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第3話 炎の男

生徒たちはいつの間にかリーダーとなってしまった十神の元に集まる。


「……十神さん。私達はどうなっちゃうんですか?」


ソロモンは人外の力を持っていて、それでもほんの僅か前には同じ生徒だったのだ――どう接していいのかわからない。

そして、取り巻きも不気味だ。

彼を崇拝する異能者たち。

彼らが人間であるのは、その形だけ。

いや――形ですらも人間でないものすら。


「武田君か。どうやら、彼らは強い力を持っているようだ。彼らに守ってもらうしかない」


声をかけたのは武田彩華という少女。

彼女も生徒会の一員なので十神とはそこそこに気心も通じている。

しかし十神自身ですらも不安なこの状況下では不安な顔を隠し切れない。

とりあえず異能者たちに頼るしかない。

あのよくわからない男とその仲間。

ボスは元々同じ学園の生徒だったらしいが……


「まずは状況を整理しよう――君たち」


十神が集まった生徒達に声をかける。

騒がしくはならない。

それは十神のリーダー気質のゆえか。

それともおかしな状況が続いて騒ぐ元気すらも無くなってしまったか。

十神は覇気のない様子に眉をひそめる。


「僕の名前は十神清四郎と言う。生徒会長だ。皆のもの、まずは名前を教えてくれ。それから今後のことについて考えよう」


十神の要請により、それぞれが名前を名乗る。

彼はじっと顔を見つめる。

皆が皆、追い詰められて不安そうな顔をしていた。

そんな彼ですらもじりじりとした焦燥に苛まされている。

そこにいるのはたったの7人。

全生徒数は451人もいたのに。


大柄で人の良さそうな斉藤(れん)

ひょろひょろでへらへらした伊藤誠人。

あまり運動神経のよくなさそうな近藤俊之(としゆき)

髪が長くて表情のよく見えない加藤純一。

学園一うつくしいと言われる天野美月。

鋭い目をした佐々木小夜(さよ)

