37.刃の行方
ウィルケドスが<絶一閃>を抜いたのと同時に動いた人影があった。
扉の近くにいた衛兵のひとりが吹き飛ばされる。
衛兵を倒した人物は、衛兵の腰から剣を奪い声を荒げた。
「なんの真似だ!?」
衛兵から剣を奪った人物――大地が声を荒げ、切っ先をウィルケドスとラティニオスに向ける。
「もし、太陽に何かしようって気なら、俺はあんたらでも容赦はしない!」
大地は殺意の籠った瞳でラティニオスとウィルケドスを睨み据える。
そんな大地を見て、部屋にいた衛兵たちが剣を鞘から抜き放ち、構えた。
緊迫した空気が、さらに触れたら血が出るほど研ぎ澄まされる。
<絶一閃>を手にしたウィルケドスが口を開く。
「弟子が師に刃を向けるとは、愚かだな」
「弟子は師を超えていくものなんだぜ?」
ウィルケドスの威圧に、大地は軽口で応戦する。
向日葵はぎゅっと目を瞑った後、開く。
「動かないでください」
そして、<魔術術式>を構築し始める。
向日葵を中心に光の粒子が舞い始め、向日葵の纏う衣類が室内でありながら脈打ち始めた。
「太陽くんを傷つける気なら、わたしも戦います」
<巫女>である向日葵の発言に、衛兵がにわかにざわめき始めた。
衛兵の立場からしたら、敵を屠る最強の<矛>が敵だというだけで眩暈がするくらいなのに、そこに世界を救う<巫女>までもが敵になってしまったとあれば全身血が消え去ってしまうような錯覚すら感じてしまうほどだった。
ラティニオスは組んだ指の先から太陽を見つめ、微動だにしていない。王国のナンバーツーは、<矛>と<巫女>が敵になりそうな現状において焦りは微塵も見せていなかった。
ぎらりと大鷲の目が光る。
渾沌と化した場にいて、その原因である太陽はようやく場の状況を理解する。
「大地、向日葵さんやめて!」
大声で制止の声を上げながら、太陽は大地と向日葵の元へ駆けだそうとした。
その動作を確認した瞬間、ウィルケドスを始め衛兵が戦闘態勢に入り、そんなウィルケドスたちを見て大地と向日葵も戦闘態勢に入る。
動くな! と脳内の命令に従い、太陽は無理矢理身体を停止させる。今僕が動いてはいけない。何か動きを見せた瞬間、この部屋は血なまぐさい本物の戦場へとなってしまう。それはまずい。
ここで大地と向日葵が人殺しになってしまう、ということももちろんまずかったが、仮にこの場から脱出できたとしても太陽たち三人は王国にとってお尋ね者となってしまう。
右も左もわからない、それこそアモルトス王国の王城と屍鬼の森しかこの異世界を知らない太陽たちにとって、ここで王国と敵対してしまうのは危険を通りこうして自殺と同義だった。
絶対に戦闘に発展させてはいけない。導火線に火をつけるのも、導火線を切って不発にするのも、そのカギを握っているのは僕だ。
緊張で息が荒くなる。それでも、太陽は無理して大きく息を吸った。
大丈夫だ、落ち着け。僕はあの修羅場をくぐりぬけたんだ。大丈夫だ。
「大地、向日葵さん、武器を降ろすんだ」
できるだけ落ち着いた声音で太陽が口を開く。
「今ここで王国を敵に回したら、それこそ僕らは死ぬしかなくなる」
「だが!」
太陽の言葉に大地が激しく反応する。
「ここで俺らが戦わなかったら、太陽、お前が殺されるかもしれないんだぞ!」
「そうとはまだ限らないよ」
震える心をなんとか奮い起こし、太陽は口を開く。
「今はまだ、誰もなにも決定を下してない。まだ何も起こってないんだ」
太陽の頭は急ピッチで回転していく。
これは交渉だ。論理と心理、それらを武器にして戦う戦闘だ。
太陽は震えを握りしめる。
「ウィルケドスさんが僕を見て剣を抜くのは、それは正当だからなんだ。何せ僕は半分とはいえ屍鬼。屍鬼にとって、いや、その主である【屍姫】は王国の敵なんだ。敵を警戒するのは、ここに王国の宰相であるラティニオスさんがいる。だから、ウィルケドスさんの行動は当然なんだ」
「だがっ、ならっ、どっちみち太陽は王国の敵だと思われたままだろ!? それならいつ殺されてもおかしくはねえだろ!」
「そうだね。でもそうだとしたら、僕ひとりを呼んで尋問するはずじゃないかな。ここに大地と向日葵さんも一緒に呼んだ、ということは少なくとも僕を今すぐ殺すつもりはないという意志表示そのものなんだよ。だって、本当に僕を殺すつもりで行動を起こせば、少なくとも大地は僕を護ってくれるでしょ?」
「当たり前だッ! だから今こうしてお前を――」
「だから、それこそが今僕を殺すつもりじゃないという王国側の意志表示の証明なんだ。ここに僕だけじゃなくて、大地と向日葵さんも一緒に呼んだ、ということはね。僕が屍姫の手下じゃないかと疑っているはず、疑って然るべきなんだけど、まだ疑っている段階にすぎないんだ」
大地は未だに剣をウィルケドスに向けたまま動かない。
しかし、大地の心理に変化があることを太陽は感じ取れた。少なくとも、今すぐ斬りかかるということはなさそうだ。
太陽は向日葵と目線を合わせる。向日葵は太陽の目を見つめ返した。
そこには怯えや恐怖と言った感情はあったが、太陽に関する負の意思は込められてなかった。
込められているのは心配。掲げた手がわずかに震えていたが、それでも向日葵は理性的な目でしっかりと太陽の目を見つめていた。
太陽はそれを向日葵からの信用と信頼として受け取る。なにより太陽を向日葵がバケモノと思っていなかった。それが何よりも太陽に力を与えた。
大地を抑えた太陽が、背後を振り返る。
そこには、王国ナンバーツーと、王国騎士団長がいた。
ウィルケドスから視線だけで殺されそうな圧を向けられているし、何より太陽たちの生殺与奪権を握る宰相はぴくりとも動いていなかった。
大鷲の如き眼光。それに怖気づきそうになるも、後ろにいる向日葵と大地の命がかかっていることを強く認識する。ここで負けるわけには、絶対にいかなかった。
「ラティニオスさん。僕は、【屍姫】フェリクス・モーリス・イペリウムと一カ月間、あなた方が屍鬼の森と呼ぶ彼の地で生活していました。屍姫に命を助けられ、その眷属として新たな生を受けて」
そして、太陽は口を開いた。




