第1章 独裁政権
真っ黒い路地裏、非常に明るい表通りと対照的に全てを吸い取るような深遠なる闇の中。その男は歩いていた。懐中電灯も、明かりも何も持たない中を、ただひとり、足音だけが響いて耳を貫くこの道を、歩いていた。
ファーザートムと言う一台の超高速量子コンピュータが、世界の実権の全てを握っているこの世界。かなりの昔、一党独裁体制が布かれた時期があった。ファーザートムが率いるその政党は「ファーザートム連合」と言う名前で、一般大衆から批判を買った事があった。それ以来、ファーザートムは弾圧法規を作り、人々の人権を蹂躙し始めた。その結果、革命が起き、ファーザートム連合は崩壊した。こうして、ファーザートムが全ての実権を握っている時代は終わり、民主的な手法による民主的な選挙が行われた。だが、その選挙の後、汚職事件が大量に発生し、再び、ファーザートム連合改めファーザートム連盟が発足し、ファーザートム連盟所属の多党連盟と、少数野党の野党連合の2大勢力が、議会を硬直させた。こうして、ファーザートムは、政権の中枢に返り咲いた。
「やれやれ、ようやく帰れた」
「おかえり、お父さん」
真っ黒な路地裏の中、ふと、一つの玄関先に光がともる。すぐに、扉が開きその人を迎える為に誰かが出てきた。
「あら、トム。帰って来れたのかい?」
「当たり前です」
「お父さんが帰って来れなくなるわけないじゃないですか」
「アッハッハッハ。トムの娘は、お父さんとよく似ているね」
2階建てアパートの2階部分に住んでいるトム・アストロスは、現在、野党連合の幹部をしており、いつ警察がやってきても不思議ではない状況になっていた。この周りの人々は、表の世界、多党連盟に対して敵対しているグループの人たちが集団で生活をしている場所だった。トムの仕事はこの地区の裁判兼公安の仕事をしていた。トムの奥さんは、トムがこちら側にくると行った時点で、こちら側の生活に嫌気がさして娘をトムに預けたまま、消えた。それから数年が経っていた。
「で、今日はどうだったんだい?」
「殺人未遂が数件、強盗が5件ぐらいだったかな?表の世界に引き渡した連中も何人かいたな」
裏の世界であるこの世界は、表の世界である多党連盟の下で生活できなくなった人たちが、ここに集まってきたのだった。そのため、この世界には、法律自体が長らくなかったが、さまざまな職種の人がこちらに流れ出たため、独自の裏政府が出現し議会や裁判制度も整った。ここ100年間の奇跡と呼ばれている。トムは、そのうちの裁判制度や司法制度の確立に尽力を尽くしたことによって、裏政府から勲章をいくつももらっている有名人だった。
「そうかい。ああ、それと、今月の家賃。早く払っておくれよ。15000@」
「分かりました。…未払いってありましたっけ?」
「いや、今のところ大丈夫。安心しな」
「ありがとうございます。ほら、入るよ」
再び、道は閉ざされた。