この状況でもなお携帯を弄っている雛崎優衣。


四人の男子と三人の男子。

これに生徒会の二人を加えて九人の人間。

数の上では悪魔騎士団よりも上。

けれどそんなことは何の慰めにもならない。


「わかった。ここにいる9人と彼ら以外に校舎には生存者が居ないのか?」

「あー。たぶん、いないっすねー」


軽薄な言動のこの男は伊藤誠人。

立っているだけでクズさが溢れる不良だ。

この状況であるというのにニヤニヤと笑っている。

言動にも誠実さの欠片もない。


「君たちもそう思うか?」

「少なくとも、回りにいた人たちは皆殺されてしまったわ。助けられただけでも運が良かったのかしらね」


こちらは気の強そうな女。

先ほど名乗った名は佐々木小夜。

青い顔の中で鋭い目が光る。


「なるほど、怪我をしている者は?」

「アタシは怪我してない。きっと皆も苦しい暇もなく逝けたと思うわ」


それぞれに首を振る。

どうやら、まず医療品を求めに奔走するような自体は避けられたらしい。

そのために生存者が少なかったのだから、良いと言うことはできないだろうが。


「この事態はおそらく空が黒く染まった時から始まっているのだろう。なにか知っているものはいるか?」

「――いや、知らない。だが、あいつらはどうなんだ? いかにもなにか知ってますといった風だが」


生徒はひそひそと話し始める。

さすがにこの状況で騎士団を疑わない訳にはいかない。

助けてくれたとはいえ、自作自演の可能性がある。

今も生徒の様子などお構いなしに自分たちで集まって話している。

そして盗み聞きする勇気もない。


ただ、彼らの話していることを一言で言うなら自慢話だった。

いや、呑気なわけではない。

設定と実際の騎士たちが食い違っていないか調べているだけ。

けれど、自らの半生を話せなんて崇拝する主人に言われたらそうならないわけがない。


「いや、彼は何も知らないと言っていた。それに、あまりしつこく聞き過ぎるのもいけないだろう」

「そりゃ、そうね。怒らせたらどうなるか分からないし――あんな化け物がうじゃうじゃといるんじゃ、あいつらが生命線だわ」


明るく話している騎士たちと違い、生徒たちはどこまでも暗くなるしかない。

これからのことを話していても、どうしても影が堕ちる。


「だが、彼らに頼り切りになりたくもないのだがな」

「そんなこと言っても、この中に異能持ちなんていないわよ。あったら、あいつらの世話になる必要もないんだし」


十神と小夜はめげずに建設的な意見を交わす。

この状況でこうできるとは、中々の豪傑。

世界が狂わなければ人の上に立てたろう。


「うぜってえんだよ、お前ら。グチグチとくっちゃべりやがって、やる気ねえんなら俺様が仕切ってやるぜ」


伊藤が口を挟む。

こっちはもう――お決まりの不良。

そもそも議論というものに馴染まなかったようだ。


「おい、お前ら。俺について来い、あんな訳のわからない奴らよりも俺の方がいい目を見せてやるぜ」


虚勢を――いや、この男はいつもこうだろう。

だからこう言うほうが正しい。

根拠のない自信を持って兄貴風を吹かせた、と。


「馬鹿を言うな。君には化け物を倒す力があるというのか?」


十神は冷静にツッコミを入れる。

馬鹿が……! とその眼は言っている。


「うぐ……っ! そ、そんなものはあいつらを騙くらかしゃあいい話じゃねえか。どうせ、あいつらを操ってるのは山田なんだろ? あいつならいくらでも言うことを聞かせられ――」


更に根拠のない話を披露する。

それが、この場において何を意味するかも知らずに。


「グリモワール卿を愚弄する気かの? ならば、我が劇団の行進で灰燼とかしてくれようぞ」


いきなり口を挟まれた。

その言葉には底冷えするような怒気が含まれている。

――そう、怒気。

ハエを殺すのに殺気はいらない。

事前の卿の命令がなければ伊藤は玩具のように潰されてしまったろう。


卿が下した命令。

それは生存者の捜索と保護。

そして、人間に対する殺生の禁止。

騎士たちは人間の命など歯牙にかけない。

代わりに卿の下した命令には絶対服従である。


「やめよ、【死を歌う劇団】ムルムル。いきなりのことで気が動転しているのだろうさ。私は人間の言葉をいちいち真に受けるほど狭量ではない」


卿がとりなす。

彼女と言う異能者が近くに居ると言うことは普通人にはそう――心臓に悪い。

悪魔騎士団も人間とあまり仲良くしようという気持ちも持っていないことだし。

あまり関わらないという卿の選択は間違いではない。

正解では、ないとしても。


「さて、悪いが生徒会長。いや、十神と言ったほうが良かったのだったか。十神よ、とりあえずはショッピングモールに向かおうと思うのだがどうかな?」

「ショッピングモール? 確かに食料は必要になるだろうが、そこまで性急にならずとも」


卿が声をかけたのは他でもない。

このためだ。

とりなしなどする気はない。

そして、いくらムルムルが怒ろうと卿の命令を無視して人間を傷つけることはない。


すでに彼の中では人間側のリーダーは十神で、異能者側は自分だと決めてしまっている。

だから今後を二人で話す。


「いや、我らには食料を作ることも、水を浄化することもできない。そもそも我らはそんなものがなくても行動が可能だからだ。だが、君らはそうは行かない」

「水も食料も必要ない――? なら、あなた達は本当に人ではないのか……いや、それはいい。あなた達が何であろうとも、僕達に敬意を払い、助けてくれているのはわかる。だが、まずはじめに考えるべきことは、なぜ世界がこのようになったかを考えることではないのか? そして、見つけられるならば元に戻す方法を考えなければいけないのではないか?」


