31.教え
本日2度目の更新
大地は汚れを気にする余裕もなく、地面に大の字で伸びている。
荒い息。大量の汗。全身が痛みとだるさで、指先1つ動かすのですら億劫に感じられた。
「飲むといい」
大地に水の入ったコップを差し出す大きな手。青い艶やかで力強い手の持ち主は、アモルトス王国団長、獣人のウィルケドス・ロスだ。
「すまん、助かる」
大地はなんとか起き上がると、手渡されたコップを受け取る。次の瞬間には、それを一気にあおり、ごくごくと喉を揺らして飲み干す。
そうして一息ついた大地は、新たな師となった獣人を見上げた。まだまだ超えることすら想像できぬ、大きな身体だ。
「俺もそこそこ武道は嗜んでたから、もう少しいい勝負できると思ってたんだがな」
思わずらしくない言葉を言ってしまう。
そんな若干弱気になっている大地を見て、ウィルケドスは愉快そうに目を細めた。
「持っているものは決して悪くない。成長スピードも、<矛>とはいえ驚嘆に値する速度で成長している。力やスピードでは、もう私はお前には勝てないさ」
「じゃあ、やっぱり勝てないのは技術や経験か」
「端的に言ってしまえば、そうなるな」
身もふたもないウィルケドスの言葉に、大地は盛大にため息を吐く。
「でも、あんま悠長なことしてられねえんだよ」
「それはそうであろうな。親友の命がかかっているのだろう?」
「まあな。つっても、本当に生きているどうか怪しいが」
「疑っている奴に、ここまで真っ直ぐな剣筋は出せないさ」
笑って、ウィルケドスは遠くの空を見やる。
「私にも親友がいる。だから、ダイチ殿の気持ちはわかるさ」
「へえ、あんたの親友か。えーと、そいつは、なんちゃら騎士国にいるんだよな?」
「【ユース騎士国】だ」
大地のあんまりな言葉に怒ることもなく、ウィルケドスは笑みを浮かべた。
その様子に、大地は思わず尋ねてしまう。
「良い国、なんだろうな」
「ああ」
大地の言葉に、嬉しそうに、そしてなにより誇らしそうにウィルケドスは頷いた。
「みな真っ直ぐでそれぞれの騎士道を持っている。それに、主要八ツ国の中でもっとも小さいが、武力ではこのアモルトス王国にも引けを取らない。だが、【ユース騎士国】の武力は、他国を侵略する力ではない」
「じゃあなんのための武力なんだ?」
「護るための武力さ。騎士国は建国時からずっと、【グラン連邦】の領土拡大のための侵略戦争から、弱い小国をいくども護ってきた。我々の誇りだよ」
そう言って微笑んだウィルケドスは、大地の目から見て本当に眩しかった。
どれだけかの国を愛しているのか。
どれだけかの国を誇りに思っているのか。
それらがすとんと伝わってくる。
思わず大地も笑顔になる。
「ウィルケドスの親友は、今も騎士なのか?」
「ああ。今はあいつが騎士国の団長だ」
言って、ウィルケドスは遠くを再び見つめた。
きっとその方向にユース騎士国があるのだろう。
「私たちは性格も何もかも反対だったが、それ故に馬が合った。兄弟弟子ということもあり、常に剣を交えながら互いに上を目指したものさ」
「意外とやんちゃだったんだな」
「そうだな。だからこそ、そんな私が今は<矛>の剣の指南をしているというのに、運命の面白さを感じているようよ」
ウィルケドスは笑った。釣られて、大地も不敵に笑った。
「さて」
ウィルケドスが大地の目を真っ直ぐに見た。
「一時の師として、教えを授けよう」
その言葉を聞いて、大地は立ち上がる。
立ち上がっても、がっしりとしたウィルケドスは大きく見えた。今は、体格以上に大きく見える。
「ダイチ殿は戦闘のパターンが少なすぎる。故に、短調になってしまうのだ。かといって、一カ月程度で屍鬼たちと渡り合うまでに成長するのは、流石の<矛>の成長スピードをもってしても困難を極める。だからこそ」
そして、ウィルケドスは牙を見せ、にやりと笑った。
「見て、己がものとしろ。それが<矛>だからこそ許された、他の追随を許さぬ成長へと繋がる」




