15.聖遺武具
「いかがの、ダイチ殿?」
そう言って、ラティニオス王国宰相はにやりと笑った。
向日葵は胸の前で両手をきゅっと握りあわせ、大地見つめた。
焦燥と不安で胸が潰れそうだ。怖い。口内がからからに渇いてしまった。
太陽のすぐさまの安否と。
大地の身の怪我の心配と。
どちらを願ったら、片方は叶わぬかもしれない。その事がたまらなく嫌で、怖かった。
――お願い。
向日葵は胸中で願った。
「いや、やめとくわ」
そう言って、大地はきっぱりとラティニオスの提案を断った。
大地がラティニオスを見つめ、そんな大地を目を細めてラティニオスは見据える。
しばしの後、ラティニオスは「呵呵」と笑った。
「失敬失敬、役職がらどうも交渉事が身に付いてしまってのう。いやぁ、不謹慎じゃった。すまぬすまぬ」
そして、好々爺然としたまま申し訳なさそうに大地と向日葵に謝罪する。
「別に気にしてねえよ。それより、いい加減その<聖遺武具>について教えてくれねえか?」
「それもそうじゃのう。では――」
ラティニオスが天に指を突き立てる。するとあたりの武器たちが一様に宙へと待った。
「<聖遺武具>とは、伝承によればかつて戦神と謳われた人物の遺骸から生みだされた武具のことじゃ。長い歴史の中でその存在はほとんど抹消され、現在では三つしかその存在を確認できておらぬがの。その一つが――」
そして、ラティニオスは天を指していた指をある方向へと指し示す。
ウィルケドスのいる、その方向へ。
瞬間、宙に浮いていた武器がすべて高速でウィルケドスへ向かい始めた。
「あっ」と向日葵は思わず声を出す。無数の武器に串刺しにされるウィルケドスを想像し、両手で口を塞ぐ。
――しかし。
「『円陣・回狼斬』」
ウィルケドスはその背に背負った大剣を抜き放ち、三百六十度すべてをカバーするように回転しながらすべての武器を切り刻んだ。
防御し、叩き落すのではなく、刃も鉄も構わずすべてを一瞬にして無力化してしまったのだ。
向日葵も大地も驚愕に息を飲む。
ウィルケドスが大剣を収めた時、辺りにはラティニオスが召喚した時の数倍以上の武器の成れの果てが転がっていた。
大地は近くに転がってきた剣を一つ掴む。刃の部分ですら、綺麗に切断されており、その切断面の美しさにぞっとしてしまう。
ウィルケドスが二人の元に歩み寄り、収めた大剣を二人の前に掲げる。
「<聖遺武具>が一点、<剣>。今生の名は<絶一閃>と申す」
ウィルケドスが厳かに名を述べる。
掲げられた大剣は、直刀で両刃刀だった。柄まで含めたら向日葵の身の丈とほぼ同じくらいあり、全体に白く銀に輝く美しい剣だった。
「見てもらった通り、この<絶一閃>はすべてのモノを容易に斬り裂き、あらゆる困難を切り崩す先駆の剣よ」
ラティニオスが<剣>について補足を述べる。
「――しかし、それはこの<剣>の人知を超越した能力の本の片鱗にすぎぬ」
ラティニオスは続ける。
「この<剣>はのう、生きておるんじゃ」
「……は?」
あまりのことに、大地が間抜けな声を上げる。
見かけにはただの剣にしか見えない。
いきなりしゃべりだすようにも、剣自体が脈打っているようにもまるで見えなかった。
「この<剣>は、自らが選んだ所有者と共に成長をするのじゃ。その成長には、上限は存在しておらず、所有者が望む限りいくらでもいつまでも成長をし続ける。故に、この<剣>は所有者によって固有能力がすべて違うのじゃ」
<剣>が陽の光を浴びて、白銀にきらりと輝く。
「<剣>の固有能力は『永久進化』。所有者によって姿を変え、振るう力を変え、所有者すら置いて天井知らずに成長し続ける武具なのじゃ」
