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第2話 |悪魔騎士団《ナイツ・オブ・デモニアック》

炎が弾ける。

そして声が木霊する。


「出でよ! 我が騎士達よ――【悪魔騎士団】ナイツ・オブ・デモニアック!」


吐き気をもよおす粘体は一瞬にして焼きつくされる。

そして7人の異装を纏いし騎士が彼の前にひざまずく。


「序列第1位【不死の幼鳥】フェネクス・アインズ・リジェネイト。ここに」


最も幼き一人が口を開く。

現代日本では考えられないような重厚なる衣装。

無理矢理にまとめてしまうならばゴスロリとでも言ったところか。

炎の如き紅い服。

普通であれば服に着られるが、彼女の雰囲気が風すらも従える。

校舎に焦げ跡一つつけることなく敵を焼き払ったのはこの女だ。



「序列第2位【嘘吐きな死神】フュルフェール・ツヴァイ・リバースサイド。ここに」


次に口を開いた女――こちらも幼い。

幼女と言えてしまうまで。

しかし、その目に宿る混沌はとても――数十年ごときでは培えそうにない。

こちらは比較的よく見受けられる格好だ――ただし童話の中で。

ボロボロの黒い布をひっかぶっている。

そんな格好であればみすぼらしくも見えそうであるが、彼女の闇がそんな不断を許さない。

武器は鎌――小さな手が身長を超えそうなほどの鎌を掴んでいる。



「序列第3位【進軍する大図書館】ダンタリオン・ドライ・ライブラリアン。ここに」


こちらは二人と違って大きい――無論、比較的と言うだけだが。

一見すると16といったところか。

冷たい口調が全てを拒絶する……例外は主のみ。

見るからにわかる特別製の制服。

ここまで重厚かつ派手な服を採用している場所などないであろう。

見るからに危険とわかる魔導書を大事そうに抱えている。



「序列第4位【死を歌う劇団】ムルムル・フィア・オーケストラ。ここに」


とても元気そうな幼女。

その形容詞が似合うだろう。

だが、その無邪気はときとして邪悪を孕む。

生地こそ上質と言っていいか迷うほどに素晴らしいシロモノだが――それはファンタジーに出てくるような村人のような服となって彼女を覆っている。

それは幼さを強調し、ほほえましさよりもむしろ邪悪さを演出する。

指揮棒を握っている。

その指揮棒は――この世のものとは思えない禍々しさをもって、暗然と存在する。

その高々30cmの棒は捻じれ、絡まり――その邪悪を持って死を愚弄する。



「序列第5位【失時執事】ロノウェ・フュンフ・パトリオット。ここに」


こちらは普通に現代でも見られる服。

ただし、そういうカフェに行けばの話だが。

所作は完璧で、一点の非もない。

完璧な執事がそこにいた。

だが、一点の禍々しさが印象を歪める。

目の覚めるような紅いグローブ。

それは見方によっては黒くもあり、おぞましい血の紅色。

いくら血を吸ってきたのだろう――その色はもはや移ろうことはない。



「序列第6位【闇裂き狩人】サブラク・ゼクス・ナイトゴーシュ。ここに」


――影。

影から声が聞こえてくる。

姿さえ見せない。

姿さえ見せないものの声が人間的であるはずがない。

二重三重にぶれるかのような声は感情を感じさせない。

どれだけのものを虐殺し尽くしても――どれほど大切なモノを踏みにじろうとも――その声はゆらぎもしないのだろう。



「序列第7位【奈落】アスモデウス・ズィベン・ダークネス。ここに」


こちらは女。

豊満な体を揺らす娼婦のような女。

身体のあちこちを露出させる布を巻きつけただけのような格好。



「わが衣を」


そして、7人がひざまずく先にあるは一人の男。

似合わぬ学生服をまとい、覚悟を目に秘める。

もはや、その男を以前の名で呼ぶことができないだろう。


はるか昔――大人になるためには試練を乗り越えなければならなかった。

そして、子どもとしての自分を幼き名とともに捨てる。

新しき名こそ、変わりし自らにふさわしいと。

それは子どもを卒業するための儀式。

だとしたら、この男は“何”から卒業したというのだろう――


「は」


序列第7位と名乗った女性が頭を垂れ、うやうやしく服を差し出す。

その男はマントを纏い、服を着替え、刀を腰に差す。

もう山田二郎とは呼べない――その男はマントを翻し、宣言する。


「学園に現れた敵を殲滅し、生き残りを救出せよ!」

