ドクシン?
でも、
わかるでしょう?
「あれっ、俺、心読まれてる?」
って思ったこと、ない?
俺はさ、しょっちゅうあるんだよね。
ほら、昔そんなマンガあったじゃん。ドラマとか映画にもなったやつ。
なんつったっけな……カタカナ四文字とかだった気がするんだけど……えぇーっと……。
思い出せないや……まぁいっか。見たことないし。
いや、具体的に言うとね。今日だって学校来る時、電車の中でさ。ヤンキー風の兄ちゃんが、携帯電話で話してたのよ。それも、めっちゃ大きな声で!
朝早いし、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車の中でだよ? やだなぁって思ってさ。そいつの横顔睨みながら心の中で思ってたの。
電車ん中で電話すんなよ、うっせぇなぁ……。マナーっつうもんを知らねぇのかよ……。まぁそんな顔してるわな……まともな教育受けてねぇっつう顔だわ……。こういう奴に限って、空気読めやー! みたいなこと言い出すんだよ……おめぇが読めてねぇだろっ! っつうの……。んで、こういう奴は大抵、学校の朝礼とか集会はダリー! とかいうくせに、成人式だけは気合入れて行っちゃうんだよな……
まぁこんな事をね。
もちろん心の中でだよ!? もちろん口に出しては言えないよー。こんなこと。
あれっ、今「コイツすっげぇ嫌なヤツだな……」とか思った?
心の中でなら、みんなこんくらいのこと思うでしょー! いいじゃんね。心の中でだったら。
絶対誰にも知られないことだしさ。みんな涼しい顔して、このくらいのこと思ってんだろ。きっと。
うん、本題に戻るけど、こんなことを思いながらね、そいつの横顔見てたの。
そしたらさ! そいつ突然こっち向いてさ! ピンポイントでだよ!?
すっっげぇ、ビビったわ! だってさっきまで笑ってたのに、なんかこっち睨んでんの!
うわ……心読まれたわ……って思ってさ。すぐ顔逸らして。ちょうど降りる駅だったから、逃げるように降りたよ。
それだけじゃなくってさ!
乗り換えで次の電車乗ったらさ、こっちは空いてたんだけど、向かい側の扉の所に、めっちゃ可愛い女の子がいてね。俺と同い年くらいの、多分十七才くらいだと思うんだけどさ。制服姿で、文庫本読んでたんだけど。
んでこの子がさ……えーっと……お胸がさ……なんつーか……ふくよかでね?
こう……なんてーか……ふっくら、って感じでさ……。
いや、こんなこと思っちゃうのはもちろん失礼だとか、下品だとか、そんなことはわかってんのよ‼︎ その子からしたらさぁ、その大っきいのが悩みかも知んないしさぁ。なんか肩とか凝りやすいって、聞いたことあるし。
でも正直! しょーーじきっ! ……見ちゃうでしょ? 男の子ならわかってくれるよね!?
だってなんか本能的にというかさ……いや、反省しますよ、ホント。
でもまぁその時は思っちゃったんだよ。
うわっ、可愛い……。しかも、でかっ……。すっげ……。D? ……E?
ってね。
……ひくなよ!
したらさぁ、その子も急にね、ふっ、って顔上げたの! こっち向いて!
うっわ! と思って! まるっきりさっきと同じ感じでさ!
すぐ顔逸らしたんだけどさぁ……。
俺、やっぱ、心読まれてんじゃないかなぁ。
だって今日だけじゃなくって、今までこんな事、何回もあったのよ。
はぁ……。もしそうだったとしたら……。
生きてくの、大変だわ……。
……。
*
「なぁーに考えてんのっ!」
廊下の壁に寄りかかり、窓越しの空を眺めながら妄想に耽っていた俺は、突然の肩への衝撃によろけた。体当たりをされたのだ。
この暴力的な登場の仕方をした女子は荒木 心美。俺のクラスメートで、今日の日直のパートナーだった。
「日直日誌。出してきたよ。って言っても、先生いなかったんだけど」
「置いてきたの?」
「うん」
そう言うと、荒木は教室に向かって歩き出した。まだ日直の仕事は終わっていないのだ。
俺も、荒木の後について行く。
「また、同じクラスだったね」
少し前を歩く荒木が、こちらを見ずに言った。
「うん」
「もうクラス替えは無いから、三年間同じクラスだね」
「うん、そうだね」
平静を装っているが、俺は実を言うと、めちゃくちゃ嬉しかった。
荒木とは、高校に入って知り合った。一年の時に同じクラスになって、前の席に座っていた。
出席番号一番。荒木 心美。俺は出席番号二番。飯塚 信。
第一印象から、気になってはいたんだ。そのちょっとキツい印象を与えるつり目と、活発そうなショートヘアが、タイプだった。
話す機会は入学してすぐやってきた。初日の日直。燃える、燃えないで分けられた二つのゴミ箱を一つづつ持って、焼却炉のあるゴミ捨て場に持って行った。
沈黙が気まずくって、適当に自己紹介なんかをしながら歩いたのを覚えてる。
俺は聞きたかった。「彼氏、いんの?」って。
まぁ結局聞けなかったんだけど。さすがに初日にそれはないかなぁ、なんて思って、聞けなかった。
まぁ……結局あれから一年経って、まだ聞けてないんだけど。
席が近かったのもあって、すぐに友達にはなれた。
お互いおしゃべり好きで趣味も合うから、学校に来たらまず昨日見たテレビの感想を言い合って、後は音楽だとかお笑いだとか……。ちょっかいを出し合って、笑いあったり。
