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太陽と大地に咲く向日葵 ―異世界英雄譚―  作者: 灯月公夜
第一幕 【来訪者は血を流し決意を胸に抱く】(第一部)
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23.屍鬼の森(2)

「そう言えば、さっきは助かった」

「え、何が?」


 【屍鬼の森】の中、とある崖に小さく空いた隙間で身体を休めている時、大地がふと向日葵に礼を述べた。隙間の奥では、向日葵に治癒された騎士が眠っていた。

 向日葵は大地に何のお礼を言われたのかわからず、コテンと首を傾げる。


「ほら、屍鬼グールに斬りかかろうとした時、背中を追い風で押してくれたろ。ついでに、あのクッセェ液体が俺につかないように、風で防いでくれたし。だから、ありがとな」

「ああ、それね。うん、どういたしまして」


 大地は向日葵の目をしっかりと見つめて再度礼を述べる。その勇ましい目を見つめながら、向日葵はふわりとほほ笑んだ。


「しっかし、ヒマはすげえな。あれも魔術? なんだろ」

「まあ、そうだね。かなり初歩の初歩だけど。こう、風をコントロールするみたいな」

「俺は頭より身体派だから全然理解できてないんだが、もう一度教えてもらってもいいか。『魔術』と『魔法』って、全然違うものなんだろ?」

「もぅ、しょうがないなぁ」


 向日葵は大地の顔を見つめて、呆れたようにため息を吐く。

 この話はラティニオスに、大地も隣で受けていたはずのこの異世界の基礎知識のはずなのだ。基礎知識、いわば常識の範疇。これでは今後いつ足をすくわれるかわからない。

 わたしがしっかりしなきゃ……! 向日葵はため息を吐きつつ、決意をしっかりと固める。毎度のことながら、大地の方が誕生日は早いはずなのに出来の悪い弟のためにしっかりしなきゃと思う姉の気分だ。


「まず、定義から伝えるね。これが理解できないと、絶対に齟齬が生まれちゃうから」


 向日葵は右手の人差し指を立てる。


「まず『魔法』の定義からね。【森羅万象を操り、精霊の加護を受け、世の理を改変できる力】。これが『魔法』だよ」

「お、おう……。わかるようで全然わからん……」

「だよねぇ……。わたしたちには全然馴染みがなかったし」


 向日葵はため息を吐きつつ、激しく大地の言葉に同意を示す。本当にこれを理解するのに苦労したのだ。

 向日葵は気を取り直して、人差し指を左右に振りながら大地に説明する。


「本当にざっくりとわたしたちのイメージがつきやすい説明をすると、『神様の力』だよ。水の中で炎生みだして燃やし続けることも、ペガサスとか創造できちゃうことも、死んだ人を生き返らせることも、それこそタイムマシンみたいに過去の現在を行ったり来たりすることもみーんな『魔法』。そういった、どんな理でも説明できない、超然的な力を発揮するのが『魔法』と呼ばれる力、だね」

「なるほどな……。わけわからんスゲー力って理解すればいいのか」

「これだけ説明して、なんでそんな理解程度しかできてないかな……」


 向日葵は大地のあんまりな受け応えに、がっくりと肩を落とす。

 しかし、こんなところで頭を抱えていたら大地と難しい話はできない。むしろこれだけ理解できてたらいい方なのだ。

 そう思うことにした向日葵は、気を取り直して魔術の説明に移る。


「魔術ってのは、そんな『魔法』を人が解読して理解でき、技術として行使できるレベルにまで落としたもの。定義的には【魔法を人為的に行使できる尺度まで体系化した技術】だね。イメージで言えば、わたしたちが火を起こすのに着火マンを使うような感じ。それで、魔術は体系化された技術だから、魔力さえあれば努力とか才能次第で優劣が生まれたり、場合によっては魔法レベルまで行使することができるんだよ。魔法レベルまで究めた魔術を扱える人を、魔術師じゃなくて大魔術師って呼ぶから、そこも覚えといてね」


 言って向日葵は、ちなみにラティニオスさんは『アモルトス王国の大鷲』『時空を制する大魔術師』って言われるすごい人なんだよ、と付け加える。

 それに大地は、へぇ……、とわかっているのかいないのかあいまいな返答を返す。

 そんな大地の様子に、向日葵は内心で頭を抱えた。

 そうしていると、付近を偵察に行っていた騎士二人が戻ってくる。

 二人は崖の隙間の前で警戒をしていたもうひとりの騎士と二、三言葉を交わして、大地たちと横になって休んでいるもう一人の騎士の元へやってきた。


「〈巫女〉さま方」


 騎士の中で隊長格と思わしき男性が口を開く。


「付近に屍鬼がいる姿は確認されなかったそうです。もう日も暮れてきましたし、今日はここで野宿しようかと思うのですが、いかがですか?」


 その提案に、向日葵は不安げな顔で大地の横顔を見つめた。

 大地が思案気に眉を顰める。

 痛いほどわかる。本当はひとりでも太陽を探しに行きたいと思っていることは。

 本当の事を言えば、向日葵もそうだった。今すぐにでも太陽に会って、この目で生きていることを確認したい。良くわからない感覚で太陽が生きているとは思っているけれども、それだって確証は何一つとしてないのだ。向日葵ですら大地が頷いてくれなかったら、今日まで自分の感覚を信じることができなかっただろう。また、不安に押しつぶされることがなかったのは、隣に大地と言う存在がいたからだ。

 向日葵は自然な思考で、この場の実質的なリーダーである大地に判断を委ねた。

 でもそれは全肯定するためではなく、もしも大地がひとりでも太陽を探しに行くと言えば止めるつもりだった。

 騎士の人と離れ離れになるわけに行かないし、何より向日葵たちを庇って怪我を負ってしまった騎士を見捨ててはいけない。

 焦れる気持ちと、良心の呵責の間で向日葵は揺れていた。


「わかった。今日はここで野宿しよう」


 だから、大地が決断を口にして、ひとまずほっとした息を吐いてしまう。

 決まれば後は早かった。騎士の三人はてきぱきと野営の準備を始めると、三時間後には全員でたき火の前でご飯を囲っていた。

 ふと、向日葵は星空が煌めく夜空を見上げる。

 太陽くんも、あったかいご飯を食べてたらいいけど……。



    ◆



 同時刻。

 雨宮太陽は、屍鬼三体と対峙していた。

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