「なら、それの手がかりでもあったか? 少なくとも私に期待するのは無駄と言う他ないのだよ。私にもよくわかっていないのでな。それよりも、君たちをどのようにして生かすかが問題となるだろう。我らはこの世界でも死ぬつもりはないが――君たち脆弱で力のない人間はすぐに死ぬ。君たちを優先するのは間違っているかね?」

「――それは、その通りかもしれない。けれど……」


突如他から声が飛来する。


「そんなものは間違ってるね!」


その声はソロモンと同質。

状況に流され、先に何が待っているか不安に思う人間の声ではない。

この悪夢を己が力で切り開く人間。

自分に絶対の自信を持つ――異能者の声。


「君は?」


そこに立っていたのは常に人を睨んでいるかのような男。

苛烈な激情を秘め、焼けつくような敵意を発散する。

鮮烈な赤――彼は真っ赤に染められた学生服を着ている。


「人に名を尋ねるときは自分からってママに教わらなかったのかい?」

「――貴様」


人を喰ったかのような男に、騎士たちが臨戦態勢に移る。

主を侮辱するものを許さない従者の顔。

卿は手で騎士たちを制す。


「やめろ、我が騎士たちよ。それは失礼なことをした。我が名はソロモン。【時空使い】ソロモン・デモニア・グリモワール卿である」

「ああん? てめえ、何言って――いや、そういうのもおもしろそうか。なら、俺の名は【業火灰燼】のレッド様よ。覚えときな」


「では、レッド。君は私の何が間違っているというのかね?」

「てめえの態度さ。気取ったふりして、結局はそこのガキどもに媚び売ってんじゃねえか。俺らは異能を手にしたんだぜ? 俺らに逆らえる奴は誰も居ねえ」


「ふむ、ガキはどちらかな?」

「うっせえ! 俺はテメエみたいなすかした野郎が大っ嫌いなんだ。男なら、そいつらをぶっ殺して好きに生きろよ――この弱肉強食の世界をなぁ!」


吠えた。

弱肉強食は世界の掟。

ならば、異能者であるところの彼らには普通人を好きにできる権利を持つのかもしれない。

だが、火のように熱いレッドに対してソロモンは氷のように冷たい。

誇りを胸に秘め、苛烈なる意志を持って歩く。

激情のままに行動するレッドとは水と油。


「それは違うな」

「――なんだと?」


「私は好きに生きている。この世界で好きに生きろというのなら、この者らを守ると決めるのも自由。弱き者をいたぶれだと? 貴様に指図されるいわれこそない。私を従わせようというのなら、貴様の力を見せてみろ」

「くっくっく。なんか面白くなってきやがったな――ぶっ殺すぞ、テメェ」


「それこそ、君の好きにすればいい。しかし、人を殺すことを望むのだ――自らが殺されようと恨むな」

「なーるほど。ほんっとうにスカしてやがんな――」


殺気が弾ける。

レッドの周りに火花が弾ける。

そして興は刀を掲げる。


「これが私だ。誇り高き生き方こそ、このソロモンの望み。挑むなら来い。決闘を受けぬは我が誇りに反する――来い! 己が胸に誇りを持つのなら」

「なら見せてやるよ、俺の【業火灰燼】をな」


そこで卿の横にいる騎士が遮り、膝をついて嘆願する。


「――グリモワール興」

「【闇裂き狩人】サブラクか。何か?」


「ここは我におまかせを」

「否。奴は私に挑んでいるのだ――我が騎士たちよ。生徒たちを連れて離れて見ておれ」


「御意」


引き下がった――生徒たちを連れて。

被害こそ来ないだろうが援護もできない遠方まで。


「――へえ。仲間を使わないんだな」

「これは決闘ゆえ。1対1の勝負を逃げるような我ではない」


ちりちりと焼け付くような殺気が満ちる。

いつ殺し合いが始まってもよいほどの剣呑な気配。

互いを見る目に容赦はありえない。


「それで殺されたんならどうするよ」

「それで殺されるようなら、このソロモンそれまでの男だったというだけの話」


殺気が張り詰めて、張り詰めて――限界に達する。

張り詰めた殺気が裂ける。

弾けて、膨張する。


「「――勝負」」


動いた。


「燃え尽きやがれえ!」

「時空断裂……【一の太刀】」


レッドは炎を放つ。

文字通りの念発火能力者(パイロキネシス)