思うに、仲良くなりすぎたんだよなぁ。普通に仲のいい友達になりすぎて、「彼氏、いんの?」みたいなこと、聞けなくなっちゃったんだ。
荒木とは、恋愛に絡んだ話は全くしたことがなかった。いっつもくだらない、笑えるような話ばっか。
俺は荒木と喋れば喋るほど、彼女のことが、 になっていった。
でも、荒木の方はどうなんだろう。
「今日、いい天気だねぇ」
荒木が歩きながら、ふと窓の方を見て言った。
「うん。今日、あったかいよね」
「うん。春だねぇ」
「うん」
教室の扉を開けると、大きな窓から射した陽光が真っ白な床に反射して眩しかった。室内は植物園みたいにあたたかくって、暑いくらいだった。
荒木は教室に入るとまっすぐに日向の方へ向かい、その中にある誰かの席に座った。両手を上げてぐうぅっ、と伸びをする。
「うぅーん……。はぁ、あったかい」
とろけるように脱力し、机の上でうつ伏せになる。
「猫か」
俺はツッコミながら、黒板を消した。
消し終わると窓を開け、二つある黒板消しをポンポンぶつけ合わせて粉を落とす。
舞うチョークの粉の下では、桜が舞っていた。ちょうど、同じ様な色だった。
黒板消しを元の位置に戻し、荒木の方を見る。
机の下の、スカートから伸びた二本の脚を見た。真っ白で、綺麗な脚だった。うつ伏せになって伸ばした小さな手、細い指。黒く短い、艶やかな髪。その髪が少しかかった、寝顔。その寝顔はなんか……ずるいだろ……。薄い唇は、ちょうど外で舞ってた桜と同じ色で……つまりチョークの粉とも同じような色で……つまり…………
「あーっ! もう寝ちゃいそうっ!」
急に、荒木が起き上がった。
俺の心臓が跳ね上がる。
うっわ、今のっ、読まれた? 読まれてないよな? いやいや、妄想の話だし。心の中が読まれるなんて、そんなんないし……
俺は自分を落ち着かせながら、二つあるゴミ箱を持ち上げる。
「ほら、ゴミ捨て。いくぞ」
荒木は立ち上がると、近くに寄ってくる。なんか、ニヤニヤしてる。
「な、なんだよ」
「じゃんけんねっ! ゴミ箱じゃんけん!」
「えぇ〜」
このゴミ箱、鉄で出来ててやたら重い。しかもでかい。
「俺、じゃんけん弱いんだよ……」
「ほらっ、じゃんけんっ、ぽんっ!」
慌ててグーを出す俺。荒木はパー。
「おいっ! “最初はグー”、だろっ!」
「勝ったー♪ 勝ったー♪」
俺の抗議も聞かず、荒木は教室の出口に向かった。はぁ……。
廊下は教室に比べてひんやりとしている。もう校舎に生徒はあまり残っていないらしく、シンと静まり返っていた。
少し前を歩く荒木。それを追う、ゴミ箱を二つ持った俺。
荒木は上機嫌といった感じで歩いていた。一歩一歩進むたびに、スカートがふわふわ動く。そして急に、くるりと振り返る。
「大丈夫。読んでるのは、私だけだよ」
「えっ?」
「心」
荒木はそう言うと、自分の左胸に右手の人差し指を当て、次にその指を俺に向けた。
「ちょーのーりょく」
そう続けて、悪戯っぽく笑う。
俺の背中に、冷たい汗が流れた。
ちょ……超能力……? 心……? 読んでる……荒木が……俺の心を……荒木だけが……?
混乱した。思考が渋滞する。
読んでいたのか……? だからさっきも、じゃんけんで負けたのか……? あのタイミングで起き上がったのも……全部そういうことだったのか……?
全部、読まれてる……?
俺が――荒木のこと、 ってことも――
俺は気付くと、両手に持っていたゴミ箱を落としていた。とてつもなく大きな、壊れた鐘のような音が廊下に響き渡って、俺は我に返る。
荒木が、表情を震わせて、何かを堪えていた。
そして廊下が再び静まり返ると、堰を切ったように笑い出した。
「あっはっはっはっはっは! うそ! じょーだんだってば! ふふふっ、そんな『マジで?』みたいな顔しないでよっ!」
荒木は腹を抱えて、笑い続けた。
なんだ……冗談……。よかった……。
俺は胸を撫で下ろした。
ゴミ箱を拾い上げる。
**
「ふぅーん……そんなことがあったんだ」
俺の隣で歩きながら、納得する荒木。
俺は今日の朝の出来事を荒木に話していた。……もちろん可愛い女の子のくだりはカットしたけど。
「まぁこっちを向くタイミングってのはたまたまだと思うんだけどさ、信はね、心で思ってることが表情に出やすいのよ」
「そうかなぁ……気を付けてはいるんだけどさ……」
「自分の表情なんて自分じゃ見えないし、意外と気付かないもんよ」
荒木はうん、うん、と頷きながら言う。
「信にはババ抜きとか、トランプゲームが向いてないわね。ポーカーフェイスとか絶対無理でしょ」
そう言って、笑った。
なんだとぉ?
俺はそう思いながら、ゴミ箱で荒木を叩こうとする。
でも、荒木はそれを綺麗によけて、俺の前に出た。
「付き合ってる人とか、いないよ」
荒木はこちらを見ずに、前を向いたまま言った。
「えっ……?」
「なんか、そーゆーこと聞きたそーな顔、してたから」
荒木は少しこちらを向いて、悪戯っぽく笑った。
えぇ……? コイツ…………ほんとに俺の心、読んでるんじゃ……?
荒木の笑顔に釣られるように、なんだか俺も笑った。
……もうどっちだっていいや。読まれてたって、読まれてなくたって。
俺は、どっちかっていうと読んで欲しいなって思いながら――
って、心の中で呟いた――
「んっ? なんか言った?」
「え"!? いっ、いやっ! 何も言ってないよっ‼︎」