38.交渉
「僕が半分屍鬼であること、屍姫の眷属であり下僕であること、それは事実であり否定するつもりはありません。それ故に王国側が僕を伺う事については当然だと思います」
強いまなざしで、太陽はなんとか大鷲の目を見る。
「しかし、僕は同時に、屍姫の眷属である屍鬼に腹に風穴を開けられ、ほぼ殺されたことも事実であり、また屍姫の気まぐれによりこうして生きていることも事実です」
「つまり、タイヨウ殿は何がいいたいのかのう?」
そして今まで沈黙を持って接していたラティニオスが、ついに口を開いた。
一言。その経った一言だけで、太陽は主導権を奪われたかのような錯覚に陥る。
「タイヨウ殿が半分屍鬼であり、屍姫の眷属であることを事実としよう。また、屍姫によって殺され生き返させられたことも事実としよう。それでお主は、自身の疑いが晴れるとも? 自分は屍姫を憎んでいるから、眷属じゃが屍姫の敵だとでも言うのかのう?」
「正直に言えば、わかりません」
ラティニオスの言葉に、太陽は顔を俯かせてしまう。
思い返すのは、穏やかだった一カ月間。
山菜を取ったり、薪を割ったり、カレーを食べたり……。
そんな穏やかで、優しかった時間。
そこにいた女性は、人を惨殺して屍鬼の材料にし、王国という国自体を相手にする魔女には見えなかった。
だが、そんなフェリクスは紛れもなく屍鬼の主であり、太陽を間接的に殺した人物であり、気まぐれで太陽を生き返らせた人物であり、また大地と向日葵との再開時に屍鬼を用いて攻撃してきた人物なのだ。
「ふむ。なるほど」
ラティニオスは顎の豊かな白髭を撫でる。
「では、儂らがお主を疑っている最大の理由を話すとしよう」
ラティニオスが続けて口を開く。
「まずの。この世界には魔法と言う概念が存在するが、魔法使いと呼ばれる存在はおらんのじゃ。それは、魔法とは世界そのものであるからじゃ。火があるのは、火が生まれることを世界が決めたからじゃ。時間があるのは、そして時間を遡ることができんのは、世界がそうだと決めたからじゃ。これは世界の不変のルールよ。そして、ルールを変えることができるのは、ルールを生みだしたものだけじゃ」
ラティニオスが向日葵を見やる。
「ヒマワリ嬢、『魔法』とは何かの?」
と突然名指しで、まるで教師が生徒に解答を尋ねるように話を振られた向日葵が一瞬戸惑う。
しかし、すぐに気を取り直して、
「『魔法』とは、【森羅万象を操り、精霊の加護を受け、世の理を改変できる力】です」
「そうじゃ」
向日葵の言葉を受け、ラティニオスが深く頷く。
「『世の理を改変できる力』――つまり、世の理であるルールを変更することだ出来る力。これが魔法であり、魔法とはいわば神、世界の理そのものなのじゃ。故に、この世界に『魔法使い』は存在しない」
ラティニオスが視線を太陽に戻す。
「では、話を戻そう。魔法使いが存在しないのであれば、逆説的に魔法を使用するものはこの世界にはおらぬ。ならば、『死者が生き返る』という世の理に反している、雨宮太陽というお主の存在はなんじゃと思う?」
その言葉は衝撃的だった。
太陽は思わず膝から崩れ落ちそうになる。
「考えられるのはいくつかあるが、現時点で有力な候補は二つじゃ」
ラティニオスが指を一本立てる。
「ひとつ、お主は本当はすでに死んでおって、屍姫の魔術により操られておる可能性。その場合は、自分が死んでないと思うほど巧妙に魔術がかけられており、また、疑似人格の構築に成功していることじゃ」
太陽はその言葉に震えを隠せなくなる。
実は本当は死んでる?
こうやって動いているのは、フェリクスの魔術の作用? こうやって向日葵に想いを寄せている自分は、作られた人格?
いいや、絶対に違う。魔術でここまで、その魔術師本人が知らない情報まで人格として、この世界に来るまでと変わらず再現することなんてできないはずだ。
太陽は魔術がどこまでできるのか知らないという事実を無視して、ラティニオスの言葉を即座に否定する。
「僕は本当に――」
「もうひとつが、屍姫の手によって、絶命間近のところを魔術により延命したと言う可能性じゃ」
太陽の言葉に被せるように、ラティニオスが口を開いた。
「だが、絶命間近の者を繋ぎとめる魔術は存在せぬ。可能性があるとすれば、特別な秘薬を使うことしかありえぬ」
ラティニオスが続ける。
「しかし、それでも疑問が生まれてしまうのじゃ。――何故、どうしてそれをタイヨウ殿に使ったのか? という問題じゃ。見ず知らずであり、今まで散々屍鬼の森で人を殺めてきた魔女が、何故。そうは思わんかね?」




