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「副作用については大丈夫って、それはどういう…」
クリスは尋ねた。
ドロームは額に浮かんだ汗を拭いながら言う。
「彼はね、異常なぐらい魔力耐性が高いみたいなのだよ。もはや彼が魔力に受ける害は皆無と言ってもいい程に。これは私の感覚的なものでもあるから絶対とは言えないが、おそらく彼はただの魔力欠乏症なんかではない。あれにはもっと根元的な、彼の体質的なものが起因しているように思われる」
ドロームは周囲に散らばるプリンのカップを集め、重ね終えてから怠そうに立ち上がった。
「とりあえず、今は彼への魔力注入へと専心しよう。私も先程したのだが、それでもうクタクタになってしまってね。魔力濃縮プリンをいくら食べても足りない。少し仮眠を取ることにするよ。キミも彼を恋慕する会の一員なら、しっかりと魔力を注いでやることだ」
彼を恋慕する会?
意味を理解した瞬間、クリスの頭はボフッと爆発した。
数人の教師がローランに魔力注入を施し終えたが、彼の状態はほんの少し改善しただけだあった。
未だにその顔には血の気が少なく、呼吸器によるコーコーという独特の音が浅く繰り返されている。
クリスは彼に近づいて、その金髪に気付いた。
医務室の扉からは死角になる位置で膝立ちをしている彼女は、ローランの左手を両手で包み込むようにしながら心配そうな視線を彼に向け続けている。
「…あ」
勇者だ。
クリスは思った。ついで、思い至った。
"彼を恋慕する会"
おそらく、この子も会員だ。
もう心の中では自分が会員であることは認めてしまっているが、クリスにはそんなことどうでもよくなっていた。
ローラン先輩のことを心配しているのはこちらも同じである。
むしろ、先輩として尊敬している分、私の方が上だ。
勇者?知ったことかっ!
……とは普段内気な彼女は絶対に言えないことではあるが、内心はそれぐらいの意気込みで視線をローランへと向ける。
そこに彼の胸板があった。
彼女の頭は爆発した。
気を取り直し、彼の胸へと両手をのせる。再び爆発しそうになったが、ローランの苦しそうな表情を見ると、そんな思考もすぐさま霧散した。
「ふっ…!…………っく」
思ったよりもキツい。
彼女は魔力の多さには自信があった。
しかし、ローランの身体は底なし沼のように魔力を取り込み、まるで満ちる様子はない。
徐々にクリスの額にも汗が浮かび、そして表情が苦しいものになってくる。
彼女は彼との出会いを思い出していた。
クリス・シャイナードはエルフである。
その証である尖った耳は普段その明るい緑色の髪に隠れているが、彼女は街ではなく森の奥深くにあるエルフの村で生まれ育った今では珍しい生粋のエルフであった。
彼女には欠点があった。
それは木属性の魔法が苦手なこと。
逆に、彼女が得意なのは植物を焼き払う火属性の魔法であった。
村でいじめられ、彼女は村を飛び出し、学院へと通うようになった。
しかし、そこでもまたいじめられたのである。
クリスは内気な性格で、また運動音痴なためによく転ぶ。
そして生粋なエルフの特徴である緑色の髪に、そのくせ木属性の魔法が不得意であること。
いろいろな原因が重なって、彼女は周囲から笑われていた。
特に肉体的ないじめがあったわけではないが、村を飛び出して、希望をもって学院に入学してきた彼女は、かなり精神的に参ったのである。
そんな折、クリスに声をかけたのはローランであった。
『なぁ、そこで転けてるお前。お前だよ、そこの緑頭』
『……え?私?』
『お前以外だれがいんの?てかそこどいて。部室の前でいつまでも倒れてないで。……あ、もしかして入部希望者?』
見上げた扉に貼られている板には〈魔法研究会〉の文字。
『いや、えと……はい』
そんな流れに身を任せた出会いだった。
ーーーーと、思った程甘い出会いではなかったが、別にそんなことは関係ないのだ。
入部してからローランはクリスにいろいろと世話を焼いた。
それはローランが部長だったから当たり前なのだが、クリスにとってそれは初めての経験であり、次第に彼へと惹かれていったのである。
クリスは一生懸命魔力を注ぐ。注ぐ。注ぐ。
そして、気絶した。




