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こよみ会議

作者: 霧野 勝
掲載日:2026/05/18

 人間界では除夜の鐘が半分ほど鳴り終わり、新年の熱狂が広がっていく。それに合わせて、ここ神界ではいつもの会議が開かれようとしていたが、今回は波乱の幕開けとなった。


「そこ、静かにしなさい。日曜くん、夫の土曜くんに白紙のカレンダーを投げない。これから使うんだから」

「知らないわよ!こんなやつ!」


 「日曜神」は真っ赤なドレスを着て、烈火のごとく怒っている。その隣では、青いスーツを着た「土曜神」の顔から白紙のカレンダーがずり落ちていた。例年であれば、土曜神と日曜神は2人1組の「土日神」としてこの会議に参加するはずだった。


「あなたは土曜だから私に向けられる絶望を知らないのよ!」

「土曜神、夫婦の絆が壊れたなら僕と組まない?土曜日って元々は半分平日みたいなものだったでしょ?」


 黒のスーツをビシッと纏った「平日神」が不敵な笑みを浮かべて、土曜神を勧誘する。その一方で、赤いペンをくるくると回していた「祝日神」が日曜神を勧誘。


「日曜神、私と組みましょう。そして全ての祝日を日曜日に組み込み、振替休日でカレンダーを赤く染めましょう」

「その話、オレも1枚噛ませろよ」


 祝日神の話に食いついたのは「GW神」だった。わずかに頭を垂れ、真っ黒なサングラスの上から鋭い眼光を放つ。


「ゴールデンはいいけどよお。シルバーの安定と、新しくブロンズを作ろうと思ってんだ」


 ここまで会議が荒れたのは、山の日を制定した時以来になる。あの時は、祝日神が6月に川の日も制定するつもりだった。しかし6月は平日神の聖域。その聖域を守るために、平日神は山の日をしぶしぶ許可した。


「そこの2人はどうするのだ?」

「私の場合はちょっと特殊だからどうでもいいかなー」

「ぼくは4年に1度しかこの会議に参加しないから」


 この争いを傍観するどころか興味すら持っていないのは、「長休神」と「うるう神」の二人。


 自らの長髪をくるくるといじり倒している長休神は子供たちの味方。カレンダーには記載されない概念的な長期休みを司る。ただ、秋休みがないことには不満を持っている。


 そしてゲームに夢中なうるう神は、4年に1度の調整役。平日や土日どころか、カレンダーそのものに興味がない。


 土日神の2人が喧嘩を続ける中、議長の「元日神」は会議を始めた。


「ほら、静かにしなさい。えー、では、これよりこよみ会議を始めたいと思う。まず、土日神の2人は今後どうするつもりかな?」

「土日神が別れるというならカレンダーの並びを変える必要があるよ。だから土曜日を青から黒に塗り替えて、平日に組み込もう」


 青が黒に染まるのが決まったかのように平日神は答えたが、間髪入れずに日曜神が立ち上がった。


「私がこの人と別れたいのは、私たちの聖域である週末を、社畜の平日神が土足で踏み荒らしてるのが嫌なのよ!土曜を平日にするくらいなら、私が火曜か水曜辺りに引っ越すわ!」

