40.波乱
本日3度目の更新
ラティニオスの採決を聞き、向日葵は一瞬頭が真っ白になった。
確かに、ラティニオスの言葉は筋が通っている。
王国が太陽のために霊薬を使うのは道理がある。
しかし、王国の敵である【屍姫】にはない。
仮に太陽が王国に召喚された者だと知らずとも、あれだけの致命傷から命を繋ぐ霊薬を、見ず知らずの存在に使うとはまず考えられない。
だからこそ、今ここにいる雨宮太陽は。【屍姫】の間者として送られてきた存在である可能性が非常に高いと言えた。
しかし、けれども。
向日葵には理解できていた。それは直感から来るものではあったが、何より向日葵の<巫女>としての力が告げているのだ。
太陽は生きている。絶対に、操られてなんかいない。
なにより、太陽の眼差しは優しいままだった。あの戦った屍鬼と違い、ぞっとするようなものもなければ嫌な感じもしなかった。
感じるのは暖か味だ。
そんな太陽が、屍鬼と同類のはずがない。確かに腹部は別の何かに変わっていたが、それでも太陽は太陽のままだ。断じて死んでなんかないし、別のモノになっているわけがない。
なんとかしなきゃ。ここでなんとかしなかきゃ。
向日葵は脳細胞が焼ききれそうになるほど考え始める。
その時。
向日葵の隣から、猛烈に飛びだした人物がいた。
◆
「うおおおおおおおおおお!」
大地が剣を手に飛び出す。ふざけんな。大地の思考が紅に染まっていく。こんなところで、太陽を幽閉なんてさせてたまるか!
大地は一瞬で、ウィルケドスと、ひいては王国と戦争する覚悟を決めた。
大地にとって、この異世界で闘う意味は向日葵と太陽を仇なす敵をほふることにある。そこに王国は関係ない。たとえかの国から援助を受けようとも、剣の指南を受けて師と仰ごうとも、大地にとってこの世界で向日葵と太陽に変わる存在はいないのだ。
二人のためならいくらでも命を賭ける。
二人のためなら国相手でも戦ってやる。
それがこの国で三強とも四強とも言われる国の一角であろうと、なにも問題はなかった。
大地の特攻に反応したのは、やはり王国最強の男にして騎士団をまとめる団長、ウィルケドス・ロス。
今日まで大地が一度も勝てなかった男だ。
だが、それがどうした。
昨日まで勝てなかったからといって、今日負けるとも限らない。
大地は神をも超越する成長力を持つ<矛>だ。この一戦で、俺はウィルケドスを殺してでも上に行く。
大地が剣を振り上げる。ウィルケドスが<絶一閃>に力を込める。
二人同時に武器を振り切る。
しかし、大地とウィルケドスの剣が交わることはなかった。
最強二人の攻撃を止めたのは――太陽の結界だった。
◆
全身を裂くようにして生まれた裂傷を無視して、太陽は二人の攻撃を止めた。
例え敵対行動を起こしてしまったとはいえ、本当に殺し合いに発展するよりかはマシだ。ここで剣を交えてしまえば、もう取り返しはつかない可能性の方が遥かに高い。
「ダメだ! 絶対にダメなんだ大地ッ!」
「何故だッ! 何故止めるんだ、太陽ッ!?」
結界を斬り裂かんばかりに力を込める大地。裂傷が増える。それでも太陽はあらん限りの力を振り絞り、結界を強める。
「戦っちゃいけないんだ! 絶対に、僕らがこの世界で生きていくにはアモルトス王国の協力がなくてはいけないんだ!」
「うるせえ! その王国が今、お前を嬲り殺そうとしているんだぞ! 黙ってられっかぁッ!」
「しっっっかりしろよボケがァァァァ!」
太陽が今まで見せたこともないほどの怒声を浴びせる。
今まで見たこともない剣幕に、大地は思わず一歩後ろに下がる。
「今ここでアモルトス王国と敵対するってことは、死ぬその瞬間まで永遠追われ続けるってことなんだぞ! 仮にここを凌げたとして、大地は向日葵さんにそんな生活を強いるのかッ! 大国に追われ続ける、逃げ場のない、何処とも知れない異世界でッッ!」
太陽が血を吐くように叫ぶ。
「僕のことはこの際どうでもいい! 僕がここで死んだとしても、それで向日葵さんを、大地を護れるのならば我慢できるッ! じゃなきゃ、死んでも死にきれない!」
それに大地が吼える。
「ふざけたこと抜かすな! てめえがヒマを庇ってどてっぱらに風穴開けて、奈落の底に落ちたのを見た俺らが、今日まで一体どういう気持ちでいたと思う! ここでお前を見殺しにするくらいなら、俺はッ!」
「それ以上言ったら許さないぞ! 絶対に、絶対に許さない!」
大地の発言を遮るように、太陽が髪を振り乱して叫ぶ。
「大地は向日葵さんを護ってやれ! 僕のことなんか気にするなよ!」
「うるせえ! 親友を護れねえで、一体だれを護れるって言うんだよ!」
「いいんだよ! 僕はもう死んでるかもしれない、作られた存在かもしれないんだから! そんな不確定な僕を助けるために、ここで二人の命を危険に晒すわけにはいかないんだよ!」
「てめえは死んでなんかいねえよ、太陽ッ! 言葉になんか惑わされてるんじゃねえ!」
「理屈は通っているんだよ! それを理解できないなんて、この脳筋バカ野郎!」
「黙れッ! この自己犠牲野郎がッ!」
再び、大地が剣を手に踊りかかろうとする。
そんな大地を阻止すべく、太陽が【加護】の力を発現させる。
次の瞬間。
「いい加減にしてッ!」
向日葵が魔術を発現させ、生み出した鎖で二人をがんじがらめに拘束した。




