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「……流石はチーノ様。これ以上あなたを誤魔化すことはできないようね」
ルクレツィアは観念した。乱れた髪を整え、スカートの裾を持ち上げてお辞儀をする。
女性らしい優雅な仕草。だが、人形のように愛らしい外見とは裏腹に、彼女の瞳には隠しきれない気高さが宿っている。
「改めて自己紹介させていただきますわ。私の名前はルクレツィア・ローゼンシュヴァルツ。かの名家、ローゼンシュヴァルツ家の三女なんですのよ!」
えっへん。と自慢げに小柄な胸を張るルクレツィア。貴臣と昴は互いに顔を見合わせる。
「弌ノ瀬、ローゼン何とか家とやらって知ってっか?」
「聞いたことないですね」
「お前こっちに来てまだ2日だもんな。……ちなみに俺も知らん」
想定していた反応が返ってこず、ルクレツィアは慌てる。
「あ、あら? もしかしてお二人とも、ローゼンシュヴァルツ家をご存知ないんですの?」
「知らん」
「僕も分からないですね」
ルクレツィアは少なからずショックを受けた表情になったものの、すぐに気を取り直して勝ち気な笑みを取り戻す。
「ローゼンシュヴァルツ家は、王家より拝命し、王都アルデラの税務を代々取り仕切っていますの。そして、私はそのローゼンシュヴァルツ家の三女。どう? 私のすごさがお分かりになったかしら?」
ルクレツィアは、貴臣に向けてしきりにウインクを飛ばす。
貴臣と昴は、またもや顔を見合わせる。
「何ですの。何かあるならはっきりおっしゃってくださいな」
「……いや、すごいのは何となく分かったけどよ」
昴は戸惑いがちに声を上げる。
「それってお前がすごいんじゃなくてローゼン何とかっつー家がすごいんじゃねぇかよ。何でお前がそんなに誇らしげなのか、俺にはあんま分かんねぇな」
「なっ……」
ルクレツィアは腹を立てた様子で顔を赤くさせたが、胸に手を当て深呼吸を繰り返し、冷静な態度を取り繕う。
「ええ、そうね。あなたのおっしゃる通り、確かに私自身はただの小娘でしかないかもしれませんわ。でも、それは今だけの話。もうすぐ私もお家のお役に立てる日が来ますのよ」
「と言うと?」
「私、結婚しますの」
束の間、時が止まったような静寂が訪れる。
「……誰と?」
「許嫁と。と言っても、私がそのことを知ったのは最近なんですけれどもね」
ルクレツィアは「やれやれ」と言いたげに肩をすくめた。貴臣と昴は、またもや顔を見合わせる。何も言わなかったが、互いに同じことを思っていると悟る。
((これ、触れても良い話なのか……?))
ルクレツィアは頬をぷくっと膨らませて怒る。
「だから、なんですのよそのお顔は!」
ルクレツィアの反応があまりにもあっけらかんとしているので、彼女がちゃんと事態を理解できているのか二人は心配になった。
「お前、歳はいくつだよ」
「もう14よ」
「うげっ、ガキじゃねぇかよ。結婚なんてまだ早いんじゃねぇの?」
「そんなことありませんわ。私くらいの年頃にはみんな結婚するものだって、お母様がおっしゃってましたもの!」
「……そうなのか?」
昴は訝しげに貴臣に窺う。
「時代や文化、階級などによって結婚の平均年齢は違うので何とも言えませんが……ルクレツィアさんはどうなんですか?」
「どうって?」
ルクレツィアは首を傾げる。
「その人とお会いはしてるんですよね? この人となら結婚しても良いと、そう思える相手だったんですか?」
「お仕事がお忙しいそうで、あまり頻繁にはお会いできていませんわ。でも、私には釣り合わないくらいの、とても優しそうなお方でしたわ。私のことを、一生大事にするっておっしゃってくださいましたの。……だから、結婚しても良いと思ってますわ」
