一生に一度はやってみたいこと。代官が女の帯をくるくると回すアレ
「お願い! 私がアニメを見てるってこと、内緒にして! 誰にも言わないで!」
私は手を合わせて矢萩君に懇願する。
「さぁて、どうしようかなぁ~クックック」
矢萩くんは邪悪な笑みを浮かべ、まるで品定めをするかのように私の体を見た。
ああっ……。私はとんでもない奴に弱みを握られてしまった。
「へっへっへ。バラされたくなければ、大人しく俺様の言うことを聞くんだなぁ!」
「あ~れ~」
そんな「お許しになってお代官様」のようなシチュエーションが頭の中に浮かぶ。きっとこいつは、私の弱みを握ったことをいい事に、あれこれと18禁雑誌もびっくりな猥褻なことを強要してくるに違いない。ああっ、私ってばどうしたらいいの?!
「なーんてね、冗談だよ。誰にも言わないさ」
そう言って、矢萩くんはニッコリと笑った。
思いがけない彼の一言に、私はきょとんとする。
「誰だって、自分の秘密とか言われたくないよね。その気持ち、よく分かるよ。大丈夫。誰にも言わないから安心して」
そう言って、彼は伝票と荷物を持ち立ち上がった。
もしかして、こいつ良い奴?
会計を済ませ、私たちは店の外に出る。
「あ、そうだ」
何かを思い出したかのように、彼は私に向き直った。
「一箇所だけ付き合って欲しい場所があるんだ」
ほらきた!
こいつの言う付き合って欲しい場所なんて決まってる。私たち学生が絶対に立ち寄っては行けない場所。休憩¥3,900とかそう言う如何わしい場所に違いない。だけど、拒否したら私の秘密をバラされるかもしれない。ああっ、どうしたらいいの?! 助けてナマステちゃん!
そんな葛藤しながらやってきた場所は。
「どこまでも~続く~ベルトコンベア~♪ いつまでも~終わらない~流れ作業~♪」
ここは駅前のカラオケボックス。
今、私の前では矢萩くんが『田中やすしの葛藤』の主題歌を熱唱している。そして私は、マラカスを振りまくりノリノリだった。
「いよっ! 工場長! 最高!」
合いの手まで入れて、いったい私は何をやっているのだ。
だが……最高に楽しい!
今まで友人とカラオケボックスに来ても、愛だの恋だの好きだの嫌いだの、まるっきり中身の無い歌謡曲ばかり歌っていた。内心は思いっきりアニソンを歌いたい、そう思っていたが周りの目が気になって歌うことができなかったのだ。
「ホラ、次は川島さんの番だよ」
そう言って矢萩くんがマイクを渡してくる。
画面には、私が歌いたくて歌いたくて仕方なかったアニメソング『魔法インド少女ナマステ』の主題歌が表示されていた。
マイクを受け取った瞬間、私の中で何かが弾けた。
「インドの国からナマステ~♪ 悪い奴らはゴーダマステッキで天罰テキメン♪ ダイバダッタの率いる悪の軍団やっつけろ~♪」
熱唱だった。
心の底から私は魂を込めて歌っていた。
ああっ。なんて楽しいの! こんなに思いっきり歌ったの、もしかして初めてかもしれない。
コーラス部分では矢萩くんも参加し、魔法インド少女ナマステは大いに盛り上がった。
その後も私たちは、昔のアニメソングから最近のまで歌いまくり、気がつくとあっという間に2時間が過ぎていた。
「お疲れ様」
カラオケボックスの外で、矢萩くんが話しかけてくる。
夢のような時間だった。
私は、力なくコクリとだけ頷いた。
矢作くんがニコリと笑う。
「どうやら完全燃焼できたみたいだね、川島さん。なんだかフラストレーション溜まってそうだったからさ」
その言葉に、私はハッとする。
もしかして矢萩くん、いつもオタクであることを隠してストレスが溜まっている私をスッキリさせるために誘ってくれたの?
「じゃあ、僕はここで降りるから」
帰る途中の電車で、矢萩くんがバイバイと手を振った。
なんだろう、この気持ち。
凄く楽しかったはずなのに、なんだか凄く寂しい。
まるで祭りが終わった後のような喪失感に、私の胸がキューッとする。
「よ、良かったら!」
電車を降りようとする矢萩君に私は声をかけた。
矢萩くんが振り返る。
「また一緒にカラオケに行こ!」
私の精一杯の言葉に、矢萩くんはニコリと微笑んだ。