彼女の仕事
企画に初挑戦してみました!
けどなんかムナクソ悪いかもしれないー!
「痛い! 痛いわよ! そんなとこ持ったら痛いってば!」
お風呂場から矢鎌さんの声が聞こえる。いつものことだ。
ここは、お年寄りが暮らす施設。面倒を見る家族がいない人や、
身寄りのない人が入所し、介護職員の私たちがお世話をしている。
「こないだも言ったわよね!? なんでそんなに物覚えが
悪いの!? 年寄り殺す気?」
まだ言ってる。今日のお風呂係誰かなあ。気の毒に。
年を取ると、体がうまく動かなかったり、言いたいことをうまく
表現できなかったりで、イライラするのか、怒りっぽくなる人が
多いらしいけど、矢鎌さんはちょっと度が過ぎていると思う。
食事を手伝っても着替えを手伝っても、おむつを替えてあげても
「ありがとう」の一言もない。それどころか口を開けば文句ばかり。
この施設の嫌われ者だ。そんなんだから家族も面会に来ないんだよ。
「しいちゃん、お風呂にいれてもらったのに怒ってばっかりねえ」
利用者の徳賀さんだ。
お風呂が終わって、食堂に来た矢鎌さんに声をかけている。
「だって痛いんだもの。言わなきゃわからないでしょ」
「しいちゃんはワガママすぎるわよ。あたしらみたいな年寄りの
世話なんて、若い人はやりたくないでしょうに、嫌な顔もせずに
やってくれてるだけでありがたいことよ。少しは感謝したら?」
徳賀有子さん…! あんたいいひとや…!
もっと言ってやって!!
「なんでよ。私たちのお世話があの人たちの仕事でしょ?
お金もらってるんだから、完璧にやるのが当たり前じゃない。
正直、私のほうが感謝してもらいたいぐらいだわ」
なんですと?!
「なにそれ? お客様は神様だとでも言うつもり?」
「違うわよ。痛い時に痛いって言わなきゃわからないじゃない。
年寄りの身体を、どう動かしたら楽なのか、どこをつかむと
痛がるのか、職員さんは覚えていかなくちゃいけないのよ。
あるちゃんみたいに、痛くても我慢して『大丈夫ですよ』なんて
言ったら、『こう扱っていいんだ』って覚えちゃうじゃない」
「だって、ほんとに、たいして痛くなかったし…」
「だからあるちゃんはダメなのよ。私たちみたいに、自分で
文句言える人はいいわよ。でも認知症とか意識障害とか、言葉が
出せない人はどうなるの? 『痛い』って言えないまま
扱われるのよ?」
「それは…かわいそうかもだけど…」
「私の知り合いの寝たきりの人はね、おむつ替えの時に、
拘縮してる脚を広げようとして、骨折させられたわ。
骨がもろくなってるから、簡単に骨折しちゃうのよ。
この施設にも、拘縮が始まってる人がいる。動かない体を
動かそうとすることが、どれだけ危険か、私は職員さんに
教えてあげたいの」
「しいちゃん…」
「食事だってそうよ。ちょっとむせただけでも、年寄りは
肺炎を起こすかもしれないのに、危機感が全然ない。
うっかりで殺さないように、気を付けてもらわなくちゃ」
「だからいつも文句を…」
「私はただの『うるさい利用者』としか思われてないだろう
けどね。でも誰かが文句を言わないと、社会ってのは良くならない
と思うのよ」
「じゃ、じゃあ、私もこれからは、痛い時は痛いって
言うようにするわ…」
「うん、でも無理しないで。あるちゃんは、職員さんにお礼を
言える優しい人だもの。そうやって職員さんをねぎらえるのが
あるちゃんの立ち位置。あるちゃんのお仕事だと思うわ」
「仕事?」
「そうよ、報酬はないけどね。私は、嫌われても、年寄りの扱いを
覚えてもらうのが仕事。でも文句言われてばっかじゃ、職員さんが
嫌になって辞めてっちゃうわ。だから、あるちゃんみたいな人が
お礼を言ってくれれば、職員さんはやりがいを感じられると思うの。
そうやって若い人を導くのが、年寄りの仕事だと思ってるわ」
「しいちゃん…」
うそ、矢鎌さん、そういうこと考えて怒ってたの…?
「あとね、もうすぐ死ぬ老人は、嫌われたほうがいいのよ。
へたに好かれてたら、死んだ時にみんなが悲しむでしょ。
嫌われて『死んでくれてほっとした』って思われるぐらいが
ちょうどいいのよ」
「そんな…」
「まあでも、あるちゃんみたいな優しい子は、私みたいなこと
言ったら逆にストレスになりそうだから、無理しちゃだめよ。
お迎えがくるまで、好きなことやって生きていきましょうね」
「ええそうね、しいちゃん」
「ということで、今日は麻雀でもしない?」
「ふふ、いいわね」
2人が麻雀ルームに向かうのを、ロッカーの影から見ていた私は、
自己嫌悪に陥っていた。
ああやって、わざと嫌われ役に徹して、職員や利用者のことを
考えてくれてたの…? ただの「嫌なババア」としか思って
なかったけど…、もしかしたら、家族が面会に来ないのも、
悲しませたくないから、わざと嫌われてたってことなのかな…。
私、矢鎌さんのこと、全然わかってなかったかも…。
亀の甲より年の劫ってほんとだわ。私はまだまだ未熟だった。
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麻雀しながら、矢鎌椎子はほくそ笑んでいた。
さっき食堂の隅にいた職員さんは、私たちの話を聞いていたはず。
これでしばらくは、私を見る目が変わるだろう。
矢鎌椎子が誰彼問わず文句を言うのは昔からだ。
多少は世直しの気持ちもあるが、本音を言えば、性格なのだ。
人を怒鳴るとすっきりする。だからちょっとしたことでも怒鳴りまくる。
嫁も嫌いだったからいびったし、息子も孫も嫁の味方をするので、
むかついたから怒鳴りまくった。
だから嫌われるのは当たり前なのだが『憎まれっ子世にはばかる』
という言葉もあることだし、このままだと無駄に長生きしそうなので、
たまにこうやってイメージアップを図るのだ。
ピンピンコロリのための根回し、それが、彼女のライフワークである。
いいタイミングで、上手な話の振り方をしてくれたあるちゃんに、
今日は振り込んであげようかな。なんてね。
この話は、介護をがんばってる人へのエールに…
ならないか。ごめん。