「待ってくれ。俺は平日になるつもりはない」

「なら、私と組んで土曜日を祝日にしませんか?」


 土曜神の発言直後に割り込んでいったのは祝日神。青を赤に染めた去年のカレンダーを全員に提示した。


「元日神、議題を追加します。土日離婚による、全土曜日の祝日化。そしてそれに付随する6月の川の日制定」

「祝日神!どさくさに紛れて川の日の制定はさせないぞ!それに土曜日を毎週祝日にしたら人間界が終わる!」


 祝日神の横暴に焦った平日神。2人の問答は続いていたが、サングラスをしっかりとかけ直したGW神が重い口を開いた。


「祝日神よお。おめえの提案には品がねえ。なんでもかんでも赤にすればいいってもんじゃねえんだよ。カレンダーに必要なのはブランドよ、ブランド」


 GW神は9月のカレンダーを取り出した。そこには仮のシルバーウィークが赤く染まっている。


「人間が欲しいのはちまちました休みじゃねえ。安定した連休だ。しかもだ。このシルバーウィークは祝日神のさじ加減で色々できるそうじゃねえか?」

「そうですね。春分の日や秋分の日は星の動きで変わると人間は信じていますが、私に決定権があります」

「だったらシルバーの安定を頼みてえな。それと、11月あたりにブロンズウィークでも制定するかあ」

「ちょっと待ちなさい!」


 GW神に噛み付いたのは長休神。髪の毛をいじっていたその手を、机に叩きつけた。


「GW、あんたの休みは大人向けでしょ。働いてる人間がちょっと休むだけじゃ意味ないのよ」

「じゃあどうすんだ?」

「シルバーウィークを含めてまるっと2週間、秋休みとして制定するわ」

「2週間!?」


 平日神の叫びが会議室に響き渡った。


「これ以上の休みは子供たちに毒だ!」

「いいじゃない。春と夏と冬には休みがあってなんで秋にはないわけ?それそこ不公平でしょ。それから祝日神。あんたの持ってる敬老の日と秋分の日を私に寄越しなさい。それを使って私が長期休みを制定するわ。そうすればシルバーとかブロンズとか、どうでもいい色にこだわる必要もなくなるわ」

「おい、どうでもいいっていったかあ?」


 秋の利権争いが始まってしまったが、日曜神の大きな声がその争いを止めた。


「もうどうでもいいわよ!平日とか祝日とかどうでもいいから私の隣に土曜を置かないで!私の隣は平日!そうすれば週末の絶望っていう責任を負わなくて済むわ!」

「日曜、それは本気か?俺たち夫婦だろ?あんなに仲良く週末を回していたじゃないか」

「そんなの過去の話よ!あなたなんて、週末初日って言うだけでチヤホヤされてる遊び人よ!週末が終わる日曜夕方は絶望の嵐なのよ!」


 会議室内は来年のカレンダーを決める空気ではなく、利権争いと夫婦不和のごった煮になってしまった。


「全員黙りなさい!私がまとめた来年のカレンダーを見て、冷静になりなさい!」


 元日神がここまでの内容を全て盛り込んだ場合のカレンダーを全員に配布した。


・6月の第3月曜日に川の日を制定

・9月に安定したシルバーウィークの制定

・シルバーウィーク終了直後に1週間の秋休みを制定

・11月のどこかにブロンズウィークを制定

・12月31日の大晦日を祝日に制定

・土曜日を平日、日曜日を火曜日と水曜日の間に移動


「元日神、大晦日の祝日って?」

「元日の前日を祝日にしておくことにより、万全を期して新年を迎えることができる。これは決して私の願望ではなく、効率を考えてのことだ」

「効率的なわけあるか!クソジジイ!」


 赤に染められすぎた来年のカレンダーを見て冷や汗が止まらない中、平日神が吠えた。


「みんな、こんなのカレンダーじゃない!長期休みの詰め合わせだ!」

「別にいいじゃない。子供たちが喜ぶわ」

「大晦日が休みってのは悪くねえ。年末年始休みでも制定するかあ」


 長休神とGW神は自分たちの意見が通って満足気だが、平日神はそれどころではない。


「うるう神。4年に1度とはいえ来年は君の年でもある。君の意見を聞かせてほしい」


 祝日神の冷静な声がうるう神に向けられたが、うるう神はゲームを続けている。


「ゲームが楽しいのはわかるが、調整役としての責務は果たしてもらおう。といっても、これらの条件を2月の末日だけで引き受けられるものではないか」


 祝日神の言葉にうるう神はゲームをやめ、小さくため息をついてから話を始めた。


「1個だけ訂正するとさ、ぼくは別に2月の末じゃなくてもいいんだよね」

「え?」


 全員がぽかんとして同じ言葉を呟くと、うるう神は椅子から気怠そうに立ち上がり、元日神の配ったカレンダーの2月の部分を取り出した。


「みんなはさ、ぼくのことを2月29日とか調整役とか言うけど、本質はあぶれた一日なんだよね」

「つまりどういうことなのよ?」


 長休神が髪をくるくるしながら尋ねた。


「つまり、ぼくはどこにでも入れるってこと。2月の末じゃなきゃダメなんて言われてない。ぼくがその気になれば4月31日にもなれるし、平日にも祝日にもなれるんだ。でも、それだと計算が面倒だから2月29日にいなさいって言われてるだけ」


