3-1
木と木の間に張り巡らされた大きな蜘蛛の巣に、少女は捕えられていた。全く身動きが取れない様子だ。
少女は青い瞳に怯えを宿し、貴臣達を見つめた。
足音に反応して、少女に襲いかかろうとしていた巨大蜘蛛が振り返る。蜘蛛の胴体は木の幹ほどの太さをしている。黄色と黒の縞々模様。
(黒咲さんは、森にはモンスターがうじゃうじゃいると言っていた。仲間を呼ばれたら、流石に二人で対処するのは難しそうだな)
貴臣の背中が緊張にピリつく。
「黒咲さん、僕が蜘蛛を引き付けているうちにあなたはあの子を……黒咲さん?」
昴は顔を真っ青にして固まっている。
「悪い。足がすくんじまって、動けねぇんだ」
「黒咲さん、まさかあなた」
「は、はは。何も考えずにここまで来ちまったケドよぉ……そういえば俺ァ、昔っから虫が苦手だったんだよ」
背後から、鞭がしなるような音が聞こえた。咄嗟に避けると、後方から飛んできた糸が昴の足に絡みつく。
昴は足を取られ、その場に尻餅をついてしまった。
「うえぇ……糸がネバネバしてて、最悪な気分だぜ……」
蜘蛛は素早く糸を昴に巻きつけていく。
「黒咲さん!!」
昴の体はみるみるうちに糸に包まれ、ミノムシのようになってしまう。
「すまねぇ、後は頼んだ、ぜ……」
そして、そう言うなり、昴はがっくりと項垂れてしまった。
(あの邪男歩輝徒の総長が虫嫌いとは……)
蜘蛛の巣に囚われた少女と顔を見合わせる。
少女は、
「この人、何しにここに来たの?」
とでも言いたげな困惑した表情をしていたので、貴臣は無言で首を横に振った。
頭の奥がスッと冷えていった。せっかくの連戦で上がっていたテンションが、みるみるうちに急降下しているのを感じる。
貴臣は昴が喧嘩するところを見たくて、彼についていくことを決めたのだ。しかしながら当の昴は虫のせいでダウンしている。
そして、目の前にいる敵は倒し甲斐のないモンスターだ。
しかし、ここで少女と昴を見捨てて逃げるほど貴臣は薄情ではなかった。
(困ったな。このままじゃ全力を出せそうにない。どうにかして、闘う理由を考えないと……)
彼にとって、闘いのモチベはただひとつ。
ヤンキー漫画的に楽しいか、楽しくないか。
少なくとも今はそれだけである。
貴臣は蜘蛛の動きに警戒しつつ、頭の中で理論を構築していく。
(ここは使われていない廃工場、ということにして。そして……そう! 黒咲さんと彼女は付き合っているという設定でいこう! 彼女を人質に取られた黒咲さんはまんまと誘き寄せられ、廃工場で待ち伏せしていた奴等に袋叩きにされた。そこに颯爽と駆けつける僕……うん! これならかっこいいぞ!)
テンションを少し取り戻した貴臣は、拳を構え、蜘蛛に対峙する。
「来い。僕が相手だ」
貴臣は蜘蛛の知識を頭から引っ張り出しながら、腹部の糸いぼに狙いを定める。
(あの糸は厄介だな。まず壊すならあそこか)
黒々とした複数の眼球が貴臣へと向けられ、腹から吐き出された白い糸が、鞭のように貴臣に襲いかかる。
貴臣は蜘蛛の攻撃を素早くかわす。糸の先端が木に当たると、幹の表面に抉れた跡が刻まれた。
(糸の太さ自体は大したことないが、素早さが段違いだ。あれに当たったらひとたまりもないな。そのうえネバネバしているとは……ネバネバ……黒咲さんのせいで僕まで気持ち悪く感じてきたじゃないか)
蜘蛛の糸を避けながら、貴臣は攻撃の隙を窺う。
「後ろよ!」
少女の声に、貴臣は後方に視線を向けた。先程避けた糸が、背後の木の幹を一周し、貴臣の方へと戻ってくるのが見える。
咄嗟に左に避けたが、素早さでは糸の方が上だった。糸の先端が手首に当たり、貴臣は顔を顰める。
その隙を逃さず、糸は貴臣の左腕を捕らえた。
「きゃああ!」
少女が悲鳴を上げて青ざめる。
蜘蛛の腹部から伸びる2本の糸が、貴臣の両手を頭上で絡め取る。しかし、貴臣にとってそれは却って好都合だった。
(僕を捕まえている限り、背中を向けるような自殺行為はできない……いくなら今だ!)
貴臣は腕を使って、懸垂のように体を浮かせる。前後に揺らして勢いをつけ、腹部に向かって両脚で蹴りを喰らわせた。蜘蛛の動きが怯んだのを見計らって、何度も同じ場所に蹴りを入れる。
グチュ、と音がして、腹部に亀裂が走る。割れ目から体液と腑が飛び出し、制服のズボンを汚した。
蜘蛛はやがて、甲高い超音波のような音を立て、その場に崩れ落ちた。貴臣の両手を拘束していた糸が緩み、足元に落ちる。
貴臣は侮蔑の眼差しを蜘蛛へと送った。
「このくらいで勘弁しておいてあげましょう」
決め台詞を吐きながら、額に浮かぶ汗を手の甲で拭う。




