45.死者蘇生魔術
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「まず『死者蘇生魔術』とは死者を生き返らせることを旨とした魔術のことじゃ」
そう前置きしてラティニオスが口を開く。
「〈巫女〉さま、魔術の発動には何が必要かの?」
ラティニオスの問いに、向日葵は淀みなく答える。
「まず、魔術理論と体系の習得です。それに乗っとり、古から伝わる、魔法・世界・神秘を司る根源魔術言語。それから魔術師各々が創造する自己創造魔術言語――通称、自創魔術言語を駆使して世界に願いかけることにより魔術は発動します」
向日葵の言葉にラティニオスが深く頷く。
「その通りじゃ。魔術師はそれらの言語を組み合わせ、実際に描いて具現化する綴字式か、詠唱と言う形で具現化する口唱式のいずれかを用いることで、魔術を発現する」
ラティニオスが続ける。
「魔術とは魔術理論もさることながら、どれだけ魔術言語を知っているか、あるいは創造できるかによって幅が全然違ってくるのじゃ」
ラティニオスの言葉に向日葵は深く頷いた。
現に、先ほどの向日葵の鎖の魔術や、つららの魔術は、向日葵が自己創造魔術言語(自創魔術言語)を、綴字式で空間に綴ったために発現した魔術なのだ。
綴字式の一番簡単な例は、ラティニオスが最初大地にみせた方法だ。
空間を始めとした対象に、魔力を乗せた文字を記す。それが魔術理論――綴り、魔力量、形など――に則り正しいものだったら、その魔術は発動される。
対して口唱式は、魔術師が詠唱・呪文という形で紡ぐことにより発現する魔術だ。
魔術師は大抵、どちらかの方法を得意とする。当然どちらにもメリットデメリットがあり、また根源魔術言語を使用するか自創魔術文字を使用するかによってもメリットデメリットが変動してしまう。
要は、所詮魔術とは道具であり、ツールなのだ。それを使用する魔術師が臨機応変にそして的確に使用することで効果を発揮する。
魔術師同士の戦いはそれが特に顕著に表れる。魔力量が膨大であれば力押しも可能であるし、技巧を駆使して闘うこともできる。それぞれのメリットデメリットを把握した上に、瞬間的にそれを道のように組み合わせて使うかどうかが魔術師としての腕であり格なのだ。
決して魔力量が膨大、あるいは扱える魔術言語が豊富であることが魔術師としての力量を示すパラメーターではない。
そして、二重魔術・三重魔術と魔術を重ね掛けすればするほど、綴字式と口唱式を組み合わせていく必要が出てくるのだ。口唱式である魔術を唱えながら、綴字式の主である手を用いてまったく別の魔術術式を構築をしなくてはならないからだ。
「して、〈巫女〉さま」
ラティニオスが再び口を開く。
「根源魔術言語に〈蘇生〉の文字はあるかのう」
「ありません」
ラティニオスの問いに、向日葵はきっぱりと首を横に振る。
そもそも根源魔術言語とは、世界の理から生まれた魔術言語である。故に、理に反した『死んだものが生き返る』という文字は存在してない。
「そうじゃ。故に、『死者蘇生魔術』で用いられるのは自己創造魔術言語じゃ」
「しかしながら、魔術理論からしても〈死者〉を〈蘇らせる〉というロジックは組めないのでは?」
自己創造魔術言語は、原則的に魔術師個人が自由に生みだすことができる言語だ。
しかしながら、自由とはいえ勝手気ままに生みだすことはできない。
そこにはやはり世の理のルールに沿った上に、原則やらロジックが存在しており、簡単にポンポンいくらでも生みだせるものではない。
向日葵の疑問に深くラティニオスが頷く。
「そうじゃ。しかし、理論とはそもそも発見し、新たに構築が可能なものでもある。また、その発見によりそれまで正しいと思われていた理論が覆ることもあるんじゃ。そのような例は、これまでたくさんあった」
「それは理解できます。では、何故『死者蘇生魔術』は禁術なのですか? 『死者を蘇らせるのは倫理的に不適格』という理由ではありませんよね?」
「無論じゃ」
向日葵の言葉に、ラティニオスが肯定の意を示す。
「禁術が何ゆえ禁術なのか。簡単に言えば負の遺産を生みだし、取り返しのつかないことになってしまう恐れがあるからじゃ」
ラティニオスが続ける。
「そもそも魔術とは【魔法を人為的に行使できる尺度まで体系化した技術】じゃ。つまり、魔法から外れた、つまり世の理から外れた魔術を生みだすということは、それだけ世界に対する冒涜であり無理を強いるということじゃ。つまり――世界に何らかの反動を生じさせるのじゃ」
「反動とは、例えばどのようなことが起こるのでしょう?」
「その時その時で、あるいは様々な要因が合わさり生ずる影響は様々じゃが、中には傾向が見える反動もある。例えば『極小衝突魔術』を使用した際、使用者を中心に半径数百キロが焦土と化し、さらに数千キロの土地が作物も育たぬ死の土地へと変貌してしまうのじゃ。かつてこの魔術を発動させた魔術師により、周辺の小国が一つ跡形もなく消滅し、周辺の五つの国が甚大なる被害をこうむることがあるのじゃ」
向日葵はラティニオスの言葉に思わず冷や汗をかいてしまう。その言葉が本当であった場合、被害甚大どころの話ではない。もしも仮に、『極小衝突魔術』をあらゆる国が所持し、また戦争に使ったらどうなるだろう?
地球の核戦争のように、世界そのものが焦土と化し、死の星になると言っていることと同義ではないか?
まさしく禁術に相応しい反動だと言える。
「で、では、『死者蘇生魔術』の反動は、一体なんなのでしょう?」
その向日葵の問いに、ラティニオスはこれまでと比べ物にならないほど重い口調で話し始めた。
「……不明じゃ」
「え?」
「だから、現在のところ不明なのじゃ。成功した例が、今のところないからの」
その発言を聞いて、向日葵の背筋は凍り付いてしまう。
不明。未知。
二文字であらわせてしまうこの言葉には、しかし遥かにそれを凌駕する危険性が潜んでいた。
かつて『極小衝突魔術』を発動してしまったが故に、国ひとつが消滅し、五つの国が甚大なる被害を被ったと言う。
それだけ危険とされる禁術の反動が、不明。それは恐怖を通りこうして絶望だった。
「『死者蘇生魔術』に乗り出す者は、おおよそが愛する者を失った魔術師じゃ」
言葉をなくした向日葵に向かってラティニオスが再び口を開いた。
「愛する者を生き返らせるためならば、『実験』のために何人でも殺す殺戮者になる。その上、実験の成功とはつまり世の理に反したということの証左。これまでこの世界が誕生してから決して覆ることのなかった絶対不変の真理を壊すのじゃ。その反動は想像するだに恐ろしかろう」




