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「おい、そこのテメェ」
「……」
貴臣は気が付かなかった。強面の青年は無視されたと思ったのか、先程より語気を強めて話しかける。
「聞いてんのかテメェ。変な服着てるお前だよ、お前」
それでも貴臣が反応しないので、青年はついに腹を立て、立ち上がった。小柄な少年も一緒になって、青年と共に貴臣を取り囲む。
「テメェ、無視するとは良い度胸じゃねぇか! ああん?」
流石に貴臣も、そこで自分が呼ばれていたのだと気がつく。
「……ああ、すみません。僕に何か用ですか?」
「用ですか、じゃねぇよ。テメェ、何さっきからオレ等のことジロジロ見てんだよ」
「見てませんよ?」
「見てただろうが、ボケ」
実際には見ていなかったのだが、青年はとにかく貴臣に難癖をつけるつもりだった。そして、考えごとに夢中になっていた貴臣も、青年の言葉を疑わなかった。
「それは失礼なことをしましたね。申し訳ありません」
貴臣は丁寧に頭を下げる。青年と少年は、顔を見合わせてニヤリと笑った。「スバル」が来るまでの暇潰しに、大人しそうな青年で遊んでやろうと思ったのだ。
「申し訳ないで済んだらポリスマンはいらねぇんだよ、コラ」
「オレ等だって無視されたら傷つくんだぞ、コラ」
二人は身を屈め、貴臣の顔を覗き込むように睨みつけてくる。
(おお……どこに出しても恥ずかしくない、正真正銘のヤンキーだ、本物だ!)
貴臣は感動のあまり体を震わせた。貴臣が怯えていると勘違いした二人は、調子に乗り始める。
「申し訳ないって思ってんなら、それなりの誠意ってもんが必要だよなぁ」
「なぁ?」
「誠意とは、どのようなものですか?」
「んなのたりめえだろ。金だよ、金」
(なるほど。カツアゲというのは、このようにして発生させるのか。勉強になるな)
貴臣はポケットの小銭を思い出しながら、どう反応するべきかを考える。
周囲に人はいるが、喧嘩は日常茶飯事なのか、貴臣達には全く興味を示していない。
敵は二人。多い人数ではないが、貴臣は喧嘩をしたことがなかった。
(ひとまず、ここは穏便に済ませよう)
貴臣は頭を下げる。
「申し訳ありませんが、生憎と今は持ち合わせがないんです」
「へぇ、持ってないんだ。オレ等に申し訳ないって気持ちはこれっぽっちも持ってないってことなんだな?」
「そういうわけではありませんけど……」
(ものすごい論理の飛躍だ。いっそのこと清々しい)
「分かった。じゃあお前、オレ等の遊び相手になれよ。それでチャラにしてやんよ」
「本当ですか?」
「ああ。オレ等を楽しませることができたらだけどな。……とりあえずお前、そこに座れよ」
貴臣は確信する。これはリンチの流れだ。
「……すみません。実は僕、脚を痛めていまして。座ることができないんですよ」
「何反抗してんだ。座れっつったら座るんだよ」
青年に両肩を掴まれ、強い力で下に押される。貴臣は足に力を入れて踏ん張った。
(一発殴られて、それですぐに逃げよう)
「すみません、本当に脚が、弱くって」
「いや弱えなら座れって!」
「いや、本当に無理なんです。見ての通り、膝が曲がらないんですよ」
「お前! ドラ君が座れって言ってんだから座れよ!」
少年も加勢して貴臣の腕を引っ張るが、貴臣はびくともしない。ついに痺れを切らした青年が、
「テメェ! マジでふざけんなよ!」
と言いながら拳を振りかざした。顔面に直撃するかと思われたそれを、貴臣は腰を屈めることで避ける。
(しまった! つい癖で拳を避けてしまった!)
説明しよう!
弌ノ瀬家の夫婦喧嘩は非常に苛烈で、酷い時は四方八方を物が飛び交うのだ。
幼少の頃よりそのような環境に身を置いてきた貴臣は、飛んできた物体を避けるのが癖になっていた。
「テメェ……普通に膝曲がんじゃねぇかよ!」
青年が青筋を浮かべ、再び殴りかかってくる。貴臣はまたもや癖で避けてしまい、そのうえ、青年が隙だらけなことに気がついてしまった。
(顔面がガラ空きじゃないか!)
説明しよう!
重度のヤンキー漫画オタクである貴臣は、毎晩の日課にシャドウボクシングを取り入れているのだ。
そのせいか、ついつい相手の隙を探してしまうのである。
気がつけば、右手が勝手に動いていた。捻りのついたその攻撃は、青年の鼻っ柱に見事命中する。
「グハァッ!」
青年は後方に吹っ飛び、壁に激突した。
「ドラ君!」
少年が青年に駆け寄る。気絶しているのか、青年はぐったりとしたまま動かない。
少年は目に涙を浮かべて貴臣を睨みつけた。
「お前、良くもドラ君を!」
(先に攻撃してきたのは君達の方だろ……)
少年は貴臣に向かって走り寄ってくる。少年が拳を振り上げた瞬間、またもや隙を見つけてしまい、貴臣はついつい少年の腹に拳を突っ込んでいた。
「んにゃあ!」
少年は奇声を上げて後方に吹っ飛び、地面に倒れ伏した。
貴臣は目の前に転がる二人の人間と、自分の拳を交互に見比べる。
(……何てことだ。勝ってしまった)
生まれて一度も喧嘩をしたことがない自分が、勝ってしまったのだ。これはどえらいことである。
これまで読んできた数々のヤンキー漫画の主人公が、脳裏を目まぐるしく駆け巡る。
(これだけ強ければ、僕も……)
少年は気絶していなかった。腕をガクガクと震わせながら、顔を上げる。
「このやろう、こっちにはスバル君がいるんだぞ! あんまり調子に乗るなよ……ッ!」
少年の言葉に、貴臣は先程まで「スバル」と呼ばれた人物の正体について考えていたことを思い出す。
(えーっと……まず、膝を開くんだよな。頭の角度を変えて、覗き込むように相手を睨む。この時踵は付けたままにする。……喋り方は、まあそのままで良いか。丁寧な方が、却って怖いだろ)
少しの間考えて、貴臣は少年の前にしゃがみ込んだ。
少年が「ヒッ」と悲鳴を上げた。どうやら「威嚇」は成功したらしい。
「僕も、そのスバルって人に用があるんです。案内してくれませんか?」
貴臣は、ちょっぴり楽しくなっていた。




