ヨガを極めたダルシムなら、あの決めポーズも可能
彼曰くぽっちゃり系。自他共に認める生粋のオタクである矢萩大作くんの格好は目を見張るものがあった。
頭に巻いた青いバンダナに、ばかでっかくプリントされた『萌え』Tシャツ。その上には、オタクの代名詞とも言える青いチェック柄のYシャツを着ている。そして、両手にはアニメキャラの絵がプリントされた痛い紙袋。
どっからどう見ても私はオタクですと言える彼の潔い秋葉スタイルに、私は驚きと感動、それと同時に尊敬の念が湧いていた。
汚れない瞳で彼は私を見つめている。彼の瞳に迷いは無い。オタクであることをひた隠しにしている私に比べて、彼はオタクライフを満喫している。なんて清々しいのだろう。彼は今、充実と言う名の後光を浴びて光り輝いていた。
「ど、どうしたの川島さん。ボーッとして」
矢萩くんの姿に魅入っていた私は、彼の声でハッと我に返った。
「いや、たまたま通りかかっただけで……」
その時、私の目に彼の紙袋の中身が飛び込んできた。そこには、私が今この世で一番渇望している物『ゴーダマステッキ初回限定版』があったのだ。
ゴクリと喉が鳴る。
「そ、それ、どうしたの?」
思わず私は聞いていた。
私の問いに、彼はニカリと満面の笑みを浮かべる。
「ふっふっふ。これに目をつけるとは、川島さんも中々お目が高い。これはね、今テレビで絶賛放映中の美少女アニメ『魔法インド少女ナマステ』に出てくる『ゴーダマステッキ』さ。今日はこれの発売日でね。初回限定版を4つ予約していたんだけど、ホラ見てよこの人だかり。これ、全部ゴーダマステッキを買いに来た奴らなんだぜ。ホント、予約しておいて正解だったよ」
知ってる。私もそのうちの一人だから。予約してなくて失敗だったわ。
って言うか、4つもゴーダマステッキを手に入れたの!? ちょっとあんた、欲張りすぎなんじゃないの?! 1つくらい私に譲りなさいよ!
ギロリと矢作くんを睨むが、サングラスに阻まれて私の目力は彼には届かない。って言うか、彼は熱弁を振るっていて私を見ていない。
「彼女はこのステッキを使って魔法少女に変身し、『ダイバダッタ』率いる悪の秘密結社『カピラヴァストウ』と戦うんだ。その戦いがまた熱いのなんのって……」
熱弁を振るう彼に、私は賛同の意味を込めて激しく首を振る。
ああ、私が渇望していたアニメ談義がここにある。今すぐにでも「そうよね! 特にあのヨガの奥義を決める時の決めポーズ! ヨガを極めたダルシムでも無けりゃ、あんなポーズはできないってーの! って突っ込みをするのが毎週毎週楽しみで仕方がないの!」と叫びたい。
だけど、私にはその勇気が無かった。彼に私がオタクであることを知られるのが怖かった。彼は私と同じオタクだからさほど気にしないかも知れない。だけど、彼はその事実を周りに言うだろう。きっと周囲の人間は、私のことを奇異の目で見るに違いない。今までとは違った目で、まるで珍しい動物を見るかのように。私にはそれが耐えられないのだ。
「あっ、ごめんね。こんな話、川島さんにはつまらないよね。ついつい、一人で盛り上がっちゃって……」
違うの。とっても楽しい話だった。
「じゃあ、僕はそろそろ行くね。川島さんも買物かな? 楽しんできてね」
待って。もっとあなたと話がしたい。
「え?」
去ろうとする矢萩くんの手を私は無意識に掴んでいた。
驚いた表情の矢萩くん。
こ、この手をど、どうしよう。
「あ、あの……」
固まっている矢萩くんに、私は意を決して言った。
「良かったら少し、お茶でも飲まない?」
川島恵16歳。人生初めてのナンパであった。