44.太陽奪還政戦開幕
ラティニオスの言葉を受け、最初に向日葵が取った行動は太陽の治療だった。
「ムチャしすぎだよ……」
「はっ、これぐれえ屁でもねえよ」
「まったくもう……」
腹部に深々と刺さった剣を抜く。その瞬間、向日葵が魔力で出血を防ぎ、治癒魔術で傷ついた臓器と筋肉、細胞を繋ぎ合わせていく。
向日葵に抱きかかえられるように横たわる太陽は、未だに大量の脂汗と冷や汗をかきながら、それでも精一杯強がっていた。
「なあ、ヒマ」
怪我の治癒をされながら、か細い声で大地が向日葵に尋ねる。
「俺は、力になれたか……?」
自ら腹に刃を入れ、向日葵とラティニオスが話し終えるまで苦痛を漏らすことなく、血を流し続けたのだ。流石の大地と言えど心身ともに猛烈に消耗していた。
だから、向日葵は聖母のような笑みを浮かべ、汗がべっとりとついた太陽の前髪を、慈しむように整える。
「もちろんだよ。だから、あとは任せて」
「………………おう」
力ない声で呟くと、大地はそのまま瞼を閉じた。
呼吸も安定しているし、弱いが脈もちゃんと動いている。今は痛みのショックと血を失ったことにより、身体が休息を求めているのだろう。
「……任せて」
もう一度小さく向日葵は呟く。
この時、太陽は一歩も向日葵たちに近づこうとはしていなかった。それは自分の処遇が決まっていないこと、ここで自分が大地と向日葵の元に行くことで生じる混乱を考えてのことだった。
太陽は二人の様子を固唾を飲んで見つめていた。その表情は、哀しみと喜びと苦みが混じった不思議なものだった。
そして、向日葵はこちらの様子を伺っているラティニオスを始めとした王国側を見やった。
「そろそろ次の議題に移っても良いかのう?」
「はい、お待たせいたしました」
ラティニオスの言葉に、向日葵は〈巫女〉としての思考を呼び起こし、受ける。
「雨宮太陽についての処遇ですね」
◆
「まず最初に断言しておきます」
そう前置きして、向日葵が語り始めた。
「そちらにいる雨宮太陽――わたくしの従者である〈盾〉は確かに生きており、決して魔術によって生み出された存在ではございません」
向日葵は慄然とした表情で断言する。
その断言に、ラティニオスが白い眉毛を片方吊り上げる。
「その根拠は何かな?」
「わたくしの〈巫女〉としての直感、というのはいかがでしょう?」
「それは根拠として考慮に値せぬな」
「でしょうね」
ラティニオスのにべもない返答に、向日葵も当然とばかりに頷いた。
このような場において、例え〈巫女〉の言葉であろうと根拠や論理を示さねばならない。それに、先ほど〈巫女〉サイドは王国とは別勢力であるという言質を取った。これは逆に言えば、王国として別勢力である〈巫女〉サイドの言葉に整合性がなければ、突っぱねることができるということである。
王国は無条件で〈巫女〉サイドの要求を受け入れたりはしない。
あくまで対等な立ち位置である。
故に、向日葵は王国側――アモルトス王国の宰相であるラティニオスを納得できるだけの根拠とロジックを展開しなければならない。
向日葵の言葉がラティニオスを納得させられないということは、同時に太陽の幽閉が決定してしまう。
まだ正念場は終わっていない。
清廉な表情の裏で、向日葵は再度気を引き締めた。
「その根拠を示すにあたり、わたくしの魔術師として師であるラティニオス様にお伺いしたいことがございます」
「ほう。申してみよ」
「仮に、死者を生き返らせるとして、どのような魔術が考えられますか?」
向日葵の問いに、ラティニオスが顎髭を撫でる。
「表に知られている魔術には、死者を蘇らせ、また操るという魔術は存在しておらぬ」
「表、ということは、別の可能性があるのですね?」
「左様」
ラティニオスが重々しく頷く。
「魔術には『禁術』と呼ばれる領域が存在する」
続ける。
「例を挙げるのであれば、『人造生命創造魔術』『生贄魔術』『極小衝突魔術』『降神魔術』『隷属魔術』『魂魄魔術』などがそうじゃのう。しかし、この場合に当てはまるのは当然、この魔術じゃろう。――すなわち、『死者蘇生魔術』じゃ」
「『死者蘇生魔術』……」
ラティニオスの言葉を、向日葵は静かに復唱する。
あまりファンタジー系のアニメやマンガに詳しくない向日葵でも、『死者を蘇らせる』魔術が禁忌――禁術であることは想像に難くなかった。
ならば、と向日葵が口を開く。
「では、その『死者蘇生魔術』について、情報を開示して頂いてもよろしいですか?」
「良いじゃろう。しかし、禁術故詳しいことは不明じゃ。それでも良いかのう?」
「はい」




