触る者みな傷つけた
「なぁ、鈴木くん。少し相談に乗って欲しいことがあるのだが」
バイト帰り、俺はバイト先の先輩である霧島涼子に話しかけられた。
「嫌です」
そう言って立ち去ろうとする俺の腕を霧島先輩が掴む。
「ちょっと待ちたまえ鈴木くん。いや、ここはあえて鈴木祐司とフルネームで呼ばせてもらおう。いくらなんでも決断が早すぎないかね。そんなすぐにフラグを折らなくてもいいだろう。もう少し考えても良さそうなものだ。最近の若者は、狭い日本そんなに急いでどこに行くの精神を忘れてしまったのかね」
年寄り臭いことを言っているが、彼女は高校二年。俺の1つ上の先輩だ。
黒のショートヘアーに、銀縁メガネのどこにでも居るようなメガネっ子タイプ。まぁ、見た目はそこそこ可愛いのだが、いつも無表情で何を考えているか良くわからない。特に勘に触るのがこの喋り方だ。
「……うぜぇ」
思わず本音が声に出る。
「ちょっと待った鈴木くん。今もしかして『うぜぇ』とか言わなかったかい? 仮にも女子であり先輩でもある霧島に向かって『うぜぇ』は無いと思うんだ。もう少しパンに塗るバターのように優しく取り扱ってくれても良いと思うぞ」
うちはマーガリン派なんで。ガリガリやっちまうんで。
俺は、露骨に嫌そうな顔を見せると、ハァとため息をついた。
「って言うか、霧島先輩と話をしていると疲れるんですよ。どーでもいい話を延々と喋って、おまけになんか回りくどい表現で喋り方も変だし。俺的には時間を有効に使いたいんで」
「鈴木くん、もう少し言葉はオブラートに包むべきだと思うんだ。こう見えても霧島のハートはガラスなんだ。もうだいぶ砕けちゃってるよ。コナゴナのバラバラだよ。君のジャックナイフみたいな物言いは、霧島だけではなく触るものみな傷つけると思うんだ」
そう言っている間も、霧島先輩は俺の腕を固く掴んで離そうとしない。どうやら、彼女の話を聞かない限り帰れそうもないようだ。
俺はボリボリと頭を掻き毟ると、ハァとため息をついた。
「で、用件は何ですか」
その言葉に、一瞬だけ霧島先輩の眉が動く。
メガネをクイッと上にあげ、霧島先輩が言った。
「帰りに買おうと思っているたい焼きなんだが、中身をアンコにするかクリームにするか悩んでいるんだ」