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不器用で不格好な恋愛初心者に送る愛の歌  作者: きくぞう
第一章 隠れオタクの恋愛模様
4/14

 飯田陽炎監督作品に突っ込んだら負けと言う風潮

「でね、その時彼女の師匠であるブラフマンがこう言うんだ『お前もシッダルタのようになれ』ってね。誰だよそれっ! って突っ込みたくなるけど、ここで突っ込むのは素人さ。このアニメさ、突っ込みどころ満載でいかにそれをスルーするかが問われるんだよね。新しいジャンル『ツッコミアニメ』を開拓した功績は大きいと思うよ」


 昼食がてらに入った近くのファミレスで、矢作くんは熱弁をしている。

 私は食後のコーヒーを飲みながら、彼の話に耳を傾けていた。


「恐らく、これ以降は似たようなジャンルが乱立されるんじゃないかな。前から監督の飯田陽炎いいだかげろうはキラリと光る何かを持っているなと思っていたけど、今回の作品で完全にその才能を開花させたね」


 飯田陽炎監督の作品は私も好きだった。

 前作の、新宿歌舞伎町のゲイたちの日常を描いた『ゲイの森』も反響を呼んでいたし、ネジ工場の工場長の悩みを描いた『田中やすしの葛藤』も大きな話題となっていた。もちろん、両作品ともDVDBOXで持っている。


「彼の作品の何が良いかって、その薄っぺらい設定なんだよね。ネットで調べただけの情報を使って、さも緻密な取材の元に作りましたってな感じで始まるんだけど、見れば見るほどボロが出てくる。でも、それを突っ込んだら負け! みたいな世界観を作り出したのは、ある意味凄いことだよね」


 ハッ。そ、そうなのか……。私は毎回突っ込むのを楽しんでいた側の人間だった。そんな風潮が流れていたとは全く気がついてなかった。やはり、ネットで情報を集めないとだめだなぁ。


「炎上商法ってあるじゃない。わざと批判を受けるようなことをやって、反響を起こさせて、興味を持たせるという。あれに近い感じなんだよね。『田中やすしの葛藤』がさ、あまりにも酷い工場の設定に、最初ネットで凄い叩かれたんだよ。でも、作品を良く見ると、それを狙ってやってることに気がつく。実は、飯田陽炎の手の平で回されていたんだってね」


 『田中やすしの葛藤』が叩かれていたのは、私も見たことがあった。って言うか、それで興味を持ってレンタルビデオ屋で借りたのがこの作品と出会うきっかけだったのだ。そして見て思ったのだ。なんて面白いアニメなんだろうと。

 当初は、このアニメがあんなに叩かれる理由が分からなかった。世の中には、この作品の良さが分かる人は少ないんだなぁと一人悲しい気持ちになったこともある。だが、まさかそれも全て飯田陽炎の策だったとは……。ぎゃふん。


「……ねぇ、川島さん」


 神妙な面持ちで矢萩くんが私を見る。


「さっきから僕一人で喋っちゃってるけど、こんな話聞いてて楽しいの?」


 楽しいに決まってる!

 と言いたいが、そこはグッとこらえ、私はコクンとだけ頷いた。

 矢作くんは腕を組むと私をジッと見つめた。何かを考えている様子。な、なんだろう。私、何か変なことを言ったかな。って言うか、この店に入ってから一言も発して無いからそれは心配ないはず。

 矢作くんはゴソゴソと足元の痛袋を漁り始める。そして、おもむろにテーブルの上にそれを出した。


「これなんだけどさ……」


 そこには、夢にまで見たゴーダマステッキがあった。初回限定品として付いている全身可動可能のナマステちゃんフィギュアも見える。

 私は目をキラキラと輝かせて、魅入るようにゴーダマステッキを見つめる。

 そんな私を、矢萩くんはジッと見ていた。

 い、いけない!

 私はサッとゴーダマステッキから視線をそらす。だが、どうしても気になってしまう私は、チラリと横目でゴーダマステッキを見た。

 矢萩くんが、ゴーダマステッキを持ち上げた。私の首がそれを追いかける。さらに横、下と円を描くようにゴーダマステッキを動かす矢萩くん。私は、まるで猫のようにぐるぐると首を動かした。


「川島さんって、もしかしてナマステを見てる?」


 見てる! あんな面白いアニメ、見ない方がおかしいわっ!

 そう言って激しく同意したいところだったが、私の余計なプライドがそれを邪魔する。


「み、見てるわけないじゃないの! アニメだなんてあんな低俗なもの! 私をアンタ達みたいなオタク連中と一緒にしないでよね!」


 言ってすぐに私は後悔した。

 本当は、もっと魔法インド少女ナマステの話がしたい。大ファンの飯田陽炎監督の話もしたい。他にも『缶コレ』とか『とある狸の皮算用』とか、話したいアニメはいっぱいあるのだ。なのに私ったら余計な意地を張って……。


「そっかぁ、残念だなぁ。もし川島さんがナマステのファンだったら、ファンのよしみとして、この『ゴーダマステッキ初回限定盤、ナマステフィギュア全身可動付き』を譲ってあげようと思ったのに……」


「譲って! お願い!」


 思わず私は矢萩くんの手を掴んだ。

 そして、すぐにハッとする。

 私を見る矢萩くんがニヤリと笑った。

 この瞬間、私は悟った。

 私は彼に、とんでもない弱みを握られてしまったのだと言うことを……。

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