「「「は! 承りました。ソロモン・デモニア・グリモワール卿」」」


消えた。

7人が7人とも、とてつもない速度。

人ではありえない人型の――異形。


「さて」


ソロモンは下を見る。

ここは二階。

下に行くためには階段を使わなくてはならないが、それには数秒の時を必要とする。

今や学園に化け物が溢れる非常事態――1秒の時すら惜しい。

それで人の生死が決まるとあらば。


「――【影渡り】」


刀を抜き、斬った。

斬られた廊下はたわみ、楕円の口を開ける。

軽々と飛び降りた。

鮮やかに2階から1階に降りた――階段も使わずに。

そして、彼の上の天井――廊下は口を閉じる。

次元を切り裂き、操るのが彼の【時空使い】ソロモン・デモニア・グリモワールの力。

空間をたわませ、床を通り抜けるなどこの男にとっては造作も無いこと。


「黒刀【影月】、切れ味は鈍っていないか」


ソロモンは影月を携え、闇を見据える。

ざわ、と黒が震える。

人間どもを惨殺していた化け物どもがわずかに怯える。

だが、自らの存在意義を思い出したかのように襲いかかる。

――殺す、そのことしか考えられない哀れでおぞましい化け物ども。


「私の前に汚らわしい姿を晒すな」


一閃。

それだけだった。

それだけで――化け物の全てが消え去った。

あまりにも強い力の前に存在そのものが崩れ去ったのだ。

すさまじいまでの異能。

彼こそは【時空使い】。

絶望に包まれし世界に生まれた、光り輝くもの。

それが希望であるかは……神でなくてはわからぬだろう。


「生きていてくれれば良いのだが――」


足を向けたのは生徒会室。

はじめからここに向かうつもりだった。

彼はもはや学生たちに対して仲間などとは思っていない。

化け物どもに殺される哀れな人間たちだ。

だからこそ必要なのだ――彼が。


「生きているかね?」


扉を開いた。

その先には、怯えてうずくまる人影とかばっている人間がいる。

ソロモンは僅かな安堵を覚える。

自分が人を助けることができたこと――そして、必要な人間を確保できたことに。


「――君は?」


かばっていた方の人間が聞いた。

ソロモンの視力であれば問題ないが、人間ならば足元すら覚束ぬ闇。

明かりを消して闇に身を潜めていたのだ。

窓もない。

それが幸いしたのだろう。

侵入経路はソロモンが通ってきた扉しかないが、幸運にも扉がぶち抜かれるようなことはなかった。

ゆえにこそ、二人は助かった。

助かった二人は扉から現れた侵入者に目を向ける。


「私はソロモン・デモニア・グリモワール。ソロモンとでも呼んでくれ。今、我が騎士たちに生存者を救出させているところだ。どれだけ助けられるかわからんが……君には生き残った生徒たちをまとめてほしいのだよ――生徒会長」


ソロモンはうずくまっている人物の一人に手を差し出す。

彼はもはや人間であった時の記憶などほとんど思い出すことはない。

もはや話すときですらどもりがちだった以前の彼とは違うのだから、当然のことかもしれない。

だが、生徒会長の顔くらいは覚えていた。

それほどの傑物だ。

生徒会長など――普通は選挙の時のみ話題に上がり、すぐに忘れ去られるものだ。

覚えていられたのは、積極的に活動するがゆえか。

学園を少しでも良くしようとする姿は多くの人に感銘を与えた。


「何だって? わけがわからない。君がこの状況を説明してくれるのか。いや、誰であろうとこんな馬鹿げたことを引き起こせるわけがない。第一、何処の誰がこんな馬鹿げたことをやると言うんだ!?」


だが、その彼も。

いや、彼が真面目であるからこそ現状に対処できない。

この世界そのものがひっくり返ったこの騒ぎには。

それでも生徒会室に逃げ込めたのは一重に有能さゆえか。

わけがわからなくなるのも仕方ない。


「それにしても、君も生徒の一人だろう。おかしな格好をしているが――」


一通りわめいた後に、乱入した彼を見る。

その眼は混乱こそしていたが、しっかりと異能者を見つめている。


「いや、私はもはやそんな人間ではない。力ある者として生徒などという地位に甘んじるわけにはいかないのだ。今や私は【時空使い】、悪魔騎士団ナイツ・オブ・デモニアックを率いる異能の人外。ゆえに君たちかよわき人間の心などわからない。しかし、君たちを保護しよう――弱き者を見捨てるのは我が誇りに反する」


