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太陽と大地に咲く向日葵 ―異世界英雄譚―  作者: 灯月公夜
第一幕 【来訪者は血を流し決意を胸に抱く】(第一部)
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21.一か月後


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 大地は荒い息を吐き、両手両膝を地面につけ四つ這いになる。

 滴る無数の汗。一向に平素に戻る気配の見えない息。体中が疲労で鈍く重くなってしまったようだ。


「一カ月でよくぞここまで」


 そんな大地を見下ろす、獣人の男。蒼狼族の次子にして、アモルトス王国騎士団長ウィルケドス・ロスは、腕を組み見下ろしながら大地の健闘を称えた。


「驚異的な呑み込みの速さだ。元から基礎が出来ていたとはいえ、流石は<矛>と言ったところか」

「へっ、良く言うぜ。一本どころか、指の一本も触れさせてくれねえくせに」


 大地は荒い息のまま軽口を言う。

 ウィルケドスが大地に手を伸ばす。それを大地は掴み、立ち上がる。

 立ち上がり、トントンと軽くジャンプする。そして首を左右に振り鳴らすと、ようやく息を整えた。


「そろそろ予定の時刻か」


 ウィルケドスが陽の傾きを確認しながら口を開く。


「大地殿。汗を流し、準備を整えてくるといい」

「そうするよ」


 言って、大地はウィルケドスに深々と一礼する。


「稽古指導、ありがとうございました!」


 普段は生意気なのに、このような場面では礼節を重んじる大地の姿に、ウィルケドスはわずかに口角を上げた。

 そして、大地は姿勢を戻すと、汗を流しに城へと戻っていった。

 後ろ姿を見ながら、ウィルケドスは師として弟子の成長を嬉しく感じていた。



     ◆



 風呂があるとはいえ、王国にはシャワーなるものはない。

 大地は火照った体を、瓶で掬った水で流しながら一息つく。冷たい水が気持ち良かった。

 あれから一カ月経った。未だに太陽の行方はしれないままだ。

 大地は向日葵の「太陽は生きてる」という言葉を信じて、今日まで研鑽を続けてきた。

 今日やっと、向日葵が<巫女>として、その第一段階の覚醒までにこぎつけることができるという。

 大地は己の右手を見る。右手の甲には、うっすらと紋様が刻まれていた。

 その紋様を自覚した時から、大地は自分の身体が超人のようになっていく様をまじまじと感じていた。今なら百メートルを六秒台で駆け抜けることすらできるだろう。自分が人外の領域に足を踏み入れだしたようで、大地は思わず笑ってしまった。

