42.交渉第二段階
本日2度目の更新
「まず、我が従者であるところの<盾>を、わたくしに伺いを立てる前に裁決したことについてお聞かせ願いますか?」
向日葵が静かに口を開く。それに対して、やはり静かにラティニオスが返答を返した。
「それは、この者が我が国の敵である【屍姫】の間者である恐れがありましたからな。国の中枢を担うものとして、また<巫女>さまがたの安全を期する意味でも、一時的に幽閉をした方が良いと判断した間でです」
「それはそちらの一方的な道理にすぎません。彼の者には確かに<盾>たる徴である紋様がございます。それは即ち、彼の者がわたくしの従者である証明に他なりません。貴国は疑わしいと思ったら誰であろうと問答無用で幽閉なさるのですか?」
「これが他国内での出来事ならば、我が国としてそのような強制執行は致しませぬ。しかし、仮に彼の者が間者であった場合、国を守るために我が国の法に従い裁決を下すのは道理ではございませんかな?」
「それはそうかもしれませんね。しかしながら、我々三人は貴国により、強制的に、こちらの意思を無視した形で召喚された身です。そのような人道的にそぐわぬ強制措置を取られた上に、彼の者は<盾>としての本分を全うし、<巫女>であるわたくしを庇い傷つきました。そして過酷な地で一カ月間もの生活を余儀なくされた上に、ようやく保護されたと思ったら、強制的に呼び出した貴国により幽閉される、というのはいかがなものでしょうか」
「故に、そちらの従者は我が国への敵対行動を取ったと?」
「取られても仕方のない行為だったのでは?」
「……それは、我が国に対する宣戦布告と受け取ってもよろしいのかな?」
ラティニオスの言葉は重く部屋に響いた。
ぎらりと大鷲の目が光る。それは言外に、それならば容赦しないと言っていた。
その威圧を、<巫女>として立っている向日葵は静かに受け止める。
「宣戦布告するつもりはこちらにはございません。しかし、警告ではあります」
「というと、それはどういう意味かのう?」
「我々異世界から召喚された者は、貴国の出方次第ではこの場で自害する心づもりです。ひいては、この世界の危機について何ら干渉をいたしません」
淑やかに向日葵は微笑む。
「貴殿のかつての言葉を借りるのならば、『その時は、わしらは何もせぬ』、でございます」
向日葵は自分たちが持つ最大のカードを切った。
言外に宣言したのだ。
こちらに危害を加えるつもりならば、この世界を救いはしないと。絶対に力は貸さず、この場で死んでやると。
王国は現在、向日葵たちの召喚により、国の魔術師がほとんど機能的停止状態だという。その上、その隙を突かれ北の覇者【グラン連邦】と戦争寸前だ。
そのようなときに、<巫女>側を敵に回すのか? 回したとして、そう簡単に回復はできないだろう?
向日葵は静かに微笑みながら、ラティニオスの目を見据える。ラティニオスもまた、微塵も同様を表に表さず、向日葵を見据えていた。
「その言葉が力を持つのは、こちらに次の召喚を成す力がない前提がある時のみですな」
ラティニオスが口を開く。
「出なければ、<巫女>さまがたの言葉になんの重みもない」
その反論に、しかし向日葵は微笑んだままだった。
「ということは、貴国は始めから我々に嘘の情報を流していたということになりますね。わたくしがいた世界の理に従えば、そのような国を信用することはできず、また与するに値いたしません」
言って、向日葵は静かに手を払う。
すると、大地と太陽を縛っていた鎖が光る蝶へ姿を変えた。
「ならば、わたくしたちは今よりこの命を絶ちます」
向日葵の宣言が静かに部屋に響いた瞬間、強大な氷結が空間に生じた。そのつららのような鋭利な先が、向日葵自身の心臓の位置に、大地の位置に、太陽の位置に現れた。
途端にどよめく衛兵たち。
大地と太陽はもはや何も言わなかった。太陽は向日葵を見つめ、大地は目を閉じていた。