一息にまくしたてた。

どうやら彼は山田と呼ばれるのは好きではないようだ。

別人と……簡単には言えぬものの、そのようなものであるのは確か。


「保護? 君は、一体何を言って――」


ただ、ソロモンの事情を他人が容易に理解できるわけがない。

異能を手に入れ、格好を変えて――それで別人になりましたなどと。

簡単に納得できるようなら苦労はしない。

それも、こんな異様な状況の中では。


「見なければわからぬ。それも道理か……よく見ておけ。また奴らが集まってきたようだ、こりもせずに」


扉の向こう側に視線をやる。

つられて彼の方も外を見てしまう。


「……っひ!」


そこに並ぶは異形の軍勢。

吐き気をもよおすような邪悪。

人間を狩ることしかできぬ化け物。


「わが力を示せ――【影月】。ありとあらゆるものを、世界すらも切り伏せよ【天地乖廻斬】」


一薙ぎの跡に紅い軌跡が残り、その紅線が口を空ける。

空間に開いた穴が敵を喰らい尽くす。

消滅。

跡形すらも残さぬ消滅。

今世界に溢れている化け物どもは卿にとってはただの雑魚でしかない。

卿だけではない――騎士たちもそう。

ただの人殺しの化け者に苦戦するような彼ではない。


「これこそが我が【時空使い】の異能。しかし、私には戦うことができても人を癒やすこともできなければ、統治することもできない。君の力が必要だ――生徒会長」

「……僕の名前は十神清四郎だ。こちらは武田彩華。状況はつかめていないが、君に頼る他はなさそうだ」


十神は素早く計算した。

とはいっても、この状況ではソロモンについて行くこと以外にまともな策などない。

彼に見放されたら化け物に殺される――それが現状なのだ。

それなら、その中で何とかするしかない。

状況を整理するためにも――打破するためにも。


「君に異能は宿らなかったのか?」

「そんなもの持っているわけがないだろう。君とは違うんだ」


「――ふむ。私が人とは違う、ね。いや、山田二郎がと言うべきか。親和性が高かったのか? いや、それとも他の理由か。まあ、そんなことは後で考るべきことか」

「山田?」


話していると足音が聞こえてくる。

多いのか少ないのか――いや、緊張している十神には多いと感じたろう。

10人以上の足音。


「そいつはもう居ない。どうやら我が騎士たちが戻ってきたようだ。しかし、7人か――少ないな。やはり、先制攻撃を許したのが敗因か。我らは遅すぎたというわけだ」


廊下に出てみてもただの人間であるところの十神には足音を聞き分けるなどできるはずがない。

それは彼が人外であるためか――身体の機能ですら規格外。

とはいえ、彼らにもできないことがある。

殺された人間を助けることなど誰にもできない。

助けられるのは、生きている人間のみだ。

異能者は歯を食いしばって悔やんではいるが、すでに目は未来に向けている。


「よくわかるな――あの小さいのがお前の部下か?」


そして、十神は人影を見つける。

先導している人影はどうにも小さい。

どうにも高校生とは思えない。

異能があれば身体の大きさは関係ないとはいえ――


「大きいのも居る」

「あ、そ」


変なところで細かいソロモンに十神は呆れた声を出す。

しかし、大半が幼いといえど――妖艶な雰囲気を持っている。

人間ではありえない魅力を醸し出している――人外たる魔族のように。


「ソロモン様。生存者を救出してきました」


【不死の幼鳥】フェネクスが頭を垂れ報告する。


「ご苦労。それと【嘘吐きな死神】フュルフェール、そして【闇裂き狩人】サブラク。貴様らには新しい任務だ。他のものは周囲を警戒しておけ」




ソロモンは騎士にちょっとした指令を出し、十神に向き直る。


「さて、君には保護した生徒たちを頼みたい。こんなことになったのだ――動揺していないはずがない」


必要だったのは、そして異能者にできぬ役割は生徒を導ける者。

すでにソロモンとは人の心など離れた領域にある。

人の気持ちなど分からないし、人外が人の心を癒せるとも思っていない。

だからこそ、彼を必要としたのだ。

人間を。

人が頼りにできるような人間を。

それにはやはり――生徒会長こそふさわしい。


「いや、僕とて動揺しっぱなしなのだがな……」


とはいえ、それも概念の話。

理論と言ってもいい。

現実はそうはいかない。

生徒会長だって、悩みもすれば誰かを頼りたくもなる。


「しかし、君は生徒会長だろう? 生徒を率いてもらわねば困る」


淡々と言う。

無理なものは無理――セラピストになる気は毛頭ない卿だった。

もっとも人の心を分からない者に、人を癒せとはそれこそ無理な話である。


「僕は生徒の代表者であるが、リーダーではない。このような事態でもなければ、生徒たちの前に出ることなど――それこそ集会のあいさつくらいだ」


人にやらせるからって気楽な――と思いはすれども口には出さない。

はい、やりますとは気楽には言えない。

そんな責任など引き受けられない。

彼の常識では人一人の心を預かることなど、それはもう――大変なことだ。

資格すら持ってないものが引き受けていいことではない。


「だが、やってもらわねば困る」


それでも――資格が持ってないものがやらなければほったらかしになるが。

誰かがやらなくてはならないのだから、やれそうな者に押しつけてしまおうとする卿。

やはり、真面目なものがやるはめになるわけだ。


「私は我が騎士たちと話してくる」


そう言って、異装の者たちの前に赴く。

話は終わりらしい。

うやむやのうちに――十神は生徒のリーダーということになってしまった。

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