 会議室に激震が走った。うるう神に意見を求めただけだったが、うるう日はカレンダーのどこにでも移動可能。その真実を理解するのに大した時間は必要なく、会議室はうるう神を巡る争いへと発展していった。


 「うるう神こそ6月の祝日にふさわしい!」と祝日神が言えば、「ダメだ!うるう神には平日が適任だ!」と平日神が後を追う。


 「うるうよお、ゴールデンウィークを延ばしてくねえか?」とGW神が迫ると、「うるうくん!夏休みをあと1日だけ増やして!宿題の終わらない子供たちが救われるから!」と長休神も迫る。


 さらに、喧嘩中の土日神もその争いに参戦。


「うるう神!年に一度でいいから私と土曜の間に入って!」

「いや、俺の前に入るんだ!」


 神様たちは椅子や机をなぎ倒し、小さなうるう神を取り囲んだ。


「だから言いたくなかっただよな…。元日神さん、なんとかしてくださいよ」

「うるう神、12月32日を作ってくれないか?」

「あんたもかよ…」


 室内は欲望で埋め尽くされ、熱気が最高潮に達した時、会議室の扉は大きく開け放たれた。全員が扉の方へ視線を送ると、そこには冷たい笑顔をした「締切神」がカレンダーを持って立っていた。


「お揃いですね」


 その声色は澄みきっていたが、怒りを隠すつもりがなかった。


「ま、待ってくれ!今、うるう神を…」

「皆さん、約束をお忘れですか?」


 カレンダーを持った締切神は、わずかに首を傾げて笑みを深めた。そして話をしながら、全員にカレンダーを配っていく。


「いいですか?締め切りまでに入稿していただかないと、来年のカレンダーは例年通りのものになります。それから、このカレンダーはすでに人間界に入稿済みですので、変更は受け付けません」


 争いは強制的に終わり、各々が配られたカレンダーを確認する。そこには、いつもと変わらない見慣れた景色が並んでいた。


「来年も隣同士ね」

「そうだな」


 日曜神が力なく呟くと、土曜神はカレンダーの土日を指先で撫でた。


 土曜日の次には日曜日がやってくる。この不変の並びを見た夫婦は、お互いに謝り始めた。


「日曜、すまない。君がいないと安心して週末を始められないよ」

「私こそごめんなさい。あなたが私の前で浮かれた人間を受け止めてくれるから、安心して週末を引き継げるんだわ」


 2人は少しだけ照れくさそうに笑い、日曜神は土曜神の腕に抱きついた。その後ろで、うるう神がゲームを再開。


「変なところに組み込まれて過労死するのも嫌だし、いつも通りがいいよね。4年に一度の2月29日。単なる調整役だよ」


 元日神は元日があることを確認すると、ホッとしたように胸をなで下ろし、混沌とした会議を終わらせた。


「えー、それでは、こよみ会議を終わります。各自、持ち場に戻りなさい」


 会議が終わると、平日神はカレンダーを隅々まで確認し始め、祝日神は6月を凝視し、土日神は二人で仲良く荒れた会議室の片付けを始めた。


「来年はブロンズを…」

「秋休みを…」


 GW神と長休神の2人は不毛な野望を口ずさみながら退室していった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは人間界。街で来年のカレンダーを手に取った会社員がいた。


「来年はうるう年だから1日多いのか。祝日も増えないし、年末まで忙しいんだろうな…。神様はなにやってんだか」


 混沌に包まれた会議のことなど露知らず。人間界にはいつも通りの明日がやってくるのでした。

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