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太陽と大地に咲く向日葵 ―異世界英雄譚―  作者: 灯月公夜
第一幕 【来訪者は血を流し決意を胸に抱く】(第一部)
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19.夢

第三章 初陣

 少しずつ、雨宮太陽の意識は覚醒に向かっていた。

 子宮の中、羊水の中で揺蕩っているような感覚。温かく、安心できる、懐かしの場所。

 そんな場所で、太陽はある夢を見ていた。

 白銀の髪を持ち、血のような紅い瞳をした少女。そして、少女と手を繋ぎながら微笑む彼女の両親を。

 少女の母親と思しき女性は、少女と同じく白銀の髪、紅眼の持ち主だった。

 少女は母親と共に、お花畑で花輪を作りながら、それは幸せそうに笑っている。そして、少女は出来た花輪を、目を細めながら二人を見ていた父親の元へ届けに駆け出した。

 杖を片手に持った父親は慈愛の笑みを浮かべながら、駆け寄ってきた少女を抱きしめる。父親は母親と娘と違い、金髪に碧眼だった。父親がしゃがみ込み、少女がはしゃぎながら父親の頭に、今しがた作った花輪を載せる。

 父親が立ち上がり、少女の両脇に手を入れて、少女を持ち上げる。

 少女は歓喜の声を上げる。手を上に挙げ、喜びを体全体で表す。

 それは、幸せな風景だった。


 そんな幸せな風景が、炎に焼かれる。


 人目をはばかるようにひっそりと暮らしていた家に、騎士団と思しき男たちが押し寄せる。燃える家。壊れる家具。悲鳴と怒号。閃光に、轟音。斬り裂かれる男に、髪を引っ張られ取り立てられる女。女は悲鳴を上げながら、燃え盛る家の奥へ視線を巡らせる。


『    』


 女の口元が微かに動く。少女は頷き、教えられた通り暖炉の内側に作られた隠し戸の中でじっとしていた。

 家がごうごうと燃える。幸せだった時間が溶けていく。

 やがてすべてが止まり、静寂の帳が降りる。

 少女は隠れ戸から外へ出る。

 そこには幸せの面影は何一つ残っていなかった。

 そして、少女は呟いた。


 ――絶対に許さない。




     ◆




 かっと太陽は目を見開く。そのまま飛び起きるように上半身を起こす。

 全身から汗が噴き出していた。動悸も激しく、荒い息を吐く。

 額の汗を拭い、辺りを見渡す。知らない場所だ。木ででいた、質素でいながら清潔感の保たれた部屋。

 ふと、太陽の脳裏にフラッシュバックで映像が流れる。

 不気味な森。

 緑の化け物。

 逃走し追い詰められ。

 向日葵を突き飛ばし、そして。

 貫かれた己の腹。

 宙を舞い、崖へ落下していく自分。

 それから――。

 あとは何も思い出せなかった。

 慌てて腹部を触る。包帯が巻かれたその向こうには、強烈な違和感があるが、しかし確かに己の肉体があった。

 あれはすべて夢だったのだろうか?

 思って、激しく頭を振る。

 そんなはずはない。あれは確かに現実で、身体は貫かれたはずだ。

 じゃあ、何故今こうして生きている?

 わからない。わからなかったけど、それはここに自分を寝かしつけた誰かによるものだろう。

 太陽はぐったりとした身体に鞭打ち、なんとか立ち上がる。

 正直、のどがカラカラに渇いていて、水を一杯だけでも飲みたい気分だった。

 この家の主に礼を言って、水も一杯めぐんでもらおう。それから、向日葵さんたちを探しに行かなきゃ。

 なんとか無事に、あの化け物から逃げられてたらいいけど。

 かなりの希望的観測であることはわかっていた。でも、太陽はあの後の惨劇を想像できるほど強くなかった。だからこそ、大丈夫だと現実逃避することしかできなかった。

 太陽は部屋にかかった暖簾のれんを退けて、リビングと思わしき部屋に入る。


「おや、目が覚めたか」


 そこには絶世の美女がいた。煌めくような白銀の髪に、深く鮮やかな真紅の瞳。その出で立ちに、太陽は既視感を抱く。

 突っ立ったまま動けないでいた太陽の元に、美女が今までしていた書き物を止め、歩み寄ってくる。


「怪我の具合はどうだ?」


 涼やかな、清流のような声だった。思わず聞き入ってしまうほど美しい。

 声に聞き惚れていた太陽を一瞥して、美女は太陽の腹に触れる。

 ひんやりとした女性の手に触れられ、太陽は身体を思わずびくつかせる。

 そんな太陽の様子を見て、美女はおかしそうに頬を緩めた。その笑顔を見て、太陽はさらに恥ずかしくなり、頬を赤く染めた。


「ふむ、結合は順調だな。まあ落ち着くまで、せいぜいあと一日はかかるであろうが」


 美女は太陽の腹から手を離し、太陽から背を向けて部屋の隅に移動する。

 その時になって、ようやく太陽の硬直は解ける。


「あ、あの、」

「ほら、喉が渇いただろう。これを飲め」


 なんとか口を開いたが、その直後差しだされたコップに口をつぐんでしまう。

 思い出す強烈な渇き。太陽は「ありがとうございます」と礼を述べると、一気に水を飲み乾してしまった。

 簡単ではあるが喉の渇きが潤せた。太陽は少しひと心地がついた気分になる。


「まだ喉が渇いているのならば、あの桶から好きなだけ汲むと良い」


 言って、女性はまた机に戻り、書き物を再開した。


「あの……あなたが僕を助けてくれたんですか?」

「ああ」


 そして、ようやく聞きたい事を聞けた太陽は、深々と頭を下げる。


「あ、ありがとうございました! 死んでいておかしくない怪我を直してくださり、感謝の言葉もありません」


 言って、さらに深々と頭を下げる太陽。そんな太陽を見て、美女は嬉しそうに微笑んだ。


「よい心がけだな。それでこそ我が眷属――下僕にしただけのことはある」

「…………え?」


 思考がまるで追いつかず、太陽の口から間抜けな声が出た。

 今しがた言われたことが理解できず、太陽は美女の顔を間抜けな顔で見つめる。


「喜べ、我が眷属よ。お前は偉大なる大魔術師――【屍姫しき】フェリクス・モールス・イペリムの下僕として新たな生を歩めるのだ」


 そして美女――【屍姫】フェリクスは超越者としての笑みを浮かべた。

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