32.そして
すっと大地は目を見開く。
「…………うし」
小さく呟く。そして、剣を改めて構えた。
思い描くのは最高の姿。ここ一か月見てきた、最強の男の背中だ。
何度も何度も彼の剣戟を見てきた。訓練を見た。動きを見てきた。
思い出せ。そしてなぞれ。
「ギル! ジェイク!」
大地は叫んだ。
青い屍鬼と闘っていた二人が大地の声を聞いて、青い屍鬼から距離を取る。
それを確認して、
「そいつを引き寄せてくれ! 今から赤い奴と一緒にやる!」
「な、なんですって!」
ギルが素っ頓狂な声を上げる。
「本気なんですか、ダイチ殿!」
続いてジェイクも疑惑の声を上げる。闘ったからわかる。この屍鬼は強い。アモルトス王国の精鋭と言われる部隊に所属している騎士が、二人がかりでなんとか拮抗しているのだ。それを屠るだけならまだしも、二体同時だなんて。
しかし大地は二人の心配を吹き飛ばすように、力強く頷いた。
「ああ、二体同時に倒す!」
確信に満ちた、力強い言葉。
ギルとジェイクは視線を交わす。そして、決意の籠った顔で互いに頷き合った。
「わかりました」
「合点承知ですよ!」
そして二人は、青い屍鬼をミネルバたちが戦っている赤い屍鬼の近くへ誘導すべく、攻撃を開始した。
◆
ミネルバとシークはもう限界だった。
触れただけで叩き殺されそうな衝撃、圧倒的な殺意の塊。巨大な戦斧が振るわれる度に空気が斬り裂かれ、暴風が吹き荒れる。
唯一の救いは、攻撃が大振りであること。それ故に攻撃をかわしやすく、また反撃もしやすい。
しかし、赤い屍鬼は耐久力も並みの屍鬼と違った。
すでに十は攻撃を当てている。斬撃も魔術でも、だ。しかし一向に衰える気配は見せず、むしろどんどん攻撃力が上がっているようにすら錯覚してしまう。
体力的にも、精神的にもそろそろ限界に近づいていた。
体中がだるく、腕を上げるのですらしんどい。
他の仲間のことを気にかける余裕は微塵もなかった。なんとかこの赤い屍鬼を食い止める。それしか考えてない。ここで自分たちが食い止めていれば、その間にきっと<矛>や<巫女>が他の屍鬼を倒して、こちらに救援に向かってくれるはず。自分たちでは倒せないと、その優秀さゆえに気づいているシークとミネルバは、そう信じるしかなかった。
そんな時。
「シーク! ミネルバ!」
ジェイクの怒号が耳朶を打った。訓練のたまもので、二人ともすぐさまジェイクの方を確認する。
するとそこには、青い屍鬼を引き連れたジェイクとギルの姿があった。
◆
大地は赤と青の屍鬼の間に向かって駆けだした。
思い出すのは、アモルトス王国で最初に目覚めた日のこと。
宰相ラティニオスの提案で、ウィルケドスと闘いそうになったあの時。
ラティニオスが召喚した無数の武器たち。それらが八方からウィルケドスに向かっていき――
大地の脳裏であの時のウィルケドスの姿が何度も何度も蘇る。
一騎当千の男の、必殺の技。
「ダイチ殿、今です!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ジェイクの掛け声に合わせ、大地は雄たけびを上げた。
そのまま赤と青の屍鬼の間に身体を移動させる。
回転。円転。輪転――旋廻。
脳内でなぞる、一度だけ見た必殺の技。
叫ぶ。
「円陣・回狼斬!!」
一度だけ見た技を、拙いながらも大地は的確になぞっていく。
その刃が、青と赤の屍鬼に襲い掛かる。
防ごうとする屍鬼たち。
しかし、二合三合と打ち合うも大地に押し負ける。
そして。
断末魔――斬首。
あれだけ苦戦を強いられた屍鬼の二体は切り刻まれ、ついに首が飛んだ。
汚らしい血潮が吹き上がる。
大地は空を仰いで笑った。
「はっ」
大地は<巫女>に仇なすものを屠る<矛>。その能力は【超越】。大地が望むのならばどこまでも、例え神ですら超える成長する力。
大地はその無敵とも言える成長力を持って、今回の攻防で聖遺武具が一本、<剣>の所有者であるアモルトス王国最強の男の技を盗んだのだ。
空を仰ぎ見ながら笑った大地は、そのまま力尽きたように倒れた。
地面から見た空は青々と澄み渡っていて、何処までも高く広く広がっていた。
そんな空を見つめて、
「すっきりした……」
と大地は呟いた。




