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少年は、「オレもスバルさんを探しているんですよ」と涙ながらに答えた。
どうやら、そのスバルという青年は度を越したお人よしらしく、度々街に繰り出しては、困っている人の手伝いをしているらしい。
そのせいで、待ち合わせ時間を大幅に遅れて来ることもあるのだとか。
少年は本当にスバルの行方を知らないようだったので、貴臣は自力で探すことにした。
悠然とした足取りで街を歩く。メンチを切られては応戦し、貴臣は確かな手応えを感じ始めていた。
貴臣に返り討ちに遭った男達は、皆口々にこういう。
「こんなことして、スバルさんが黙ってると思うなよ」
スバルという男は、この治安の悪い区域ではそれなりに名の知れた存在のようだ。
貴臣は俄然、スバルに会いたくなってきた。
(たとえあの黒咲昴でなかったとしても、一度くらいはその強さを直に拝んでみたいな)
そんなことを思いながら、歩いていたその時だった。
路地裏の方から、物音が聞こえてきたのである。人間同士の喧嘩にしてはやけに騒々しい。時折動物の鳴き声のようなものも聞こえてくる。
好奇心に誘われ、貴臣は路地裏へと入るために角を曲がった。その時、路地裏の方から老婆を背負った一人の男が走ってやってくる。
(ご老人を背負っている……まさか、この人が「スバル」なのか? でも、見たところこれと言って変な格好をしているようには思えないが……)
思い切って、貴臣は男に話しかけてみることにした。
「すみません。もしかしてあなたはスバルさんですか?」
男は貴臣を睨みつけてくる。老婆を背負っているためか、男に戦う意志はない様子だ。
「あ? テメェ、スバルさんに何の用だよ」
「お会いしてみたいんです。個人的な趣味で」
男は貴臣の格好を上から下まで隈なく観察した後、
「悪ぃけど、決闘ならまた今度にしな。あの人は今モンスター狩りで忙しいんだよ」
と素っ気なく言って、男は路地裏の方へと視線を向けた。
貴臣は嬉しくなった。
どうやら向こうの方にスバルがいるらしい。
(ようやく、「スバルさん」に会える!)
貴臣が路地裏の方へ進もうとすると、男は慌て出した。
「おいお前、そっちは危ねぇぞ! 悪いことは言わねえから、行くのはやめとけって」
貴臣はニッコリと笑みを浮かべる。
「心配していただきありがとうございます。でも、自分より強い敵に立ち向かってこそ、ヤンキーというものなんです」
「……はぁ?」
男は困惑の声を上げつつ、「忠告はしたからな」と言い捨て、ゆっくりと歩いていく。
「何度も言ってるだろ、ババァ。スラムは危ねぇから来ちゃダメだって。……あのなあ、ババァ。オレは今の話をしてんの。あんたが昔魔法使いだったかどうかはどうでも良いんだよ!」
男の声が遠ざかっていく。貴臣は路地裏の方へと突き進んでいった。
_____そして、ヤンキー男と出会った場面に戻る。
初対面とは思えないほど、二人の息は合っていた。
モンスターが炎を吐こうとすると、貴臣が攻撃してすかさず食い止める。
貴臣が注意を引き、その隙にヤンキー男が胴体を蹴りつける。
表情や動きを見れば、相手の考えていることがすぐに理解できる。これまでの人生で抱いたことのない強い高揚感に、貴臣は胸を弾ませた。
拳を何発打ち込んだだろうか。モンスターはついに地面に倒れ伏し、鳴き声を上げることすらせずに動かなくなってしまった。
トドメを刺すように、ヤンキー男はモンスターの腹を蹴る。貴臣はその様子を眺めながら、乱れる呼吸を整えようとしていた。
左腕を上げる。拳の皮が剥けて、ネクタイは血で真っ赤に染まっているのに、不思議と痛みを感じない。
(足りない……もっと、闘いたい)
「そこのお前!」
ヤンキー男が、喋りながら貴臣の方へと近づいてくる。
「見た目に反してなかなか根性あるじゃねぇかよ。気に入ったぜ……って顔コワ! ヤク中みてぇな顔になってんじゃねぇか!」
貴臣はモノホンのヤンキーに出会えた喜びのあまり脳のリミッターが外れてしまい、端から見たらアッパー系薬物を摂取しているとしか思えない表情になっていた。
(ああ、やけに眩しいと思ったら……)
貴臣は呼吸の合間に、途切れ途切れに返事をする。
「お褒めに、与り、光栄です」
「いや、褒めてるっつうか……まあ、一旦落ち着けや。手当てしてやんよ」
男が、厳しい顔つきに反してやけに丁寧な仕草で貴臣の手を握りしめた。
「カミノゴカゴ」
体が軽くなる感覚と共に、みるみるうちに拳の傷が塞がっていった。そして、先程までの眩しさがなくなり、呼吸も落ち着いていった。
「まあこんくれぇなら大丈夫だろ。ポリがいなくて良かったな。ヤクやってるって勘違いされたかもしんねぇぞ」
「……今の力は?」
「回復魔法。厳密には魔法じゃねぇらしいが、良く分かんねぇや」
(回復魔法。実にファンタジーな響きだ。ヤンキーに似つかわしくない)
貴臣は巻きつけていたネクタイを外し、手を何度も開閉させる。何の問題もないことを確認してから、男に手を差し出した。
「弌ノ瀬貴臣です」
男は手を掴み、上下に激しく振る。
「よろしくな、弌ノ瀬。俺は_____」
「知ってます。黒咲昴さんですよね」
「あぁ? テメェ、何で俺のことを知ってんだ?」
男は訝しげに目を光らせる。彼が黒咲昴である確信を得た貴臣の胸に、懐かしさが込み上げてくる。
(ああ、本物だ……!)
ずっと、彼に会いたいと思っていたのだ。嬉しくないはずがない。
しかし、率直に喜びを表現するのは気恥ずかしかったので、貴臣は落ち着いた口調で答えた。
「あなたの妹さんである、翔子さんとは知り合いなんです」
男は目を丸くさせ、呼吸を震わせた。
「……翔子と?」




