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太陽と大地に咲く向日葵 ―異世界英雄譚―  作者: 灯月公夜
第一幕 【来訪者は血を流し決意を胸に抱く】(第一部)
11/48

10.生きてるよ


「アモルトス王国騎士団団長、ウィルケドス。遅ればせながら、只今馳せ参じました」


 ウィルケドスはそう名乗りながら僅かに目を細めた。

 いない。

 そして、後方に見える、青黒い血だまりの中にあるおびただしい量の鮮血。それが何も間に合っていないという事実を示していた。

 すでに召喚はなされた。多大なる犠牲を払ってまで〈巫女〉を召喚したのだ。失敗は許されなかった。

 だが、〈巫女〉が無事であるのならば紙一重で世界は救われる。〈巫女〉の眷属たる存在が一つ欠けようとも、それは初めから難度が上がっただけに過ぎない。それだけだ。


「あ、あんたは……」


 両腕を折られている少年が口を開く。その目はウィルケドスの顔を凝視というほど見つめており、やはり些か気持ちの良いものでなかった。


「何者、なんだ?」


 固い声音だった。

 しかし、内心でウィルケドスはほくそ笑む。この状況下を考えればそれも当然。しかし、少年の瞳はウィルケドスから見ても闘志が宿っていた。まるでこちらが敵だと分かったら、両の腕が折れているなど問題にならないと言っているようだ。

 これは良い〈矛〉になる。

 ウィルケドスは少年に差しだしていた手を降ろし、片膝をついて頭を垂れる。突然のことで少年はしどろもどろになっていた。

 やはり青い。この程度で心を動かすなど。

 しかしそんな感想をおくびにも出さず、ウィルケドスは恭しく口を開いた。


「勇者さま、どうかこの世界をお救いください」



     ◆



「勇者さま、どうかこの世界をお救いください」


 狼男――ウィルケドスが跪いてそう言った。大地は次から次へと起こる展開に頭がバカになりそうだった。

 勇者さま? 世界を救ってくれ? こいつらはバカか。

 それが大地の一番最初に思ったことだった。

 そんな大地に構わずウィルケドスは続ける。


「この森は大変危険にございます。どうか、我々と共に王都までお越しいただけませんか?」

「王都、だと……?」

「左様にございます」


 大地は強烈な眩暈を感じた。いきなりのことで脳みその処理がバグりそうだ。

 見たこともない怪物に襲われたかと思ったら、次はリアル狼男が現れて、今度は世界を救う勇者だとか言われて王都に来いときたもんだ。頭がおかしくなりそうだった。

 思わず呟きが漏れる。


「どこなんだ、ここは」

「アモルトス王国の【屍鬼しきの森】でございます」


 アモルトス王国。聞いたことも見たこともない国名だ。そもそも大地の記憶では、『王国』と名のつく国はイギリスしかない。それになにより王都やらがある国の人間と日本語でまともに会話できている時点で意味が解らなかった。


『今思うとあれは……魔方陣、だったのかも』

『魔方陣? なんだそりゃ。まさかお前、あの現象は魔法のせいだっていうのかよ』

『魔法なんてあるわけねえだろ。マンガじゃあるまいし』


 太陽との会話が脳内で再生される。

 何をバカなと一蹴したことが、急激に現実味を帯び始めす。

 大地はそこではっとなる。


「お、おいっ! 頼みがある!」


 大地は猛然と狼男、ウィルケドスへ駆け寄る。


「太陽が! 俺のダチが崖底に落ちたんだ! 頼む、あいつを助けに行ってくれ!」

「しかし……」


 案の定、ウィルケドスは当惑した様子を見せる。その様は明らかに太陽の存命を疑問視しているようだった。


「頼む!」


 大地は両膝を折り、頭を地面にこすりつける。


「あいつは絶対に生きてる。こんなところで死ぬタマじゃねえんだ。だから頼む、あいつを探しに行ってくれ!」


 懇願を繰り返す大地。騎士団側全体が困惑で浮ついた空気を醸し出す。

 騎士団の一人がウィルケドスに耳打ちをする。何度かの短いやり取りの末、ウィルケドスが顔を歪めながら口を開いた。


「勇者殿。あそこの崖はとても深く、通常ではほぼ確実に――」

「生きてる」


 不意の声に、その場にいた誰もがぎょっとした顔を浮かべる。


「太陽くんは、生きてるよ」


 その声主――向日葵は、しかし確固たる確信を秘めた声音で言い切った。

 騎士団に動揺が生まれた。ウィルケドスは部下をさっと見回し、三本の指を立てて崖を指さす。

 その合図を受け、六人のうち三人がすぐさま動き始めた。


「かしこまりました。〈巫女〉さまのお言葉とあらば、我々は信じて太陽殿を救うべく全力を尽くしましょう」


 その回答に、大地は全身から力が抜けていくのを感じた。

 生死が問われた緊張がほぐれ、今まで感じていなかった疲労がどっと、まるで鉄砲水のように噴き出す。


「あ、」


 そしてそのまま、大地は倒れるように意識を失った。

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