第3章 戻った世界
彼らが再び白い光を伴って、この空間に戻ってきたのは、それから5分ぐらいしてからだった。しかし、たったそれまでの間に、二人は数年間も旅をしたかのように疲れていた。ジアスは、たった5分間の間に、高校生ぐらいの体格になっていた。
「お、お久しぶりです。マギウス神」
「名前を憶えてきたか…」
「それ以外にもいろいろと分かりました。この世界の創られ方…「最終戦乱」の発生起因…我々の存在理由…」
「そうか…我自身、お前が何を知ったか知らぬ、だがこれだけは言える。この世界は、一つではなくいくらでも存在できる」
「そうかもしれませんね…」
そして、ファーザートムはトム・アストロスを誘った。
「それはそうと、お前は我の代理人になるつもりはないか?」
「どういう事でしょう」
「つまりは、お前を復職させると言う事だ。何年間も経っているだろうから、ここで、もう一度あの命令書を公布する事にする。さあ、どうする?」
周りの視線を一身に集めていた。
「…どうするもこうするも、引き受けるしか生き残る道がないではないですか」
「それが答えだよ。社会主義の最大の欠点だ」
「…選ぶ道は個人ではなく、国家にある。そう言う事ですね」
「正しく。さて復職を祝って、お前には会わせたい人がいる」
そう言われて出てきたのは、蒸発をしていた妻だった。裏の世界に行く時、その直前になって、どこかに消えていた妻は表の世界で副司法長官をしていた。
「正式な長官はお前にふさわしいと思って、残していたんだ」
「…現実と理想は必ずしも一致はしない。現実を受け入れる心がないものには、理想は受け入れる事は出来ない」
「その言葉は?」
「宇宙が分裂した時、つまりファーザートムが成立したその前後に、当時の哲学者が遺したとされる言葉です。現実と理想。この相反する事は一致することはあるが、それは例外に等しい確率になる。現実で起こっている事を受け入れる事が出来る人ではない場合は、理想を受け入れる心を持つことはないと言う意味です」
「なるほど。しかし、お前は何が言いたいんだ?」
「今は受け入れますが、最終的に私は表の世界と裏の世界の司法システムを一本化します。そのためには、あなたの、つまりはファーザートムの意識改革が必要になるでしょう。自分自身、別世界へと飛ばされ約7年間過ごしました。その間に娘は17近くまで成長しました。公安や警察や軍が何もしない時、頼りになるのは司法システムだけなんです。だからこそ、自分は司法長官になりました。その他の候補を押しのけて。しかしその後、あなたは何もしなかった。そのままでは再び野党連合は手を組み、こちらに向かって行進するでしょう。あなたは追放され、永久に封印される結果になるでしょう」
「…お前は、向こうの世界で、何を見たんだ?」
「社会主義経済の終焉、完全自由主義社会の崩壊、資本主義社会の腐敗。いろいろですね。向こう側に残った人々は独自の世界を創りあげていますが、こちら側と大差ありませんでした。上下社会、格差拡大、社会インフラの整備…表の世界の人々が、90%以上の富を独占し、残りの裏の人々が人口の9割以上います。こちら側はそこまでひどくはありませんが、それでも裏世界の惨状は散々なものです。自分自身の経験から言わせていただきますと、すでに元に戻すのは困難な状況でしょう。だからこそ、これからが重要になります。多党連盟も、野党連合も遠からず崩壊します。それまで間に、あなた方は何ができるのか。自分自身は、どんな事ならできるのか。それを考える必要があると思います」
「…それは、感想か?」
「いえ、司法長官に着任して最初に意見陳述です。無論、非公式なものですので、無視してくださっても構いません。ただ、何かを話したことだけは憶えてください。それだけで結構です」
「話したいのは、それだけか?」
「ええ、今の所は」
「だったらもうよい。お前は前住んでいたアパートに行くがよい。一人で行くか?家族と行くか?」
「家族と行かせていただきます」
そして、トム達は司法長官専用の官僚アパートに入り、そのまま一生を過ごしたと言う。
野党連合と多党連盟は彼の死後、数年も経たないうちに戦争状態に入り、この世界における人類は滅亡寸前になり、結果的に政府は統合された。そんな世界でもファーザートムは生き残っていた。