◆
「<聖遺武具>は、長い歴史でほとんど失われておる。文献も、各固有が何なのか、英雄譚もほとんど残ってはいないのじゃ」
わずかに肩を落としながら、ラティニオスは続ける。
「今わかっている<聖遺武具>は全部で三つ。ウィルケドスの<剣>に、アモルトス王国当代女王であらせられる、フェーリ・アルトゥス・アモルトス女王陛下の<斧>、そして主要八ツ国の一国である【賢者の国】、その主――通称<賢者>が持つ<杖>の三点じゃ」
ラティニオスが大地と向日葵を前にそう説明する。
「聖遺武具の力は絶大にして超越。その力は、地形すら変えることはすでに証明されておる」
「なるほどな」
と大地が難しい顔でうなずく。
「ん、となると、このアモルトス王国には二つの<聖遺武具>があるのか?」
「然り」
思いついたように呟いた大地の言葉に、ラティニオスが頷く。
「故に、というか当然の帰結と言うべきか、我が王国は他国からあまり軍事的な理由からよく思われておらんのじゃ」
ラティニオスは長い髭を撫で、遠くの空を眺める。
「お主らの召喚には非常に膨大な魔力が必要での、今王国のめぼしい魔術師は使えぬ状態にある。故に、現在王国は弱体化してしまっての、そこを付け込まれそうになっておるのよ」
ラティニオスが視線を二人に戻す。
鷲の眼が獰猛にぎらつく。
「この王国の混乱に乗じて、現在北の覇者【グラン連邦】が我が王国へ向けて兵を差し向けておるのじゃ。幸いにして、今はまだ戦端は開かれておらぬようじゃがの」
「はあ!?」
大地が驚愕に言葉を荒げる。向日葵も今まさに戦争がはじまりかけていると聞き、動揺を隠せないでいた。
そんな二人を見て、ラティニオスは好々爺の笑みを浮かべた。
「安心せよ。今その戦地には、我らが女王陛下がおられる。女王は誰にも、何者にも決しては負けはせぬ」
言葉だけ聞けば、それは願望じみた言葉と受け取れる。しかし、大地も向日葵も、ラティニオスが確信を持って『誰にも負けない』と言っているのだと感じられた。
とはいえ、それで安心できたかと言えば、戦争を知らない向日葵には無理だった。不安から身をよじる。
ふと向日葵はあることに気づく。
それは戦争のことではなく、先ほどのラティニオスの<聖遺武具>についての矛盾点だった。
「ちょっと待ってください」と向日葵が手を挙げる。「長い歴史の中で失われたはずの<聖遺武具>が、何故地形を変えることが証明されているのですか?」
向日葵の質問に、ラティニオスは嬉しそうに目じりの皺を増やした。
まるでできのいい生徒を前にして喜ぶ老師のように、ラティニオスは説明を続ける。
「それはの、五十年ほど前に愚かにも【賢者の国】に戦争を仕掛けた国がおったのじゃ。その時に【賢者の国】の主であり、<賢者>と呼ばれる<聖遺武具>の所有者は、その手にした<杖>で単身数万の軍勢と相対し万の屍の塔を築きあげ、山を一つ消し飛ばし、湖を干上がらせ、野原を谷に変えてしまったのじゃ」
ごくり、と知らず唾を飲込む音がした。
向日葵と大地との間に、重苦しい沈黙の帳が降りる。
「また<杖>の所有者である<賢者>には、その絶大な力とは別に、その固有能力により逆らうことが基本的にできぬのじゃ。故に、【賢者の国】には、正確には<賢者>には絶対に触れてはならぬのよ」
そして、ラティニオスはいっそ清々しいとばかりに呵呵と笑った。
「さて、ではそろそろ王城に戻って」
とラティニオスが言いかけた瞬間。
「宰相さまァ! やーっと見つけましたよ!」
怒りに満ちた女性の怒号が修練場に響き渡った。