 どれもこれも、向日葵が<巫女>として修練を続けてから強くなる一方だ。

 右手を固く握りしめる。

 もうすぐだ。もうすぐ、【屍鬼の森】へ足を踏み入れられる。本格的に太陽を探すことができるようになる。

 <矛>の役割はラティニオスから聞いた。

 それは即ち――仇なす敵を屠ること。

 どんな敵が現れても、大地は必ずや敵を倒さなくてはならない。それが役目で、決意だ。

 大地は風呂場から出て、素早く身支度を整える。

 さあ、行こう。

 大地は向日葵の待つ霊廟へ向かって歩き出した。



     ◆



 王城の中、ひとりで下へ下へと歩みを進めていく。

 服装は、アモルトス王国の国色である『赤』を基調とした正装。それに袖を通した大地は、堂々とした様子で階段を降りていく。

 長い階段が終わり、ひらける。

 そこは空洞だった。洞窟の壁は白く、いたるところに突起物が出来ている。また、洞窟の中は肌寒く、息が白くなるほどだった。

 王城の地下、数百メートルの下は、巨大な鍾乳洞だったのだ。

 遠くから、水滴が落ちる音が、何処からともなく聞こえてくる。

 初めて来た大地は、その雄大な自然に息を飲む。しかし、役目を思い出し、再び歩を進めた。

 階段の終焉から一直線に伸びた回廊。その両脇では、魔石と呼ばれる魔力を持った石が、おぼろげな光を放っていた。

 歩く音が、空洞の中に静かに響いて飲まれていく。

 光がおぼろげなせいで、あまり遠くまで見通すことができなかった。

 数分歩みを進めていると、前方の方で光が密集しているところが見えてきた。

 それは遠くから見ても神秘的で、幻想的な光景だった。まるで光の粒子が集まり、一つの宝石のようだ。

 大地は歩みを続け、回廊の終焉へ辿りつく。

 そこは大きな円形状の泉があった。光の粒子がホタルのように飛び回り、透き通るような水はこんこんとわき出ている。

 まるで暗黒の中に咲いた一輪の光る花弁のように、そこは美しく神秘的で、神聖な空気を孕んでいた。

 その円形状の泉の中央。そこに後ろ向きの向日葵はいた。

 くるぶしくらいまでしかない水の中に、膝をついて祈りを捧げている向日葵は、神々しく見慣れた幼馴染の少女とはかけ離れていた。

 向日葵の長く、カラスの濡れ場のような黒髪は結われ、かんざしで艶やかに揺られている。

 着ている装束は、大地の知識から言えば天の羽衣のようだった。


「きれいだな……」


 思わずぽつりと呟いてしまった。それほどまでに今の向日葵は艶やかで、美しかった。

 大地は言われた取り決め通り、泉の中へ足を踏み入れる。

 ひんやりと洗練された水は、それだけで穢れを落としてくれているかのようだった。くるぶしまで浸かりながら、ゆっくりと向日葵に近づいていく。

 三歩手前で停止する。そして、大地はそっと片膝をついて、頭を垂れた。

 不意に、向日葵がふわりと立ち上がる。そして大地に向き直る。

 向日葵は両手を静かに広げる。ふわりと、鍾乳洞の中に風が吹く。静謐な空間に、厳かな何かが集合し始める。

 淡い光が、何処からともなく現れる。

 徐々に数を増した光は、奔流となって、大地と向日葵を取り巻く。

 向日葵がそっと、片膝をついた大地の傍に両膝をつく。

 そして、大地の右手を取ると、その可憐な唇をそっと触れさせた。

 向日葵の唇が大地の右手の甲を離れた瞬間、それまでおぼろげだった大地の右手の紋様が、確かな徴となって輝き始める。

 それを確認して、向日葵は大地の両頬に手を添える。

 一瞬の戸惑い。それを押し隠して、向日葵は大地の額にそっと口づけをした。

 大地がゆっくりと目を見開くと、そこには可憐にして綺麗な、頬をうっすらと赤らめた馴染み深い笑顔の向日葵がいた。



     ◆



「あっつ……!」


 唐突に、太陽は左手の甲に熱を感じて、手に持っていた皿を落としてしまう。

 カシャンと言う渇いた音。太陽の左手が徐々に熱を上げていき、それは火傷の痛みのように太陽の手を蝕んだ。


「どうした?」


 太陽の様子を見て、【屍姫】フェリクスが太陽の元に駆け寄る。


「ぐっ、うぅうぅう……」


 太陽は痛みのあまり声を上げることもできず、呻くことしかできない。

 そんな太陽の左手の甲に、焼けた串で描かれるように、肌が焼け、紋様が現れていく。

 それを見たフェリクスははっとした表情を浮かべ――徐々に凶悪な表情へと変貌していく。

 太陽はフェリクスの変化に気づかない。左の手の甲の激痛にただただ耐えるばかりだ。

 やがて紋様を描き終えたのか、突如熱を持った時と同じようにぴたりと止まった。

 太陽は手の甲を見つめ、突如現れた紋様を見る。


「なんだ、これ……?」


 しかし、太陽には何もわかない。もしかしたらフェリクスによってもたらされたのかもしれない。


「あの、フェリクスさん」


 太陽はフェリクスへ視線を移動させる。


「この紋様みたいなの、なんだかわかりますか?」


 しかし、それにフェリクスは答えなかった。

 ふいっと太陽から視線を逸らすと、フェリクスは立ち上がった。


「太陽」

「は、はい!」


 フェリクスの冷たく鋭い声。太陽は自分が何かしたのかと身を固くする。


「すぐに王都へ行け」


 底冷えするような声音で命令される。


「え、でも、少なくともあともう一カ月は安静にしてろって……」

「いいから、行け」


 太陽は戸惑いの境地に立たされる。つい数十分ほど前の温かで友好的な様子はなくなっていた。

 混乱で動けなくなった太陽を余所に、フェリクスは太陽の傍から離れる。

 そして素早く何かを詰めると、それを太陽に放り投げる。

 慌ててそれを受け取る太陽。それはリュックだった。中には方位磁石と王都までの簡易地図。それから携帯食料があった。


「それを持って今すぐ失せろ。もうここには戻ってくるな」


 もう太陽には何一つ意味が解らなかった。



「行け。どうせまた会うことになるさ」



 もうフェリクスは太陽と顔を合わそうとしなかった。

 唖然と立ち尽くす太陽。どうあっても、もうフェリクスと一緒にいられないようだ。

 思考停止に陥りながら、太陽はなんとか言葉を絞り出す。


「ありがとう……ございました……」


 なんとか動かない思考のまま、頭を下げる。フェリクスはもう太陽を一瞥もくれない。それでも太陽は頭を下げた。

 そして、後ろを向いて森の中へ足を踏み入れる。

 こうして、太陽とフェリクスの関係は唐突に終わりを告げた。

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