莫大な炎はソロモン卿の居合い斬りとともに二つに別れる。

僅かな焦げ跡すらつけられない。


「甘いんだよ!」


切り裂かれた炎の先――そこにレッドはいない。

声が聞こえたのは、後ろ。


「――何が?」


聞こえてきたのは肉を焼くおぞましい音――ではなく拳で鉄を殴ったような鈍い音。

炎をまとった拳を刀の鞘で受け止めた。

次元を斬る刀を収める鞘がただの鞘であるはずがない。

たかが炎では――数千度に達しようと溶かすことなどできはしない。


「……っが!」


拳と鞘、どちらが硬いのかは言うまでもない。

拳を痛めたのだろう――痛みに顔を歪める。

そして、すでに刀は鞘の中に戻っている。


「さて――もう一度。一の太刀」

「ちいっ!」


切り裂かれた空間にはレッドはいない。

間一髪で逃れた。

射程距離どころか障害物すら無視する一撃、だが、それは動き回れば当たらないという弱点を持っている。


「厄介だな。なら、こいつでどうだ――【紅炎結界】!」


ソロモン卿は炎に囲まれる。

結界というだけあって莫大な熱量。

四方八方の全てが炎。

抜け道などあるわけがない。


「ち――視界が」

「それだけじゃねえ。俺が炎に焼かれることなんざありえない。つまり、何処から俺が襲いかかってくるかもわからないってことさ!」


一角から炎が吹き出す。

斬った。

だが、他の方向からも。

刀を柄に戻すことはできない。

攻撃の間隔が短すぎる。


「【二の太刀】」


一閃、そして刀を柄に戻す。


「それで、防いだつもりか!?」

「――掴んだ」


第2陣。

視界を埋め尽くすような炎が再び襲ってくる。

次こそ逃げられない。

いくらでも吹き上がる炎が哀れな人影を飲み込む。


「我が【刻影】よ、この身を守れ」


マントを翻す。

全ての火炎が受け止められた。

ソロモンの身を覆っているのだ――ただのマントであるはずがない。

時空の歪みが姿を成す空間の影。

この世の道理では斬ることも、触れることすらできない異界の宝物。


「この……っ! なら、直接俺がぶっ殺してやらあ――もう一度だ【紅炎結界】!」

「時空切断――【烈】」


今度こそ、全ての火炎を居合抜きが断ち切った。

ソロモン卿の時空を操る力なら、物理的に切る必要などない。

どころか、対象が直線上に並ぶ必要もない。

先の一刀は炎の主でさえも紅に染める。

ただの一太刀で数千箇所を断ち切った。


「――っが!」

「急所は外した。どうせ人並み外れた回復力も持っているのだろう、化け物どもに喰われなければ、また動けるようになる」


レッドが倒れた場所は――なんと真正面。

炎の壁で視覚を断ち切っておいて、いくらでも後ろから襲えたはずなのに。

それは、正面から堂々と仕掛けたいゆえか。

なんともはや――


「テメェ……っ! なんで、俺を殺さない?」


レッドの傷は深いが致命傷ではない。

傷を抑えながらも、眼は敵から離さない。

噛みついてきそうなほどの気迫を感じる。

全く戦意を喪失なんてしていない。


「殺しは我が本懐ではないと――告げたはず」


ソロモン卿は冷たく告げた。

戦いの中で命をかけることは騎士の本懐。

しかし、動けなくなった相手にとどめを刺すのは違うと。


「畜生が。それで情けをかけたつもりかよ。生き残ってやる。そして、必ずテメェの首を晒してやるからな!」

「覚えておこう」

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