24.屍鬼の森(3)
一晩明けた。
向日葵と大地は騎士と全員で交代で見張りをしながら眠り、朝を迎えていた。騎士からは見張りは我々が、と言ってくれたが、それを向日葵がやんわりと断り、三チーム編成でローテションを組んで見張り番にあたっていた。
慣れない野営は、全然疲れが取れなかった。大地は大きくあくびをする。
「大地、みっともないよ」
大地の横で出発の準備をしていた向日葵が、大地が大口を開けてあくびをするものだから、思わず苦言を漏らす。
「うっせ」
しかし、大地は気にした様子なくもう一度あくびをする。そんな大地の様子に、向日葵は「もう」と頬を膨らませた。
「出発の準備、完了いたしました」
「ありがとうございます、ジェイクさん」
同行騎士の隊長格の壮年の男――ジェイクが向日葵と大地に出発の準備が整ったことを告げる。
昨晩は晩御飯を用意しながら、色々と話しをした。その中で初めて、大地と向日葵は騎士の名前を聞いたのだ。その事で、どれだけ自分たちが焦っていたのか気づかされてしまった。
経験豊富な隊長格のジェイク・アルサ。
大地たちより一歳年上の十九歳、若いながら剣の腕は一流の青年、ギル・ゴードン。
盾術に秀でた防御のエキスパート、それ故に怪我を負って寝込んでいたミネルバ・ガト。
魔術にも才覚を表し、後方支援が可能な魔術騎士のシーク・オルト。
この四人が向日葵と大地を屍鬼から護るために編成された人たちだった。
「よし、行こう」
大地が出発の音頭を取る。
こうして六人は、再び魔の森に乗り出した。
◆
「ミネルバさん、もうお怪我の具合はいかがですか?」
「ええ、もうすっかり元通りですよ。巫女さまには感謝しております」
「でも、疲労とかすごいんじゃありません?」
「ははっ、私はこれでも三強の一角を担う国の騎士団の一員ですよ。このぐらいでへばってられません」
向日葵が声をかけると、昨日向日葵を庇って怪我を負ったミネルバが大らかに笑いながら胸を叩いた。
「それに、私は騎士の中でも防御を担うもの。私が怪我を負うということは、仲間を護った証であり、誇りなのです。なのでどうか、私の活躍を心に留めて頂けたら幸いです」
言って、ミネルバにっこりとほほ笑む。
一番年の近いギルが、誇らしげに言う。
「ミネルバさんの盾術は騎士団の中でもピカイチですからね! オレ、未だに五本に一本しか有効打を当てたことがないですよ!」
「ミネルバ先輩から五本に一本取れる時点で、ギルが羨ましいったらないぜ」
周囲に気を配りながら、騎士でありながら魔術にも長けるシークが口を開いた。
「シークさんだってすごいじゃないですか! 騎士としてあれだけ訓練しながら、同時に魔術も使いこなすなんて、オレにはそんな真似できないですよ」
「おれは器用貧乏なんだよ。何でもある程度できるけど、そこから先に進めねーの。やっぱギルみてえに一点に特化してた方が、何かと良いんだよ」
「でもでも、シークさんは補助魔術っていう珍しい魔術使えるじゃないですか! やっぱすごいですよ!」
「補助魔術、てなんですか?」
最初出発した時よりも遥かに友好的空気に、向日葵は気分を軽くして尋ねる。
向日葵の問いに答えたのはシークではなくギルだった。
ギルは自分のことのように胸を張って答える。
「仲間を超人にする魔術です!」
「黙れバカ」
ギルのあんまりな回答に、シークがため息を吐きながら言葉を遮る。
「補助魔術ってのは、一時的に対象者の身体能力を高める魔術っすね。例えば、足の筋肉の一部に働きかけるとスピードが増します。でもそれだけだとすぐにバテるんで、心拍系の強化もやらなくてはいけない。ついでに血液も強化するとかなんとか。まぁ、そんな感じで対象者の身体能力を向上させるのが補助魔術っす」
「へぇ、そうなんですか! ちゃんと医療に通じてないと難しそうですね」
「あ、わかります? そうなんですよー、人体の構造と連携を把握するのに本当に苦労したんっすよねー」
騎士というには若干チャラいシークは、軽く調子に乗り始める。
「巫女さまも良かったら補助魔術習ってみます? 今ならおれが手取り足取り教えて――」
「シーク、ここがどこか忘れるな」
しかし、その空気を察した隊長格であるジェイクが注意する。
ジェイクの注意に軽く顔をしかめて、シークは「ういっす」と警戒に戻った。
その向こうで、大地とギルがこそこそと会話している。
「なあ、さっきのヒマたちの会話の意味、わかったか?」
「いや、オレにはさっぱりですね」
「だよな。スピード上げるために足の筋肉を強くするのはわかるが、血まで強化するんだ?」
「さあ?」
二人の呟きをしっかりと耳にしていたジェイクがため息を吐く。
「ギル、お前は剣の腕はピカイチだが、それに特化しすぎだ。頭の中もしっかりと砥がなければ、アモルトス王国騎士団として恥ずかしいぞ」
「う……はい」
ジェイクに叱られ、ギルが首をすくめる。
叱るジェイクの横で、向日葵もジェイクと同じようにため息を吐いて大地を叱っていた。
「あのね、大地。激しい運動をすると酸素が必要でしょ? その酸素を運ぶのは何だと思うの? 血液だよ。もっと言えば赤血球。普通、その人の身体に合わせて全体的な機能とか調和が取れてるの。だから、もしも、例えば足だけ別人みたいなエネルギーを使う筋肉に変えちゃったら、他の連動している部分が追いつけなくなって大変なことになっちゃうんだよ。わかる?」
「なるほど」
「もぅ、しっかりしてよ……」
向日葵は頭を抱える。その目にはうっすらと涙が滲んでいた。
互いに再びため息を吐き、ジェイクと向日葵は顔を見合わせた。
「巫女さまも大変なんですね」
「ジェイクさんの方も……」
苦笑し合う。|身体を扱う事に特化した者と会話する苦労は、視線を交わすだけで慰め合うことが可能だったのだ。
「警戒! 前方、二時方向!」
不意に、シークが鋭い声を出した。
大地と向日葵は思わず呆気にとられるが、騎士の面々は素早くフォーメンションを整える。
タンク役のミネルバが盾を手に、最前列でどっしりと構える。
そのすぐ後ろで、最大火力のギルが剣を構えている。
さらにその背後にシークが構え、手で文字を魔術で描きながら、呪文を唱えている。魔術が完成するごとに、ミネルバとギル、そして二人の装備に光が灯る。
隊長格のジェイクは経験不足である向日葵と大地の前に盾になるように陣取り、戦闘態勢に入った三人にいつでも指示が出せるように前方の茂みを睨んだ。
ぴりっとした緊張感が場を支配する。
大地は静かに剣を取り出しながら構えた。
茂みが動く。向日葵は息を飲んだ。
そして、茂みから現れたモノを見て、呼吸が止まった。




