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不器用で不格好な恋愛初心者に送る愛の歌  作者: きくぞう
第一章 隠れオタクの恋愛模様
8/14

 オタクの私にだって、世界はこんなに光り輝いている

 そして終業式の日。

 この日が終われば、私たちには楽しい冬休みが待っている。だがその前に、私はクリアしなくてはならない関門があった。クラスの忘年会だ。

 みんなで会場となるカラオケボックスへと向かう。全くもって気乗りしない。足取りが重い。やめたい。帰りたい。

 そして、現地について私は初めて知った。ここは、私と矢萩君が良く行っていたカラオケボックスであることを。気乗りしなかった私は、会場のことを良く確認していなかったのだ。

 せめて部屋が違えば……。

 そんな私の想いと反し、ランダムで振り分けられた部屋には矢萩君が居た。なんという神のイタズラ。しかも自分の隣の席に彼が座るとか、全くもって空気を読んでくれない。


「さっそく歌おうよ!」


 由梨香も同じ部屋になり、みんなに飲み物を注文しろだの、曲を入れろだの指示を始める。こう言う時、仕切り屋である彼女が居るのは頼もしい。

 クラスメイトたちが各々歌い始める中、私の意識は隣に座る矢萩君に集中していた。

 やがて彼の歌う順番が来た。矢萩くんの入れた曲は、彼の18番でありアニメ『田中やすしの憂鬱』の主題歌である『ベルトコンベアーに流されて』だった。

 いつも通り、彼の熱唱が始まる。


「なんだ、アニソンかよ。オタクは空気読めねぇな」


 クラスメイトの野次に私はイラっとした。

 なによ、矢萩くんのこと何も知らないくせに!

 だが、矢萩君は気にした様子もなく歌い続ける。

 アニメソングではあるが、思い切りの良い彼の歌い方と、実は美声の持ち主である歌声に、最初は野次を飛ばしていたクラスメイトたちも思わず聞き入り黙りこくる。そして、彼が歌い終わった時は拍手喝采が巻き起こっていた。


「すげーな矢萩! めっちゃ歌上手いじゃん!」


「ほんと、アニソンだと思って私、正直馬鹿にしてた。こんな聞かせる歌もあるのね!」


 口々に褒めるクラスメイトたち。ちょっと照れくさそうにする矢萩くんを見て、私はまるで自分が褒められたかのように嬉しかった。


「はい、次は恵の番よ」


 そう言って由梨香がリモコンを手渡してくる。

 私は、いつも通り当たり障りの無い曲を入れようとした。その時だった。


――君は僕を傷つけたことよりも、自分が傷つくのを恐れたんだ。君は卑怯者だよ。


 突然、私の頭の中で矢萩君の言葉が蘇った。

 私は今、何を入れようとしたの? それは私が本当に歌いたい曲なの?

 矢萩君は自分の歌いたい曲を入れ、それがアニソンだと言うのに、みんなに認められた。そう、彼はいつも自分がオタクであることを隠していない。それどころかオタクであることに誇りを持っている。それに比べて私は体裁ばかり気にして本当の自分を隠して……。

 こんなんじゃ彼に嫌われて当然よ。

 私は後ろの方までページをめくり、素早く番号を入力した。


「魔法インド少女ナマステ……?」


 隣に座る矢萩君が驚いた声で呟く。そして私を見た。


「一ヶ月ぶりだね、私を見てくれたの」


 私はニコリと微笑むとその場に立ち上がる。そして熱唱した!


「インドの国からナマステ~♪ 悪い奴らはゴーダマステッキで天罰テキメン♪ ダイバダッタの率いる悪の軍団やっつけろ~♪」


 アニソンを熱唱する私に、クラスメイトたちがポカンとした表情を浮かべる。

 私は気にせず歌い続ける。

 矢萩くんも認められたんだもの、私だって!

 と、その時、矢萩君が別パートを歌い始めた。

 驚いた私は矢萩君を見つめる。

 矢萩君はグッと親指を突き出し、そしてニッコリと微笑んだ。

 矢萩君……!

 息のあった二人の歌声に、最初は驚いていたクラスメイトたちも一緒になって歌い始めた。まるで一つになれたような一体感に、私は我を忘れて歌い続ける。そして、歌い終わった時、


「イヤッホーッ!」


 ノリに乗ったみんなの楽しそうな声が部屋中に響き渡った。

 アニソンって……アニソンって最高!

 私は矢萩君に向き直る。


「矢萩くん……矢萩くん……私、ごめ……」


 そこまで言いかけた私に向かって、矢萩君はズイッと何かを突き出した。それは、1ヶ月前に注文していた『魔法インド少女ナマステ』の限定フィギュアだった。


「これ、僕から君へのクリスマスプレゼント。俺の方こそゴメン。言い過ぎたよ」


「矢萩君……」


 心の底から湧き上がる感情に、私は涙を抑えることができなかった。

 私は……、川島恵は……、矢萩君のことが……、


「大好き!」


 みんなが見ている前で、私は臆面もなく矢萩君を抱きしめる。

 私の腕の中で硬直する矢萩君。

 おおっと言う周りの驚く声が聞こえてきたけど私は気にしない。

 私はもう隠さない。自分がオタクだということも、矢萩君の事が大好きだと言うことも。もっと正直に、自分らしく生きてみようと思う。だって、オタクの私にだって、世界はこんなに光り輝いているのだから。


~隠れオタクの恋愛模様~ 完

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