09.狼
◆
「い――っやああああああああああああああ!」
絹を裂くような向日葵の悲鳴。それを耳にして、大地はようやく目を見開く、
すると、大地の網膜に胴体に深い風穴を開け、崖の方へ飛んでいく太陽の姿が映し出された。
糸の切れたマリオネットのように宙を舞い、奈落の底へと落ちていく太陽。そんな現実感皆無な映像を。大地は完全に思考を停止して唖然と眺めていた。
落ちる。消える。
太陽が崖の縁から完全に見えなくなる。
カッ、と目の奥で何かが弾けた。
「があああああ!」
雄たけびを上げる。奥底から何かがマグマのように吹き出し、視界を赤紫に染め上げる。
ちくしょう。ちくしょう!
大地はなんとか起き上がろうともがく。しかし完全に真っ二つに折られた腕はいうことを一切訊かず、少し動かすだけで激痛が走った。
大地は血が出るほど歯を食いしばる。なんて体たらくだ。クソが。
「うがああああああああああああ!」
大地は起き上がろうともがいた。
ふと、陽が陰る。
無意識に視線を上に上げると、怪物が右腕を高々と掲げていた。
五つの鉤爪が、太陽を貫いた鉤爪が、陽に照らされて赤いぬめりが反射して見えた。
それをただただ呆然と眺める。横では壊れた人形のようにただ崖を見つめて微動だにしていない向日葵の姿があった。
死ぬんだ。
諦めが心を支配しようと触手を伸ばす。諦めた方が楽だと悪魔が蠱惑的に囁く。
「……冗談じゃねえ」
触手を引きちぎり、悪魔を切り刻む。
俺は諦めない。太陽だってきっと生きてる。俺は絶対に諦めねえ!
「ぐおっ!」
激痛を無視して、上体を起こす。屈んだ状態で二本の足で地面に立ち、ばねを利用して大地は怪物にタックルをかました。
「ぐっ」
怪物は肉の絶壁のように、びくりともしなかった。反動で軽々しく後方へ吹き飛ぶ。それでもなんとか倒れずに地面に立ち続けた。
「……絶対諦めねえぞ」
大地が瞳孔のない紅い瞳を睨みつける。
「てめえをぶっ殺して、俺は太陽を助けに行くッ!」
大地は再びタックルをかまそうと、怪物へ向かって駆けだした。
それを狂喜の雄たけびを上げて歓迎する怪物。
そして。
ニタリと嗤った怪物の頭が、
飛んだ。
◆
「…………は?」
青黒い血飛沫があがった。
それを大地は頭から被ってしまう。生臭い耐えがたい異臭が辺りを満たした。
意味が何一つ解らなかった。
駆け出した瞬間、本当にその瞬間怪物の頭部が胴体から跳ね飛んだのだ。理解できる方がおかしい。
大地はただただ唖然とした表情のまま、未だ噴水のように青黒い血しぶきを上げる怪物の血液を浴びていた。
「間一髪でございましたな」
不意に壮年の男性の声が背後から聞こえてきた。
大地は後ろへ振り返る。
そこには七人の騎馬に跨った集団がいた。
そのうち六人は顔を見えないほど鎧でフル装備している。
そんな中で、ただ一人唯一軽装備の男が騎馬を大地の方へゆっくりと動かし始める。
ただただ大地は、その壮年の男性と思われる人物を唖然と見つめていた。
「アモルトス王国騎士団団長、ウィルケドス。遅ればせながら、只今馳せ参じました」
そして、その人物はそう名乗り、騎馬から降りて大地に手を差しだす。
大地が目を白黒させて凝視していたその頭部は、蒼い毛並みをした狼のそれだった。




