度癒そうと口にそれを持っていった
。
「ちょ、ちょ、ちょっと。待って………待って下さい……し……しずくさん……」
紅葉は何だかぎこちない動きをしながら、俺の足をとめる。俺は横目で声のする方向を見た。
心細く差し出される彼女のその手はいったいどういう意味があるのだろうか。しかしその手はすぐに体の横に戻った。淡く握られる様子から察するに、何か行動を起こそうと思っていたに違いない。
一口飲み干したあと喉を鳴らし、そして後ろを振り返り、言った。
「何だ、まだ俺に何か用があるのか?」
俺は彼女を呆れながら、見た。
するとなんだろう。口が小さく動いているのだが、肝心の言葉が聞こえてこない。頬がやや赤くなっているのが気になるが、それが何を意味しているか分からなかった。
「はぁ?何か言ったか。」
「いえ……何もありません。……あ、ああの綺麗な女性の方がこちらにいましたら、ありがとうございましたとお伝え下さい。」
紅葉は下を向き顔の表情を隠したまま、そう言った。
その時俺は彼女が何者であったかを悟った。そう、彼女はここへ来る途中に蜘蛛に襲われていたのを助けた時にあった少女だ。
「では………」
俺が彼女のことを思い出し声をかけようとした時にはすでに後ろを向きあらぬスピードでこの場を去っていったあとだった。
「……一体、なんだったんだ?………」
俺はそんな彼女の言動に口を開けたまま、途方に暮れる。
「……おや…」
ふと下に視線を落とした時だった。赤いタブレット端末落ちてある。
すかさず手にとり、裏面を見る。
『手寺 紅葉』とそこには書かれてあった。なるほど、
つまり、これは彼女のお忘れ物ということか。
「めんどくさいな。」
俺は彼女が走って行った方向を見る。もちろん彼女の姿は既にそこにはなかった。
この端末は端的に言えば、手帳。ここで生活を送る上で、これは特に大きな意味を成す。スケジュールのことはもちろんのこと、通話、身分証明、パスポートなどの機能も持ち合わせる便利グッズだった。
しかし裏を返せば、これがなくなるといのは大問題である。失うことはすなわち、自分の手足を失うのと同じことだ。ろくに外にすら出ることができない。
俺は生温かいポケットに手を入れ、とりあえず受付嬢の元へと足を運ぶことにした。
*
エントランスに俺は着いた。あたりは来た時よりも大勢の人で賑わっており、話は全て時空間の話で持ちきりだった。
服装は様々で統率はされていないようだ。青い服装をしているものもいれば、体一色白いものもいる。これじゃあ絡まる心配もなく、スルスルと中を分け入っていけそうだ。
そう考え俺は見に纏う黒い羽織で顔を隠しながら騒々しい群れを避けつつ、目的である受付嬢へと足を進ませる。
そう言えば最後にこうした場所に足を踏み入れたのはいつだっただろうか。ふと、そう思った。確か、あれはアエストラ中央支部の頃だったか。あの時の俺は一日中、戦いに明け暮れたものだ。今となっては懐かしい思い出に過ぎないが、あの時の苦しみは今でも鮮明に覚えている。あれは___
考えに耽っていた俺だったが、突如肩を叩かれた。叩かれた理由が分からないが、今確かに俺に用がある奴がいるのは間違い。
色々と思考を巡らせながら、俺は後ろを振り返った。




