1-2
ラルメリアは、貴臣にいくつかの説明をした。
この世界は今、危機的状況に陥っている。
この状況を救ってくれる勇者を召喚するつもりだったが、間違えて貴臣を呼んでしまった。
元の世界に戻す魔法は数年後でないと使えないので、しばらくの間はこの街で「勇者」として振る舞っていてほしい。
……等々。他にも色々と説明を受けたような気はするが、全てをここに書くとキリがないので、割愛する。
ともかく、ラルメリアは捲し立てるように言って、貴臣を外へ放り出した。
もっと聞くべきことがあるからと再び中に入ろうとするも、
「許可証がない限り、お通しすることはできません」
と融通の効かない守衛に門前払いされてしまう。
特にやることがないので、貴臣は仕方なく王宮の外を歩くことにした。
建物、人々の顔立ち、服装……その全てが貴臣の慣れ親しんだ日本の生活とはかけ離れている。
召喚された時に一緒に持ってきた学生鞄にはスマートフォンが入っていた。電源ボタンを押してみるが、残念ながらうんともすんとも言わない。
貴臣は小さくため息を吐き、スマホを鞄にしまった。
(今日が漫画の更新日だったのに。なんてことをしてくれたんだ、あの召喚士とやらは……)
貴臣は絶望的な気分になった。
ポケットの中に手を突っ込み、1枚の硬貨を取り出す。ラルメリアから「ひとまずそれで凌いでください」と渡された、いわば「駄賃」だ。
(たった1枚の硬貨……こんなもので何ができるというのか。宿を借りるどころか、食べ物さえ買えるのかも分からないじゃないか)
貴臣はますます絶望的な気持ちになった。
活気溢れる街中を、トボトボと歩く。
そうしているうちに、気がつけば奥まった場所まで来てしまったようだ。
舗装されていない悪路。地面に散らばるゴミ。何とも言えない澱んだ空気。
道路脇でヤンキー座りをしている数人の男が、不躾に貴臣を睨む。
治安の悪い場所に来てしまったことを肌で感じた。貴臣の背筋をゾクゾクと電流のようなものが走る。
普通の感性を持つ人間ならば、治安の悪そうな場所にはできるだけ近寄りたくないはずだ。
しかし貴臣は違った。
(ああ……癒される)
この空間に、限りなく「癒し」を感じてしまったのである。
何を隠そう、貴臣は重度のヤンキー漫画オタクなのだ!
大好きなヤンキー漫画を読みながら、「いつかは僕もあのような場所に行ってみたい」と思いを募らせていたものの、周囲の目を気にして、このようなところに立ち入ったことはなかった。
だから、周囲から突き刺さる視線も、ツボを押されたみたいに痛気持ちいい。
先程までの感傷的な気持ちが薄れ、気分が良くなってくる。背中に羽が生えたような気分だ。
(どうせすぐには帰れないだろうし、しばらくはこのアウトローな雰囲気を堪能させてもらおうかな)
思わずニヤけてしまいそうになるのを堪えつつ、こっそりと周囲を観察する。
建物の傍に座り込んでいる二人の青年の傍を通りがかった時、彼らの会話が聞こえてきた。
「遅いっすねぇ、スバルくん」
小柄な少年は、青空を眺めながらのんびりとした口調で言う。
「メシ奢ってくれるって聞いたから来たのに。何道草食ってるんすかねぇ」
少年の隣に並んで座っている強面の青年は、つまらなそうな表情をしている。
「あの人のことだから、どうせ今頃ババアを担いでんじゃねぇの? 何たって、心優しき『聖女サマ』だからな」
「その聖女って言い方、本人の前で言ったら怒られるっすよ」
「まあ、どっからどう見ても『聖女』なんてツラじゃねぇもんな。変な頭してるし、変な服着てっしよぉ。……あの背中に書いてある文字、何て読むか知ってっか? ジャーマンポテトっていうらしいぜ。意味分かんねぇだろ。ジャーマンって何だよ」
貴臣は思わず足を止めていた。
ジャーマンポテト。その言葉に_____と言っても、料理名ではなく、とある人物の象徴としてだが_____聞き覚えがあったからだ。
彼の脳裏に、一人の男の姿が浮かび上がる。
「邪男歩輝徒」。かつては関東一の勢力を誇る不良グループだったらしい。
だが、20年前のことだ。8代目総長である黒咲昴の失踪を機に、邪男歩輝徒は事実上の解散となった。
改めて、ガラの悪い青年達が話していた「スバル」の特徴を整理する。
変な頭、変な格好。背中に書かれた「ジャーマンポテト」の文字。そして、「スバル」という名前。
全てが、貴臣の知る「黒咲昴」に合致するのだ。
偶然で片付けるには共通点があまりにも多いことに気がついた貴臣は、とある推測を立てた。
(……まさか、あの黒咲昴もこの世界にいるのか?)
思案に暮れている貴臣に、強面の青年が声を掛ける。




