36.問いかけ
本日5度目の更新。
「はじめまして、タイヨウ殿。儂の名はラティニオス。このアモルトス王国の宰相を務めておる者じゃ」
三人が部屋に入ると、ラティニオスが部屋の中央に腰かけ、三人を出迎えた。
ラティニオスの背後にはいつも通りウィルケドス。
部屋のドアが閉められる。振り返ると、そこには二人の衛兵がいた。
視線を巡らせると、部屋の四隅にも衛兵がひとりずつ立っている。
「おいおい、なんだか物々しいな」
「さっそくじゃが」
大地の言葉を遮り、ラティニオスが口を開いた。
鋭い眼光が太陽を射抜く。
そこには『アモルトス王国の大鷲』の異名を取る、アモルトス王国宰相、女王に何かあった際の最高意思決定権を持つ男がいた。
そんな男の眼光に晒され、太陽は思わず一歩後ろへ下がる。
場の空気に飲まれ、流石の大地も固唾をのむ。向日葵に関しては完全に言葉を失ってしまっていた。
「タイヨウ殿にひとつ、質問してもいいかのう」
三人を、否、太陽から一切目を逸らさずラティニオスは続ける。
「お主は本当に人間か?」
心臓をナイフで切り裂かれたかと思った。ラティニオスの問いに、太陽は体中から冷や汗をだし、臓腑が冷たく重くなっていく感覚に囚われる。
人かどうかと問われたら、瞬時に人であると言える、はずだ。
だが。
人間かどうかと問われると、即答ができなかった。
何故なら、今の太陽は一度死んだところを、【屍姫】フェリクスの恩情によって、半屍鬼化することにより、心臓を動かしているのだから。
今でも腹部は偽りの肉で覆われている。その内側の内臓ですら、フェリクスが与えた内臓を代替することで動かしているのだ。
そんな存在が、果たして本当に人間なのだろうか?
フェリクスも言っていたではないか。
『喜べ、我が眷属よ。お前は偉大なる大魔術師――【屍姫】フェリクス・モールス・イペリムの下僕として新たな生を歩めるのだ』
フェリクスが王国に対して、忌避すべき存在であるとは聞かされた。
端的に言って、王国にとってフェリクスは敵なのだ。
そんな存在の下僕である太陽を警戒するのは、至極当たり前のこと。
当たり前なのに、事実を突きつけられて太陽の足は震えた。
「答えられぬか」
ラティニオスが一段と低い声を出す。後ろでウィルケドスが微かに唸りながら、<剣>――<絶一閃>へと手を伸ばし始める。
緊張をはらんでいた場が、さらに張りつめる。
「待てよ!」
大地が太陽を庇うように、王国最強の男二人の前に出る。
「何を勘違いしてるか知らねえが、太陽はちゃんと人間だぞ!」
「笑止! 人間がどてっばらに大穴開けて生きていられるわけがなかろう!」
「それは……」
ラティニオスの烈火のような一喝。それに負け、大地が一歩後ろへ下がる。
「さて」
と仕切り直すように、ラティニオスは柔らかな声を出す。
「タイヨウ殿。再度尋ねよう。お主は人間か?」
ごくりと唾を飲込む。口内はからから、心臓が竦みあがり、足は震えている。
太陽は。
歯を食いしばって、ラティニオスの方へ向かって歩き始めた。
途端に部屋にいた衛兵が殺気立つ。ウィルケドスですら<絶一閃>に完全に掴み、いつでも斬りかかれる準備に入った。
太陽は部屋の中央で足を止める。
「正直に言えば……」
震えた掠れた声を絞り出すように、太陽が口を開く。
「僕には、僕が人間であるという確証がありません」
「ほう……」
「え……」
太陽の告白に、ラティニオスは白い眉を片方吊り上げ、向日葵は口を手で覆った。
「なぜそのような回答になるのかのう」
「それは――」
太陽は思わず口をつぐんでしまう。弱気な心が泣き叫ぶ。
ここで腹部を晒したら。
ここにいる人たちは自分をバケモノだと思うだろうか。
それはまだいい。だって、ここの人たちのことはほとんど知らないのだから。
でも。
親友である大地は?
それよりも向日葵はどう思うだろう?
バケモノだと思うだろうか。それとも気持ち悪いと思うだろうか。もしかしたら、ここにいる衛兵のように刃を向けられるかもしれない。
そう思うと、今にも死にたくなるほど苦しかった。怖くて怖くて、今にも腹を掻っ捌きたくなる。
それでも、ここで逃げるわけにはいかなかった。物理的に逃げられないから、というわけではなく、ここで心理的に逃げてしまったら、今後この世界で大地と向日葵と胸を張って一緒にいられないと思ったからだ。
それはなにがなんでも嫌だった。
太陽は意を決してく口を開く。
「僕が、半分屍鬼化してしまっているからです」
そして、太陽はラティニオス、それから大地と向日葵の前で腹部を晒した。
衛兵の間からどよめきが広がった。
ウィルケドスが唸り声を上げる。
大地は悔しそうに唇を噛みしめ、向日葵は思わず目をそむけた。
そして、ラティニオスは。
微塵も表情を変えることなく、太陽の腹部、灰色の肉を見ていた。
それらの反応、視線にさらされ、太陽は身体の震えを止めることができなかった。
想像よりも遥かに辛い。歯の根が合わず、カチカチと鳴り響く。
鷲の如き鋭い眼光で太陽を視界に抑えていたラティニオスが口を開いた。
「確かに、人間ではないな」
その瞬間、ウィルケドスが<絶一閃>を抜き放った。