優しい。その言葉とは裏腹に、ルクレツィアの表情は浮かない。一瞬八の字に下げられた眉を、昴は見逃さなかった。
「嘘だな」
昴がきっぱりと言い切る。
「本当はお前、結婚なんてしたくねぇんだろ。じゃねぇと、家出なんてするはずがねぇ」
「家出じゃありませんわ。ちょっとしたお出かけのつもりでしたの」
「お出かけ? ローゼン何とかのご令嬢が、わざわざこのクソ汚ねえスラム街に何の用があるってんだよ。護衛の目を振り切ってまで、あの森に行く理由があったっつうのか? ああ?」
「黒咲さん、あまりそういう乱暴な言い方はしない方が……」
「弌ノ瀬、お前は少し黙ってろ。俺はこいつに聞いてんだ」
昴は貴臣を睨みつけて黙らせると、すぐさまルクレツィアに向き直る。
「嘘を吐くヤツってのは、大概目を逸らすもんなんだよ。お前、俺の目を見てもう一度同じことが言えっか? 結婚しても良いって言えんのかよ」
昴はルクレツィアの目を真正面から見つめる。負けじと顔を上げたルクレツィアだったが、昴の目力には敵わず、すぐに視線を逸らした。
「ほら、やっぱ嘘吐いてんだよ、お前」
(黒咲さんのその顔を見たら、どんなにやましくない人でも、思わず目を逸らしてしまうと思いますがね)
喧嘩慣れしている昴ならば、メンチを切り合うことなど日常茶飯事だろうが、ヤンキーのルールを一般人に当てはめるのは些か可哀想だ。
貴臣は思ったが、口を挟むことはしなかった。それが野暮だということくらいは流石に分かる。
「一生幸せにする? くだらねぇ。そんなの、言おうと思えば猿ンだって言えんだよ。良いか。大事なのは、言葉じゃなくてハートなんだよ!」
昴は握りしめた拳を、自身の胸に強く打ちつけた。
「仕事が忙しいからって理由で滅多に会いにこない奴の言葉を信じられっかよ。そんなに結婚したいなら、毎日のように来いってんだ」
「それは向こうにもご事情があるでしょうし……」
「ガキがんなこと言ってんじゃねぇよ!」
昴はどんどんヒートアップしていく。
「ガキはワガママ言っててムカつくぐらいがちょうど良いんだよ! 思ってもねぇこと言って大人ぶってんじゃねぇ!」
辺りがしんと静まり返る。言われた本人だけではない。貴臣もまた、昴の言葉に驚かされた。
あまりにも反応がないからか、昴は決まりが悪そうに目を逸らす。
「クソ。ついマジになっちまった。……まぁ、ともかく俺が言いたいのは、だ。婚約相手にこんな顔させるヤツの言葉に説得力なんてねぇし、俺はお前の結婚を認めねぇっつうことだ。以上」
そこまで言って、昴は貴臣の方を即座に振り返った。
「な? 俺ってかっこいいだろ?」と言いたげに自慢気な昴に、貴臣は頷きを返し、心の中で拍手を送る。
ヤンキーは、暴力が全てではないのだ。
自分のような人間よりも、昴のような人間の方が、人の心にまっすぐ届く言葉を持っている。耳を塞ぎたくなるほどに、まっすぐで鋭い言葉を。
(それでこそ、総長。いや、アニキだ)
ルクレツィアでなく貴臣にまで、その言葉は思わず響いてしまうほどだった。
しかし、男二人が勝手に感極まっている一方で、ルクレツィアの表情は相変わらず浮かない。
「……意味分からないですわ」
ルクレツィアは、太腿の上に置いていた拳を強く握りしめた。
「あなたが認めないとしても、結婚は既に決まっています。私にはもう、どうすることもできませんの」
「親にはちゃんと言ったのかよ。まだ結婚したくないってよ」
「親不孝者と罵られるのを分かっていて、どうしてそんなことをしなければならないのよ!」
突然、見知らぬ男の声が耳に届く。
「その通りです、お嬢様」




